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「雪風と風の旅人」
過去視による弁済法

第26話 雪風、始まりの夢を見るの事

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 ――その夜。思いも寄らぬところから、タバサにとっての<運命>は訪れた。

 モンモランシーへの支払いを終え、部屋へと戻った後……太公望は思わずぼやいた。その一言が、タバサにとって、とてつもない意味を持っていたことも知らずに。

「まったく……自業自得とはいえ、150エキューとはとんだ出費だ。もしもわし以外がアレを飲んだとしたら、最長でも2日以内で治してやれたものを」

 あれだけあれば、新作デザートがいくつも買えたのにのう……その、ため息混じりの言葉を、まさに運命と呼んで差し支えない呟きを、タバサの耳は聞き逃さなかった。

「どういうこと?」

「む。どういうこと、とは?」

 タバサの顔色は、劇的に変わっていた。必死の形相で太公望へ詰め寄っていく。

「あなたは、今『惚れ薬』の症状を2日以内で治してやれたと言った」

「ああ、そのことか。実はな……」

 そして、太公望は語り始めた。国元に、ハルケギニアでいうところの<先住魔法>の使い手にして凶悪な妖魔が多数存在していたこと。

 それらの中に<魅了>の術を含む『人為的に精神を塗り替える』ものがいくつもあったことから、彼の国では、それに対抗するための技術が発達しているのだということを語って聞かせた。

 ……とはいえ、それらの術を<解除>するには、北欧の隠れ里に住まう霊獣一族の特殊能力を利用するか、太公望が持つ『太極図』を使う以外には、術中に落ちぬよう、本人が気合いで<抵抗>するしかなかったわけだが、そこまでは言わない太公望であった。わざわざ説明する必要がないと考えたからだ――この時点では。

 しかし、太公望からこの話を聞いたタバサの瞳には、狂おしいまでの光が宿っていた。タバサは声を震わせながら、己のパートナーを問い質す。

「でも、あなたはあのとき……フリッグの舞踏会があったあの日、わたしがした質問に、心の病は治せない――そう答えた」

 ああ、そういえばそんなことがあったな……と、思い出しながら太公望は告げた。

「そうだ、自然にかかってしまった『心の病』は治せない」

「つまり、それ以外なら……?」

「うむ。今回のような『魔法薬』や<マジック・アイテム>。または魔法の類によって、人為的に歪みを発生させられているような症状であれば、わしが診断して<解呪>することが可能だ」

 太公望は、縋るような目をした少女の目を見ながら、先を続ける。

「もちろん、現れている症状によって診断にかかる時間や、解く方法は変わるが。ちなみに、わしに『惚れ薬』の効果が正しく現れなかったのは、おそらく無意識に<解呪>を試みたせいで、それが薬効に割り込んだからであろう。そういう<抵抗>のための訓練も、国元では行われておるからのう」

 そう告げた太公望へ、タバサはしがみついた。そして、小さく震えながら訊ねた。

「あなたなら、どのくらいの時間で……どれくらいの確率で治せるの?」

 その真剣な問いに、太公望はこちらも誠実な態度でもって応えた。

「時間については、症状によって異なるが――早ければその場で数秒以内に。長期の場合は約1年程かかる。治せる確率に関しては……ほぼ100%だ」

 ――それから10分後。太公望はタバサをその背に乗せて、魔法学院から飛び立った。彼女に架せられた重い<運命>と戦うために。


○●○●○●○●

 ――タバサと太公望が心の病に関する問答をしていた、ちょうどそのころ。

 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。人呼んで『微熱』のキュルケ。帝政ゲルマニアでも有数の富豪として知られる大貴族の娘にして、恋多き女として学院内でも有名な彼女が、珍しくたったひとりで空の月を眺めていた。

 実際、これは異常事態と言って差し支えない。いつもならば、彼女が付き合っている彼氏たちが、毎時間のように部屋を訪れている。そして、彼らがダブル、あるいはトリプルブッキングによる騒ぎを起こすことなど、日常茶飯事なのであるからして。

