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「雪風と風の旅人」
始まりの終わり

第11話 黒幕達、地下と地上にて暗躍す

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 トリステイン魔法学院のホールで、フリッグの舞踏会が例年よりも盛大に執り行われていた頃。学院地下にある倉庫の中で、両手を後ろ手に縛られ……さらには<錬金>で作成した頑丈な拘束具によって壁へと繋がれていた怪盗『土くれ』のフーケは、虚ろな瞳で床を眺めていた。

 明日にも、国の衛士隊に引き渡されるとのことだったが……これまで散々貴族たちの感情を逆撫でするような真似をしてきたのだ、おそらく自分は縛り首。良くてチェルノボーグの監獄で、一生を終える羽目になるだろう。

 部屋からの脱出も考えたが、すぐに諦めた。彼女を拘束しているのは、学院最高のメイジたるオールド・オスマンが自ら作成した特別製。そもそも魔法で脱出しようにも、杖を取り上げられていてはどうにもならない。

「わたしも、いよいよ年貢の納め時ってやつなのかしらね……」

 ふと、脳裏にとある光景が浮かんだ。だが、自分がこうなってしまった以上、もう二度と叶わぬ願いであろう――。

 と、フーケが閉じこめられている地下室に続く階段のほうから、コツ、コツ……という小さな足音が聞こえてくる。見張りのはずはない。何故なら、この地下倉庫へ続く道は、1本しかない。地上で番をしていれば事足りるのだ。王国衛士隊の連中でもないだろう。彼らがやってきたのなら、もっと物々しい音がするはずだ。一体何者だろうとフーケは訝しんだ。やがて、足音は倉庫唯一の出口である木戸の前で止まった。格子がついているわけではないので、相手の姿はわからない。

「起きているか? 『土くれ』」

 フーケは鼻を鳴らした。

「あら、まさかダンスのお誘いかしら?」

「ま、似たようなものだ」

 ガチャリという鍵を外す音がして間もなく、静かに扉が開いた。が、それはすぐに閉じられる。再び闇に閉ざされた倉庫の中に、何者かが立っていた。刺客――ではないだろう。殺る気があるのなら、既に自分は息をしていないはずだ。

「話がある」

「話? だったらせめて明かりくらいつけてくださいな。何も見えない闇の中で、見知らぬ殿方に口説かれるだなんて、ぞっとしませんわ」

 憎まれ口を叩いたフーケだったが、相手はそれを了承と取ったらしい。闇に包まれていた室内に、申し訳程度に小さな光源が現れた。フーケは、わずかな灯火に照らされたその顔に、見覚えがあった。

「あまり機嫌が良くないようだのう……ま、この有様では当然だが」

 ――そこに立っていたのは、タバサの使い魔・太公望であった。

「ハハッ、物好きな子ね。惨めな怪盗と、最後の会話を楽しみたいってところかしら? おあいにくさま、そんなものに付き合うつもりはありませんことよ。大人しく舞踏会の会場に戻りなさいな。見張りが戻ってきたら面倒なことになるわ」

 フーケのそんな減らず口を軽く受け止めた太公望は、お返しというにはあまりにも大きすぎる爆弾発言を、あっさりと投下する。

「見張りの連中なら、眠り薬入りの酒をしこたま飲んでいびきをかいておるよ。それに、二十歳をいくつも超えぬような小娘に、子供呼ばわりされる筋合いはないわ」

 その言葉に、フーケはわずかに反応した。

「なるほど……見かけ通りの年齢じゃないってわけね」

 そう言って、見事に騙されていたわと自嘲気味に笑う。

「面倒もあるが、便利な側面もある。今置かれているような状況では特にな」

 ニヤッと口の両端を上げた太公望を見て、フーケはいたく好奇心を刺激された。今回の事件であれほどの冴えを見せた男が、見張りを眠らせてまで、ただの身の上話をしにきたわけがない。