 冠せられた『微熱』の二つ名は、そんな彼女を的確に表す象徴のようなものなのだ。

 しかし今日に限って言えば、間違ってもそういった騒動は起こり得なかった。何故ならキュルケは、全ての予定をキャンセルした上で、自室の窓枠にもたれかかり、酒杯をあおっていたからだ。そんな彼女の足元では、使い魔であるサラマンダーの『フレイム』が、主人に寄り添うようにして、伏せの姿勢を取っている。

 キュルケの心は、今――ぷすぷすと燻り続けていた。そのことを思い、ふっとため息をついたその時だ。彼女の瞳に、太公望とタバサのふたりが遠い空へと舞い上がっていく姿が映り込んだのは。

「はあ。元気になったから、ふたりで夜空のデート……ってところかしら」

 そしてキュルケは、足元に控えるフレイムの頭をそっと撫でた。フレイムは、ウルルルル……と声を上げ、気持ちよさそうに目を細めている。

「あたしね、あなたのことが気に入らないわけじゃないのよ。むしろ、当たりを引いたと思って、喜んでいるくらいなの。火竜山脈のサラマンダーを使い魔にできた生徒なんて、ここ数年いなかったって、先生からも褒められたくらいだし」

 キュルケが呼び出したサラマンダーと呼ばれる幻獣は、この世界において所謂『ブランドもの』に相当する、レアかつ強力な存在なのである。間違いなく『当たり』と言っていいだろう……例年ならば。

「ええ、もちろんわかってるわ、あなたが悪いんじゃないのよ。でもね……」

 そう言って、キュルケは再び空に輝く双月を見上げた。

「あのふたりの<使い魔>さんは、大当たりどころじゃないのよぉぉお!!」

 ……そう。キュルケの心の内では、今、とあるふたりの人物に対する想いで、小さな『葛藤』という名の炎が燻り続けていたのだ。

 ――ひとりは彼女の仇敵。ルイズの使い魔『サイト・ヒリーガル・ド・ブセイオー』。

 最初はただの平民と侮っていたが、実は東方ロバ・アル・カリイエの由緒正しき大貴族にして、<東方最強のメイジ殺し>と謳われた武将の息子だった。

 平民の血が濃いせいか、魔法は一切使えないが――彼の、まさに神速ともいうべき剣の腕は『ドット』では最強レベルといっても過言ではないギーシュの『ワルキューレ』総攻撃を持ってしても対抗できない。しかも、剣がなくても足で蹴り倒してしまうほどの強さを誇る。並のメイジでは、彼に勝つことなどできはしないであろう。

 そして昨夜。サイトは巨大な炎に飲み込まれそうになっていた自分たちを救うために、たったひとりで剣を振るった。そこで判明した事実。彼の持つ剣は、なんと『始祖』ブリミルを護りし『光の盾』。『魔法吸収能力』を持つ、紛う事なき国宝級の<インテリジェンス・ソード>だったのだ。

 突如顕現した『ヘクサゴン』級の大竜巻にまで、光り輝く剣一本で立ち向かわんとしたその姿と勇気は、まさしくお伽噺に登場する『伝説の勇者』イーヴァルディそのもの。人間の営みに無関心であるはずの、水の精霊にすらその名が届いていたほどだ。

 にも関わらず、普段はいたってふつうの男の子。誰にでも公平に接し、お調子者だが明るく、強さをひけらかすことなく、心根も優しい。あの気難しいルイズですら笑わせてしまった……まさに太陽のような輝きを放っている存在だ。

 サイト本人は全く気付いていないようだが、キュルケは知っていた。学院内で働く平民の女の子たちから、彼に向けて熱い視線が注がれているのを。あの強さと性格だ、それも無理はない。これが平民と貴族の身分差が厳しいトリステインではなく、キュルケの出身国ゲルマニアだったなら、貴族の娘からも注目を浴びること間違いなしだろう。

 ――もうひとりは彼女の親友。タバサの使い魔『タイコーボー・リョボー』。

 はじめは、ただのお子ちゃまだと思っていた。だが、その実態は。サイトと同様ロバ・アル・カリイエ出身のメイジにして元軍人。しかも、中将という高い地位に就いていた将軍様だったのだ。年齢も、自分より10歳年上の27。もしかすると、もっと上かもしれない。

 深い知識を持ち、その目に映るもの全てを解析する能力は、まさしく『率いる者』。あの『ゼロ』だったルイズの才能を見抜き、たった1週間で空を飛べるまでに成長させた。キュルケ自身も、彼の薫陶によりどんどん腕が上がっているのを実感している。

 そんな彼が『薬』の効果で語った真実。国王ですら、自分を叱ることなどできはしない――つまりはそういう血筋、あるいは身分であるということだ。本来穏やかな性格であるため、戦いの毎日に疲れ、ついには全てを捨てて旅をしていたらしい。

 とはいえ、メイジとしての腕は超一流。昨夜顕現した、天を貫かんばかりにそびえ立つ大竜巻は『スクウェア』などという枠には到底収まらない。話に聞く『ヘクサゴン』級の偉容を誇っていた。もしかすると彼は、世界中にその名を轟かす伝説の風メイジ『烈風』カリンとも互角に戦えるのではないだろうか。

 どうにも掴み所のない性格で、かつ「面倒くさい」が口癖の、ただの怠け者のようにも見える。しかし、今日のモンモランシーに対する対応。ただ事実のみを追求し、己の過ちを認める姿は、立派な大人の男性だった。まさしく上に立つ者として相応しい。にも関わらず、過去の身分を笠に着て偉ぶったりしないところも好感度が高い。あえて難点を挙げるなら、シスコン疑惑があるところぐらいか。

 ――サイトを太陽と称するならば、タイコーボーは、ひとの隣で静かに輝く月だ。

 キュルケは、残っていたワインをひと息で飲み干すと、さらにテーブルの上に置かれていたボトルから、グラスへなみなみと赤い液体を注ぎ入れた。

「サイトは、クラスの子たちと変わらないか、それ以下の恋愛スキルしか持ってない初心(ウブ)な男の子。はあ……『伝説の勇者候補』を自分色に染められる、なんて考えたら、あたし……」

 新たに注いだワインも、これまた一気に口へ流し込んだキュルケは、深いため息と共に声を吐き出した。

「ミスタ・タイコーボーは、子供みたいな見た目の中に、包容力のある男を感じさせる、あのギャップが魅力よね。彼となら、大人の恋愛や駆け引きを楽しめそう、なんだけど……」

 キュルケは、腰をかがめてフレイムの首周りをぎゅっと抱き締めながら呟いた。

「彼はタバサの『パートナー』だから論外として。サイトなのよね……問題は。フォン・ツェルプストー家の者としては、仇敵ヴァリエール家の『相手』を奪うのが流儀のはず、なんだけど……なんだけど!」

 突然、キュルケは立ち上がって声を上げた……隣に聞こえるので控えめに。

「どうしてヴァリエールの『いちばん』になっちゃったのよおおお! あたしはね、どんなことがあっても、そのひとの『いちばん』は取らない主義なのよ!!」

 ……そして、彼女はテーブルの上に突っ伏して、ぼそりと呟いた。

「神の剣を持つ勇者さまと、身分を捨てた流浪の王子さまが、自分の目の前にいるのがわかっているのに手が出せないこの葛藤! 『微熱』の名が泣くけど、この心は届かない……ああ、このあたしの運命の『パートナー』は、いったいどこにいるのよ……ッ」

 ――実は、結構近くに『運命のパートナー』がいたりするのだが、彼女がそれに気がつくのは、もうしばらく先の話。

 ……と、このように彼女の中にある『誤解』が、現在進行形でとんでもない方向へ走り続けていることを知らせる意味で、その葛藤をここに記載しておこう。ただし、本人はこれらの内容について、一切他者へ口外するつもりはないということも、併せて記す。