「取引をしよう。おぬし、逃げ出したいであろう?」

「あら! 思ったより魅力的なお誘いじゃないの。でも、タダじゃあないわよね?」

 以前、学院長の秘書・ロングビルとして、太公望がオスマン氏相手に繰り広げた『取引』場面を見ている彼女は、いきなりそんな申し出に飛びつくほど愚かではない。だが、そんなフーケの態度を見て、太公望は陰のある笑みを浮かべた。そして満足げに頷くと、要求を口にする。

「逃亡を手助けする見返りに、おぬしの<力>を借りたい」

「わたしの<力>ねえ……メイジとして、という意味以上のもの、かしら」

 相手の出方を伺うように、フーケは言った。

「そういうことだ。もっとも、盗賊稼業については廃業してもらうことになるが。もちろん、それ相応の保障はさせてもらうつもりだ。さて、これ以上は取引が成立するまで話すことはできぬが……どうする? この申し出を受ける気はあるか? まあ、悪事を反省して大人しく縛り首になりたい、というのであれば無理強いはせぬがのう」

 その言葉を最後に口を閉ざした太公望を見つめながら、フーケは考えた。目の前の男が出してきた提案は悪くない。この場で応じるだけなら問題はないだろう。保障とやらがどの程度か確認し、気に入らなければそのままオサラバすればいいだけのことだ。

「いいわ。受けてやろうじゃないの、その申し出。それで、わたしは具体的に何をすればいいのかしら?」

「その前に、盗みを止める見返りについて話しておこう。おぬしがこの学院で秘書を務めていた際に受け取っていた給料の2倍を、毎月だ。たとえ頼む仕事がなくとも、1年間支払う用意がある。また、今回の逃走が成功した暁には、前金として1ヶ月分渡すことを約束しよう」

 フーケは、思わず目を見張った。正直破格の条件である。だが、うまい話には必ず裏がある。ここは慎重に対応しなければならないだろう。少し考えて、フーケは口を開いた。

「ずいぶんと太っ腹じゃない。でも、それだけ出すってことは、相応に厳しい仕事ってことよね。内容を教えてもらえないことには動けないわ」

「それは、今の段階では話せぬ。もしもおぬしを逃がすのに失敗した場合のリスクが高すぎるからのう。ま、安心せい。命がけでやれなどという無体なことは言わぬ」

 彼の言うことは尤もだ。この場で明かすには色々と不都合があるのだろう。だが……そのおかげで、まだ交渉の余地がある。フーケはふっと笑みを浮かべた。

「ふうん。でもさ……あんたがこんな交渉を持ちかけてフーケを逃がそうとしました、って話が、うっかり外へ漏れ出さないっていう保障はないと思わない?」

 わずかな隙に噛みついたフーケを、太公望はあっさりといなした。

「ふふん、おぬしがそれをバラしたところでどうということはない。いたいけな少年と、国を騒がせた盗賊。果たして世間はどちらの話を信用するかのう? フーケ。いや……『マチルダ』よ」

 フーケの顔面は蒼白になった。斬り返されただけではなく、まさに急所に突き入れられた一撃だった。マチルダ・オブ・サウスゴータ。それは、かつて捨てることを強制された……彼女の本当の名前。この男、一体どこまで手が長いのだ? これでは迂闊なことなどできやしない――。

「さて、改めて自分の立場を理解してもらえたと思う。逃亡成功後、わし宛に連絡先を明記した伝書フクロウを飛ばすのだ。以後、それでやり取りをする。ああ、支払いは宝石でも構わぬか? フクロウに持たせるには、金貨ではかさばりすぎるのでな」

「よおっくわかったわよ! でも、換金に手間がかかるから、少し割り増ししてちょうだい。それと、天然物以外を送りつけてきたら即契約破棄と見なすわよ」

「よかろう、そのくらいの交渉は問題なく受け付ける。では、これで契約完了ということでよいかのう?」

「ええ、いいわ。選択の余地はなさそうだし」

「そう構えるでない。では、早速だが逃走方法について打ち合わせをしようか」

 ――太公望が話す『逃走計画』を聞いていたフーケは、笑いを堪えるのが大変だった。なるほど、この方法は悪くない。何より自分好みだ。失敗する可能性がないわけではないが、成功すれば、気に入らない貴族どもに一泡ふかせることができる。

 それに、1年間という制限つきとはいえ、安定した収入が見込めるというのは何より魅力的だ。学院で秘書をしながら盗賊稼業を続けていた頃よりも、この男の下にいたほうが充実した生活が送れるだろう。ならば……。

「あなたの言うとおり、この国では顔が割れてるし、しばらく外で大人しくしておくよ。しかし、なんだね……ぷぷっ……本当に、ワルだねえ」

 場所と現状のせいで大きな声は間違っても出せない。必死に笑いを堪えるフーケに。

「ニョホホホ……褒め言葉と受け取っておこう」

 同じく小声で笑い返す太公望。

「ああ、そうそう。忠誠の証として、いいことを教えてあげるわ。あのセクハラジジイ、ミス・タバサとあなたとの契約料が安くあがった、って浮かれてたわよ」

「ほう、それはいい話を聞いた。初回の手付けに情報料を上乗せしよう。ククク、あの狸め……このわしを甘く見た報いを受けてもらわねばのう。ところで、仕事の頑張り次第では1年といわず契約延長もありえるので、考えておいてはくれぬかのう?」

「新しい上司は気前が良くて、本当に嬉しいわ。こうなったら、なんとしてもうまく逃げ出さないといけないわね」

 ――地下倉庫で主従を誓ったふたりは、声を上げずに嗤った。


○●○●○●○●

 ――さて。地下倉庫で、まっとうとは到底言い難い『取引』が行われてから約10分後。太公望は、再び学院長室を訪れていた。

「とりあえず、あんなもんでよかろう? 念のため確認しておくが、救出作戦については、わしは手を貸さんからな?」

「わかっとるわい、もともと自分の撒いた種じゃ。今護送を担当しておる衛士ども相手なら、わしひとりでも充分お釣りが来るからの」

 水キセルを燻らせながら、オスマン氏は呟いた。そう……今回の真の黒幕にして依頼人。それは、この部屋の主であるオールド・オスマンその人であった。

 彼は、学院長室から自身の使い魔――ハツカネズミの『目』と『耳』を通して、地下倉庫で行われたフーケと太公望のやりとりを最初から確認していた。ちなみに、眠り薬を混入したワインを見張りの衛士たちへ差し入れたのもオスマン氏の仕業である。

「彼女へ渡す報酬についても、想定内に抑えてくれて感謝する。もちろんこちらで全額負担するから、情報は共有ということで頼むぞい」

「ああ、もともとそういう約束であったからのう。自分の懐を痛めずに欲しい情報が集められるというのは、こちらとしても願ったり叶ったりだからな」

 ふっふっふ……と、互いに目を合わせ、嗤い合うオスマンと太公望。

「それにしても、まるでラスボスのような風格じゃったの」

「こんないたいけな少年をつかまえてラスボスはなかろう」

「本当にいたいけな子供は、自分をいたいけなどとは言わんわい。ところでその姿……ひょっとして<フェイス・チェンジ>か?」

「素だよ。始祖ブリミルとやらに誓ってもかまわぬ。童顔なのは認めるがの」

「その見た目でマチルダより年上とか、反則にも程があるじゃろ……」

「それはともかく、この話を持ちかけられたときはさすがのわしも呆れたぞ」

 ――オスマンが太公望へ持ちかけた話とは。

 曰く、街の居酒屋で尻を触った給仕の娘に、なんとなくだが見覚えがあった。それが気にかかったオスマン氏は、しばらくその店へ通いつつ彼女を観察し、やがて昔付き合いのあった貴族の――既に断絶していた家の娘だと確信した。