○●○●○●○●

 ――キュルケが、ワインのあおりすぎでテーブルで寝息を立て始めた頃。

 ガリアとトリステインの国境から、馬車で10分ほどの場所に建つ、旧い立派な屋敷の門を、タバサと太公望は通り抜けていた。

 その門に刻まれた紋章――交差した2本の杖に、古代文字で『さらに先へ』と記された銘は、まごうことなきガリア王家の紋章である。だが、その上には大きな×印が刻まれていた。『不名誉印』と呼ばれるそれは、王族でありながらその権利を剥奪されたという意味を持つ。

 ふたりが玄関の前へ到着すると、屋敷の中からひとりの従順そうな老僕が現れ、恭しく頭を下げた。

「シャルロットお嬢さま、お帰りなさいませ。失礼ですが……そちらの方は?」

「事情を知っている」

 タバサのごく小さな呟きに、老僕はピクリと身体を震わせると、すぐさまふたりを屋敷内へと案内した。そして彼は、改めて太公望へ深い礼をした。

「このオルレアン大公家の執事を務めさせていただいております、ペルスランと申します。どうぞ、よろしくお見知りおき下さい」

「わしは太公望と申す者だ、よろしく頼む」

「彼を客間へ案内して。わたしは、まず母さまの様子を見てくる」

「承知いたしました、では……こちらへ」

 隅々まで手入れの行き届いた邸内を抜け、客間まで案内された太公望は、ペルスランが「何か軽いものをお持ち致します」という言葉を残して立ち去った後――慎重に周囲を伺い、感覚を研ぎ澄ませた。

「ふむ、このあたりに間諜の類はいないようだな」

 屋敷へ入る前にも念のために偵察を行ったが、どこかから見張られているような気配はなかった。太公望は、ほっと息を吐いた。

 そうこうしているうちに、ペルスランが茶と菓子を持って戻ってきた。出された菓子をつまみながら、太公望は人の良さそうな老僕に訊ねた。

「こちらのお屋敷は、ずいぶんと歴史あるものと思われるが、おぬし以外の人間は……今はひとりしかいないようだな。幸いなことに、魔法で見張られているということもなさそうだのう」

「失礼ですが、どこまでご存じでいらっしゃいますか?」

「タバサ……シャルロット姫殿下が、病気の身内を人質に取られ、王家の為に命がけで汚れ仕事をさせられている。また、その人質の病が『魔法薬』によって引き起こされたものである。患者がこの家にいる。ここまでは承知している」

 そこまで一気に話した太公望は、改めて自己紹介をする。

「ペルスラン殿については、既にシャルロット姫殿下より伺っている。偵察により間諜がいないことが判明したため、改めて自己紹介させていただく。わしの名は、太公望呂望。使い魔召喚の儀で、東方ロバ・アル・カリイエより殿下によって呼び出された使い魔だ」

「なんと……!」

 ペルスランは、驚いた。使い魔召喚の儀で人間が呼び出されるなど、これまで聞いたことがない。しかもロバ・アル・カリイエからというのは、想像の埒外にある。だが、次に続いた太公望の言葉で、老僕は『始祖』の導きを感じることとなる。

「わしは『魔法薬』によって『心』を壊された者を、ほぼ確実に治すことができるのだ。もしやすると、殿下の強い願いが、わしをこの地へ呼び寄せたのかもしれぬ」

「そ、そ、それでは……ま、まさか……」

 震える声で訊ねる老僕に、太公望は笑顔で答えた。

「左様……わざわざこんな夜分に参ったのは、王家の者に気取られることなく、奥さまの診察を行うためだ」

 老僕は、その場に崩れ落ちた。彼の両目からは、滝のような涙がしたたり落ちている。

「あなたさまは、お嬢さまをこの牢獄から解き放ちにいらして下さったのですね。まさしく『始祖』ブリミルのお導きに違いありませぬ」

 溢れ出る涙を拭こうともせず、そのままに。ペルスランは事情を語り始めた。


○●○●○●○●

 その頃タバサは、広い屋敷の廊下突き当たり、右最奥の部屋の前に立っていた。扉をノックしても、中から返事はない。この部屋の主がタバサの呼びかけに答えなくなってから、既に3年ほどの月日が流れていた。そのとき、タバサはまだ12歳だった。