 その後、ロングビルという偽名を使っていた彼女――マチルダの事情を知っており、その身の上に深く同情していたオスマン氏は、自分の秘書として採用し、これまで身近に置いていたのだが……結果として、学院に大変な危難を呼び込んでしまった。

 とはいえ、このまま縛り首にされるのを黙って見ているというのも寝覚めが悪い。なんとか彼女を救い出し、かつ更正させる良い方法はないだろうかと考えた。そこで、最悪の場合、自分だけが泥を被る覚悟で太公望へ話を持ちかけたところ。腕の良い斥候役を欲していた太公望から、情報収集役として裏から雇うという折衷案を提示され――学院に迷惑がかからない形でそれを実行するための案をふたりで出し合った結果――現在に至る。

「知り合いの娘だからといって、秘書の身辺確認を怠るとか、ありえぬわ。ひとを害するような真似をしておらんかったから、今回は特別に乗ってやったが……」

 心底疲れたといった風情で、肩を落とす太公望。

「いや~、まさかあんなお転婆しとるとは、思いもよらなんだわ。ねえ? 男なら誰だってあんなあちこちプリンちゃんに育っておったら、そりゃ惑わされるよ。なあ?」

 至極真面目な顔でそう尋ねるオスマンに。

「おぬし、いっぺん死んだほうがよいのではないか?」

 太公望は、呆れ声でボソッと呟き返した。

 若いくせに枯れたジジイみたいな反応しおって……と、オスマンは軽く咳払いする。

「舞踏会は既に始まってしまったが、今からでも遅くはない」

 オスマンの念押しに、頷く太公望。

「ちゃんと出席するから安心せい。わしとて、いらぬ憶測を生みたくはないからのう」

○●○●○●○●

 アルヴィーズの食堂の上にある大ホール――フリッグの舞踏会場は、学院関係者による怪盗フーケ捕縛の報に沸き、例年になく大きな盛り上がりを見せていた。

 才人は、ルイズから買い与えられていた礼服を着て、会場脇のバルコニーの枠にもたれかかり、歓談や食事に夢中になる貴族たちを、外から眺めていた。

「ふふん、馬子にも衣装ってやつじゃねえか」

「うるせえな。こんな服着るの、初めてなんだよ」

 従兄弟の結婚式には、制服で出たし――と、バルコニーの枠に立て掛けたデルフリンガーの憎まれ口に、そっくり同じような口調で答えた才人は、先程メイドのシエスタが運んできてくれた肉料理を口に運び、それをワインで流し込む。

 ホールの中では、キュルケが男達に囲まれて笑っている。彼女のまとう深紅のドレスと赤い髪が相まって、まるで中心で燃える炎のようだ。

 黒いパーティドレスに身を包んだタバサは、一生懸命にテーブルの上の料理と格闘している。その隣にある席の前は、山ほど積まれたデザートが――パイにタルト、色とりどりの果物も処狭しと並んでいるが、そこに着くべき主はまだ到着していないようだ。