 タバサは扉を開けると、部屋の中へ入っていった。そこは、椅子とテーブル、そしてベッド以外何もない、殺風景な部屋だった。ラグドリアン湖を望める広い庭に面しているのが、唯一の慰めだ。

 部屋の主は、すぐさま『侵入者』に気が付いた。そこにいたのは、痩身の女性だった。フェルト生地で作られた小さな人形を両手でしかと抱き締め、タバサを睨み付けている。元は美しかったのであろう顔は酷くやつれ、実年齢よりもはるかに老けて見えた。

「あなたはだれ?」

 女性の問いに、タバサが答えた。

「わたしです、母さま。只今戻りました」

 痩身の女性は、タバサの母親だった。しかし、彼女の口から出た言葉は、娘の帰省を喜ぶ母のものではなかった。夫人は顔中に怒りの色を浮かべ、わなわなと全身を震わせながら叫んだ。

「お前、また王家が寄越した回し者ね! これまでに、何度も申したではありませんか。シャルロットが王位を狙っているなど、言いがかりも甚だしいと。宮廷の醜い権力争いなんて、もううんざり。わたくしたちは、ただ静かに暮らしたいだけなのです。どうして、そっとしておいてくれないのですか!?」

 タバサの母親は、自分の娘の顔がわからないのだった。彼女は、その腕に抱いた人形を自分の後ろへ隠すように置くと、悄然と立つタバサへ向けて、テーブルの上に置かれていたワイングラスを投げつけた。

「お前たちなどに、シャルロットは渡しません。ええ、絶対に渡しませんとも! わかったら、下がりなさい!」

 ワイングラスはタバサの肩に当たり、絨毯敷きの床へ転がり落ちた。タバサの母親は、フェルト地の人形を愛おしそうに抱え込むと、ベッドへ寝かせ、頭を撫でた。その人形はひどく汚れが目立ち、身体のあちこちが擦り切れてぼろぼろだった。永い間、夫人がその人形を手放さなかった証拠だ。

「おお、おお、わたくしの可愛いシャルロット。心配はいりませんよ、あなたはこのわたくしが、必ず守ってみせますからね」

 ――そう。タバサの母親は、既にぼろきれのようになった人形を、自分の愛娘シャルロット――タバサだと思い込んでいるのだ。そんな母の姿を見ながら、タバサは悲しげな笑みを浮かべた。これは感情を表に出すことのない『雪風』が、母の前でだけ見せる顔だ。

「母さま、いま少しだけお待ち下さい。今宵、あなたの病を治せるひとを連れて参りました。あなたが元に戻った、その後で……父さまの命と、あなたの心を奪った憎き者どもの首を取りに行きます。そして、この部屋に並べてご覧にいれましょう。どうかその日まで、あなたがくれた『人形』が、仇の目を欺き続けられるよう――祈っていて下さい」

 父の仇を討ち、わたしたち母娘の無念を晴らす。それが、水の精霊に立てた誓いです――そう心の内で母に告げたタバサは、静かに部屋の扉を閉めた。


○●○●○●○●

「派閥争いの犠牲者……か」

 ため息のように吐き出された太公望の言葉に、ペルスランは頷いた。

「はい。かつて、ガリア王家にはふたりの兄弟がおられました。ひとりはご長男のジョゼフさま。現在のガリア国王でございます。もうひとりは、シャルロットお嬢さまのお父上であらせられる、ご次男のオルレアン大公シャルルさまです」

 ペルスランは語る。本来であれば、長男であるジョゼフが王位を継ぐのが当然であったのだが、しかし。彼はお世辞にも王の器とは言えない人物であった。何故なら、三王家の長であるガリアの王族に生まれながら、魔法を一切使うことができないのだ。