「どうした才人、中に入らぬのか?」

 と、その主――太公望が現れた。彼はいつものそれとは違い、才人同様に礼服に身を包んでいたのだが――傍目で見ても着慣れていないのがわかるくらい、着崩れしていた。

「うわっ、似合わねえ!」

 自分のことを差し置いて、思わず笑ってしまった才人に、

「仕方なかろう。このような服を着るのは初めてなのだ」

 と、窮屈そうに答える太公望。横にいるデルフリンガーもカタカタと笑っている。

「なんか、場違いな気がしてさ。お前こそ、タバサほっといていいのかよ? あのテーブル見てみろよ。デザートしこたまキープして待ってるみたいだぜ」

「なんと!? さすがはタバサ、気が利くのう。だがしかし、わしにはこれからやらねばならぬことがあるので、菓子を楽しむのはその後だ」

「やらねばならぬこと? 何だ、それ」

 そんな才人の問いを遮るように、呼び出しの衛士がルイズの到着を告げる。

「ラ・ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~り~!」

 あいつずいぶんと遅かったな、女って身支度に時間かかるから大変だよな――などと考えつつ声のしたほうを振り向いた才人は、思わず息を飲んだ。

 あれがルイズか。白く淡い光沢を放つパーティドレスに身を包み、髪を上品な造りの髪留めで上にまとめた彼女の姿は、いつも以上に輝いていて――眩しかった。

 ルイズは、さかんにダンスを申し込んでくる男子生徒たちに断りを入れながら、ゆっくりとバルコニーに佇むふたりと1本の側へ近寄ってくる。

「あんたたち、こんなところで何やってるのよ」

「いや、別に」

 才人は、ぷいと顔を横に逸らした。酒が入っていてよかった。これなら、顔の赤さを彼女に気取られずに済むだろう。そこへ、太公望から声がかかる。

「せっかくの雰囲気を壊してしまって悪いのだが、3人に大切な話がある。そう長くは時間をとらせぬから、少しかまわぬか?」

「3人ねェ……ケケケ、それは俺っちも含んでってことだよな?」

 機嫌が良さそうにカタカタと鍔を鳴らすデルフリンガーに、太公望は頷く。

「ええ、かまわないわ」

「俺も、ここでメシ食ってただけだし」

 残るふたりの了承を得た太公望は、周囲を伺い――他に誰もいないことを確認すると、早速話を始める。

「さっきの件だ。才人が<伝説の使い魔>だという話、誰にもしてはおらぬだろうな」

「もちろんしてないわよ――だいたい、今まで身支度してたんだから」

 そう答えるルイズと、同じくずっとここで飲み食いしてたし、そんな話は出しようがなかったと言う才人の返事に、大きくふうっと息を吐く太公望。その表情は、心底ほっとしているようだった。

「それは良かった。ならば、これから何があっても絶対に他言無用だぞ。当然、誰に対しても、だからな? 才人よ、今後は普段からそのルーンを隠しておくのだ。そうだのう――片手だけでは目立つ。両手の邪魔にならない、手袋のようなものが望ましいのだが」

「え、なんで?」

 今まで普通に出していたのに。そう問い返す才人の疑問に答えたのはルイズだ。

「あ、そっか……伝説っていうくらいだもん、すっごく珍しいってことよね」

「何か悪いの?」

 それに答えたルイズの顔は、傍目から見ても明らかな程、血の気が引いていた。

「えっとね、この国にはアカデミーっていう研究機関があるんだけど……そこでは、しょっちゅう色々な実験をしてるの。もし、伝説なんていわれる使い魔だってわかったら、あんた連れて行かれて、解剖されちゃうかもしれないわ」

「なにそのヤバイ機関。人体実験までやってるのかよ」

 思わず左手を隠し、周囲を用心深そうに伺う才人に苦笑する太公望。

「ん、まあ解剖云々はともかく、目立つとまずいというのは理解できたかのう?」

 素直に頷くふたりと、カチンと鍔を鳴らすデルフ。理解したという表明だろう。ルイズは内心、もうちょっとで自慢するところだったわ――などと冷や汗をかいていた。

 いっぽうの太公望はというと、ルイズの話を聞いて、彼女とは全く別の意味で冷や汗を滲ませていた。この国に、人体実験を行うような機関があるとは初耳だ。これは、絶対に自分が仙人であることを悟られてはならない。何故なら、もしも人類の夢である『不老不死』を実現していることが知られてしまったらどうなるか。ほぼ間違いなく逃亡生活に逆戻りだ。その上で、万が一にも捕らえられてしまったら……考えたくもない。