「そうか、それでガリアの王は『無能王』などと呼ばれているのだな」

「左様でございます。外国……しかも東方のおかたには、何故国王の地位にある者に、そのような二つ名が冠されたのかは、おわかりになりにくかったでしょう。自国の王が魔法を使えぬなど、国の恥。わざわざそれを余所で吹聴する者はおりませぬゆえ」

「確かにその通り……失礼、話を続けていただけるだろうか」

「承知いたしました、それでは……」

 『無能』と呼ばれた兄ジョゼフとは異なり、シャルル王子には怖ろしいほどの魔法の才があった。物心ついてすぐに空を飛び、7歳で炎を支配し、10歳になる頃には銀の錬金に成功した上に、12歳で遂に水の根本を理解した。彼は、なんと成人する前に『始祖』ブリミル以来初めて、四大系統魔法全ての頂点を極めてしまったのだ。

「オルレアン大公はその才能に驕らず、誰にでも分け隔て無くお優しいおかたでした。ですが、そんな大公殿下の才と人望こそが、ガリア王家にとっての不幸でございました」

「大公殿下を擁して、王座につけようとする者たちが現れたのだな?」

「仰る通りです。魔法の才に溢れる大公殿下こそが、次代の王として相応しいとする動きが宮廷で持ち上がるいっぽうで、既に皇太子として定められたジョゼフさまが王位を継ぐのが伝統であり、国法だとする一派が対立した結果……大公殿下は暗殺されました。ジョゼフ派が催した狩猟の会の最中に、毒矢で胸を射貫かれたのです。しかし、大公家を襲った悲劇は、それだけに留まりませんでした」

 流れ落ちる涙を拭くことなく、老僕は先を続ける。

「ジョゼフ王と、王を擁する一派は、争いの禍根を断とうと考えたのでしょう。奥さまとお嬢さまを宮殿へ呼びつけ、酒肴を振る舞いました。その宴席でシャルロットお嬢さまに手渡されたワイングラスの中に、毒が盛られていたのです。それに気付かれた奥さまは、ジョゼフ王へ必死の思いで命乞いをなさったのです。自分がこれを飲むかわりに、娘の命だけは助けてほしい……と」

 魔法の毒という言葉に小さく眉を吊り上げた太公望は、そのまま黙って老僕の言葉に耳を傾けていた。

「その毒は、心を狂わせる水魔法の毒でございました。以来、奥さまはお心を病まれ――ご自身の命を賭してまで守ろうとした愛娘の顔すらわからなくなってしまわれたのです。そして、目の前で母を狂わされたお嬢さまは……言葉と表情を失いました。快活であられた頃のお姿が、まるで夢か幻であったかのように」

 ペルスランは口惜しそうに顔を歪め、先を続けた。

「にも関わらず! ジョゼフ王は、ご両親を奪われたばかりのお嬢さまを、大勢の騎士が命を落とした怖ろしい魔獣討伐に従事させたのです! あれは、事実上の処刑宣告でした。しかしお嬢さまはその苦難を乗り越え、ご自身を守られたのです。王家は、そんなお嬢さまを持て余したのでしょう。王族の地位と名を奪って『シュヴァリエ』の爵位のみを与え、厄介払いも同然に外国へ留学させたのです。その上で、奥さまをこの屋敷に幽閉することで、お嬢さまの行動を縛り付けました」

 老僕の悔しさに満ちた告白に、太公望は無言のまま聞き入っていた。

「奥さまを人質にとった王家は、宮廷で表にできない汚れ仕事が持ち上がると『任務』と称してお嬢さまを呼びつけ、牛馬のようにこき使うのです! これが、血を分けた姪に対する仕打ちでしょうか!? 残酷にも程があります。私には、せめて奥さまのご病状がこれ以上悪化しないよう、お世話をして差し上げる以外、何もできませぬ。我が身の不甲斐なさを嘆くことしか叶いませぬ……」