 そんな内心をおくびにも出さず、太公望は言葉を続ける。

「タバサにも、こちらから堅く口止めをしておく。あとは……そうそう、ルイズの魔法を見る件についてだが」

 この言葉に、ピクリと反応するルイズ。

「正確におぬしの<力>を測るため、次の虚無の曜日まで、体調をしっかりと整えておいてもらいたいのだ。魔法も授業以外では絶対に使わぬこと。練習も禁止だからな」

「……わかったわ」

「それと才人、おぬしギーシュと仲が良かったな。できれば『ドット』メイジとの比較を行いたいので、彼に協力を依頼してもらいたいのだが?」

「ああ、そのくらいならお安いご用だ。明日聞いてみるよ」

「なら一緒に頼みに行くわ。だって、わたしが協力してもらうんだから」

 ふたりの解答に満足した太公望が、にっこりと笑って言った。

「そうだな、それがよかろう。ああ、これで最後なのだが、才人よ。できれば、手のひらに収まるような、それでいて、メイジから見て『武器』に見えないものを手に入れ、携帯しておくがよい」

 その台詞に、デルフリンガーが激しく騒ぎ出す。

「なんだよ! 俺っちじゃ不満だってのかい!?」

「騒ぐでない、おぬしがいけないという話ではないのだ。屋外なら問題ないが、狭い場所で長い剣を振り回すわけにはいくまい? それに、ルーンの力を使う際に、いちいち剣を抜いていたら、いらぬ警戒をされてしまうからのう」

「ああ、言われてみればそうかもしれねえな。メイジから見て、そうは見えない隠し武器ねえ……うん、それなら相棒は自然に<力>を使えて、しかも慣れることができるってことだな。お前さん、よく考えるねえ」

 感心したように呟くデルフリンガーに、才人も同意する。

「話はこれで終わりだ。ではの」

「あ……ちょっと待って」

 軽く手を振って、その場を去ろうとした太公望を、ルイズが引き留める。

「何だ? どこかわからないところがあったかのう?」

「ううん、そうじゃなくって……その……今日はありがとう」

 コクリと首を前に傾けた太公望は、その言葉を背に離れていった。もっとも、

「行くぞ! 待っておれ、わしの甘味!!」

 などと叫んで自席へ駆け出したせいで、せっかくの雰囲気その他諸々が台無しになっていたのだが――。

「ったく……アイツって……」

「本当、子供なんだか大人なのか、よくわからなくなるわ」

「まあ、天才となんとかは紙一重っていうからな」

 ――違いねェ。最後を締めたデルフリンガーの言葉に、一同は笑い声を上げる。と……ふいに、ルイズの顔に影が差した。

「サイト……その、ごめんね」

 突然の言葉に、才人は慌てた。こんなしおらしい態度のご主人さまもいいなあ、などとちょっとは考えたが、口には出さなかった。

「な、なにがだよ。俺をこんなとこまで召喚したことか? それとも平民平民って散々見下してきたことか? 他には……心当たりがありすぎて、すぐには思い出し切れないんですが?」

 照れ隠しに、才人は思わず憎まれ口を叩いてしまう。

「ちょ……あの、そりゃね、主人としての威厳ってものが……ああ、もう、ちがーう! あんた……本当は、帰りたいんじゃないの?」

「まあ、そりゃな。いきなり連れてこられて使い魔になれとか、滅茶苦茶だろう。家に帰りたいし、父さんや母さんに会いたい」

 当然よね……才人の言葉に、ルイズは俯いた。今まで考えてもみなかったことだが、彼にだって、故郷があり――家族がいるはずなのだ。それなのに、魔法で一方的に彼らを引き裂いてしまった挙げ句、今もこうして自分に付き合わせている。

「でもさ、帰る方法が見えてきたから、今はそんなに焦ってない」

 笑顔でそう言った才人に、マイナス思考に陥りかけていたルイズは思わず顔を上げた。

「タイコーボーが言ってただろ。お前は、異世界にいた俺とお前の間に『門』を作れたんだ、って」

「待って! 前にも言ったかもしれないけど、ハルケギニアには、召喚したものを送り返す魔法はないのよ!?」

「あいつのところにはあるんじゃないのか?」

 その言葉にはっとするルイズ。そうだ、タイコーボーは言っていたではないか。『空間ゲート接続』というのは非常に難しい技術なのだ――と。それはつまり、彼の国にはそういう魔法が存在しているということになる。