 全てを語り終えたペルスランは「どうか奥さまとお嬢さまをよろしくお願い致します」そう告げて頭を下げると、冷めた茶を淹れ直すために客間を出て行った。

「なるほど……そういうことであったのか……」

 太公望は、ひとり残された部屋の中、思考の淵へと沈み込んでいた。タバサが『薬』を飲まされた自分を見て怒り狂い、治ったとわかった時に流した大粒の涙の理由。普段から、表情のない人形のように振る舞う理由。本来は心優しい娘であるにも関わらず『雪風』などと呼ばれるほどに冷たい空気を纏う理由。彼には、それらがよく理解できた。できてしまった。

「絶対に、タバサの母を治してみせる。たとえいかなる手段を使おうとも」


○●○●○●○●

 ――それから、30分ほどして。

 部屋の外から『患者』の様子を一通り観察した太公望は、タバサに「今は<力>を温存しておきたい」と告げて、母親へ<眠りの雲>をかけてもらい、詳しく状態を確認した。その後、不安げに見守っている少女と老僕のふたりを伴い、客間へと戻った。

「結論から言おう。わしの手で、ほぼ間違いなく治せる」

 その答えを聞いたふたりは、身体を小刻みに震わせ、静かに涙を流した。その様子を見た太公望は静かに頷くと、彼らが泣き止むのを待った。そして彼らが落ち着きを取り戻したところで、改めて説明に入る。

「そこでだ。『ほぼ』ではなく『確実』にするため、おふたりの<力>を借りたい」

「どうすればいい」

「私にできることなら、なんなりと」

 ふたりの答えに頷いた太公望は、再び説明を開始する。

「失礼ながら、いつも通りに呼ばせてもらう。タバサよ、ひとつだけ確認したいのだが。おぬしは、自分に対してだけ<眠りの雲>の魔法をかけることができるか? たとえば、身体を寝かせた状態で」

 その質問に、ちょっと考えたタバサは「可能である」と答えた。

「うむ、それならば確実だのう。では、つぎにペルスラン殿にお願いしたい」

「はい、私は何をすれば?」

「奥さまの隣に、敷物かクッションのようなものでかまわないので、ふたりが横たわれるだけの場所を用意してきていただけるだろうか……できれば早急に」

「承知いたしました」

 ペルスランは頷くと、足早に客間から出て行った。自分への質問と、今のペルスランへの指示から、おそらく『眠り』に関する何かをしようとしているのだろう。ただ、その意図がわからない。そう考えたタバサは、太公望へ質問することにした。

「いったい、なにをするの?」

「見にいくのだ」

「それは……なにを?」

「おぬしの母上が見ている『夢』を、だ」


○●○●○●○●

 ――ペルスランが準備が整ったことを伝えに客間へ戻ってきた後、太公望はふたりを伴い、再びタバサの母親が眠る部屋を訪れた。

「タバサよ。母上は、あとどのくらい眠り続けるかわかるか?」

「最短でも3時間、長ければ5時間ほど」

 タバサの声に、うむ。と頷いた太公望は、ふたりに向き直って説明を開始した。

「まず最初に言っておく。タバサは時折見ていたからわかるであろうが……今回、ここでわしがしようとしていることは、ハルケギニアではほぼ間違いなく『異端』とされる内容だ。よって、他者には絶対に漏らさないで欲しい」

 タバサと老僕は、互いに目を見合わせると、すぐに太公望へ強く頷いた。

「それでは、タバサよ……母上に近いほうへ身体を横たえるのだ。右手側に、忘れず『杖』を持ってゆくのだぞ」

 タバサは、言われた通りに並べられたクッションの上へ身体を横たえた。そして、その隣――タバサの左側へ、太公望が移動する。

「これから、わしの技でもって、奥さまの『夢』の中へタバサを誘う。もちろん、このわしも同行する」

 この発言に、タバサもペルスランも驚いた。そんなことができるのか――と。

「つまり、わしらはふたりとも完全に無防備となってしまう。そこでペルスラン殿」

「はい」

「1時間だ。タバサが眠りに入ってから1時間経過したら、わしらを即座に起こしてもらいたい。また、もしも誰かがこの家にやってくるようなことがあれば、経過時間に関わらず教えていただきたい。同時に、部屋の見張りをお願いしたいのだが」

 その言葉に、ペルスランは礼をもって応えた。

「ではタバサよ。わしが合図をしたら、自分に<眠りの雲>をかけ、眠りにつくのだ。よいか?」

「わかった」

 タバサの返事を聞いた太公望は、左手に『打神鞭』を持って彼女の横へ座り込むと、自分も身体を横たえた。そして、右手でタバサの左手を軽く握り締める。

 と――タバサは、太公望の手から何か暖かいものが自分の中へ流れ込んでくるのを感じ取った。これは、いったいなんだろう……?

「タバサよ、それに逆らってはだめだ。よいか、流れに身をゆだねるのだ」

 小さく頷いたタバサ。そして、太公望は彼女に<眠りの雲>をかけるよう命じて、自分も目を閉じた。

 ――その後、ペルスランは見た。ふたりの身体から、何か薄く光る珠のようなものが浮かび上がったかと思うと、奥で眠る『患者』の中へ吸い込まれて、消えたのを。


○●○●○●○●

 ――ここはどこだろう。

 タバサが気がつくと、そこは暗闇の中であった。部屋の様子どころか、どちらが上で、下なのか、それすらもわからないほどの闇。手にした杖の先に<光源(ライト)>で明かりをつけようとしたその時。どこからか、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「明かりを灯す必要はない」

 この声は……? タバサは周囲を見回したが、何も見えない。気配も感じられない。

「すまぬ、わしとしても正直これは想定外であったのだ。よって『いい部屋』に案内できなかった。迎えにゆくから、少し待っていてくれ」

 すると。タバサの前に、突如光り輝く長方形の『鏡』、いや『窓』のようなものが現れた。そして、その強い光を放つ『窓』の中から、ズル……と、衣擦れの音を響かせながら、誰かが出てくる。

 <サモン・サーヴァント>の『鏡』だろうか? いや違う。これは、もしかして……タイコーボーが話していた『空間ゲート』の出口では……!?

 タバサは『空間ゲート』の中から現れた人物を見た。『窓』から差す光が強すぎて、その顔はよく見えない。漆黒のマントを羽織り、フードを被ったその人物は――。

「た……タイコーボー!?」

「――誰のことだ、それは?」

 その言葉と共に、闇に包まれていた空間に、ボウ……と、淡い光が現れた。それから彼は、高らかに名乗りをあげた。

「我が名は伏羲(ふっき)! 『始まりの人』がひとりである!!」

 ……10秒ほどの間を置いて。男はバッ! とフードを取り去った。

「な~んてのう! ニョホホホホ……」

 タバサは、黙って杖を振り上げると、太公望の頭をポカポカ殴り始めた。彼女の身長より遙かに大きい、節くれ立ったその杖は、それ単体が立派な凶器である。

「や、やめんか! 悪かった! 『夢』の中でも痛いものは痛いのだ!!」

 その言葉に、タバサはハッとした。そうか、ここは『夢』の中なのだ、と。

「その姿は……!?」

「説明はあとあと。とりあえず、このしみったれた場所を出ようや!」

 その言葉と共に、太公望の『杖』の先に、ぴっと小さな光が灯った。すると、太公望はその光で、空中に大きな円を描き始めた……そして。

「じぇい!!」

 と、いう叫び声と共に、その円を蹴飛ばして中を打ち割った挙げ句、穴を開けてしまった。足が通り抜けるという予想をしていたタバサは仰天してしまった。いや、いくら『夢』の中とはいえ、これはないだろう……と。

「ほれ、こっちへ来るのだ!」

 穴の側で、太公望が手招きをしている。と、彼はすいと穴へ飛び込んでしまった。

「ではお先に!」

 あっけにとられていたタバサだったが、その穴がじょじょに小さくなっていくのを見た彼女は、慌てて彼の後を追い、その中へと飛び込んでいった――。


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