「わたし、ロバ・アル・カリイエなら即幹部候補になれるって言われたわよね」

 笑みを隠しきれない顔で呟くルイズに、才人は頷き返した。

「すげえよな。あいつがあそこまで言うんだから、お前、本当にそっちの才能あるんだよ。だから、いつかお前がそれを覚えたら」

「帰っちゃう……のよね」

「ああ。んで、お前に日本の凄さを見せつけてやる」

「は?」

「いや、だからさ。お前と一緒なら、行ったり来たりできるようになるだろ? そりゃ最初呼ばれたときはムカついたけどさ。まだまだこの世界を見てみたいっていうのは、俺のホントの気持ちだ」

「あんた……」

「それなら、使い魔やめずにいつでも帰れるし、こっちにも来られるじゃないか。だから、お前のこと、手伝うよ。俺は魔法なんて使えないけどさ。部屋の片付けくらいならやれるしな」

「使い魔をやめずに? いっしょになら、行ったり来たりできる?」

 その言葉を反芻し続けているルイズをよそに、才人の独演会は続く。

「なあなあ、ロバ……なんとかにも行ってみたくないか? きっと、こことは違う魔法がいっぱいあるぜ!? よし決まり! みんなで一緒に旅行しようぜ。案内はタイコーボーにしてもらってさ。俺と、ルイズと、タバサに、ギーシュ、キュルケも誘って。きっと楽しいだろうなあ」

 ――みんなと一緒に旅をする。

 今まで、そんなこと考えてもみなかった。この使い魔を召喚してから、自分の周りが劇的に変わった気がする。本当に、そんな魔法が出来るようになるのか、わたしにはわからない。でも、少なくとも目の前にひとり――それを信じてくれているひとがいる。

 ルイズはドレスの裾を両手で恭しく摘み上げると、膝を曲げて才人に一礼した。

「わたくしと一曲踊ってくれませんこと? ジェントルマン」

「俺、ダンスなんかしたことねえよ」

「わたしに合わせるだけでいいのよ」

 そう言って自分を見上げるルイズの顔は、激しく可愛くて、綺麗で、清楚であった。才人はふらふらとルイズの手を取り……ふたりは並んでホールへと向かった――。

 そんな彼らの様子をバルコニーで見守っていたデルフリンガーは、こそっと呟いた。

「おでれーた。主人にダンスを申し込まれる使い魔なんて、初めて見たぜ」


○●○●○●○●

 ――その翌日。

 学院から引き渡されたフーケを引っ立てていった衛士隊の一行は、トリスタニアの街でフーケに対し<魔法探知>を含む簡単な取り調べを行った後、護送用の馬車で、一路チェルノボーグの監獄へと向かった。

 ところが、道中で突如天から落ちてきた大量の<水>によって、護送の一団はまるごと押し流され……必死に馬車の元へ向かったときには既に遅く。黒いローブにフードで顔を隠した謎の人物によって、フーケは拘束から逃れており。必死の追走も空しく、彼らはまるで煙のように姿を消した――。

 その後、この逃亡事件は……。

 学院側から、怪盗フーケが複数犯であるという報告を受けていたにも関わらず、奪還に対して警戒を怠っていたこと、今回の持ち回りを担当していた衛士長が、本来出すべき警護の兵数を小銭惜しさにケチっていたこと……ついでに収賄疑惑まで発覚し、最後には自らがチェルノボーグへ送られるという事態に至り、結果――その後フーケがぷっつりと消息を絶ったこともあり――フーケが逃亡したという事実と共に、関係者一同に厳しく箝口令が敷かれ――いつしか闇へと消えた。


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