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 ←第35話 交差する歴史の大いなる胎動 →第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す
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「雪風と風の旅人」
狂王、世界盤を造る

第36話 軍師と雪風、鎖にて囚われるの事

 ←第35話 交差する歴史の大いなる胎動 →第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す
 ――無事、目的地に到着した。現在学院へ向け帰還の途中である。

 ゲルマニアへ向けて旅立った一行と共に居た<遍在>によって、その報せを受けたタバサは、安堵のあまり全身の力が抜けてしまい、その場で崩れ落ちそうになった。幸い、すぐ側にいた太公望に身体を支えられ、床に倒れるという事態だけはまぬがれたが。

 その後は、これまた気が抜けてしまった太公望と共に、しばし揃って部屋の床に敷かれたふかふかの絨毯の上に転がっていた。

 ――これで、母さまとペルスランはもう大丈夫。そして、母さまが元に戻った姿を確認できたなら、あとは――残るもうひとつの目的を果たすだけ。でも、今はただ、みんなの無事を喜ぼう……。

 そんな想いにふけっていたタバサを奈落の底へと突き落とす使者――灰色の羽を持つ伝書フクロウが飛んできたのは、それからわずか1時間後であった。

 ジョゼフ一世より送り届けられた、太公望への親書と見せかけたタバサへの脅迫状と呼んで差し支えない手紙、それと共に送りつけられてきた『騎士(シュヴァリエ)』と『東薔薇花壇警護騎士団』の略章を見た時……タバサは、申し訳なさと無念さのあまり、血が滲むほどにギュッと唇を噛みしめた。

 聡い彼女は、すぐさま理解してしまった。一見すると、正体不明の異国人である太公望に対し、過分ともいうべき報奨――最下級ではあるが、ガリア貴族としての身分保障と、さらには入団するだけで名誉とされる、花壇騎士団に席を用意されたようにしか見えない文章。その奥底に潜む『狂王』ジョゼフ一世の、強烈なまでの悪意を。

 母さまとペルスランを、無事逃がすことに成功した。でも……それと引き替えに、よりにもよって彼を、ガリア……いや、わたしから逃げられないよう、鎖で縛り付けられてしまった――!

 彼のことだ。最悪の事態に陥った場合、自分のことなら心配ないからひとりで逃げろ。そんなことを言い出しかねない。しかも、わざと追っ手を自分のほうへ引きつけた上で。

 そんなことはさせない。いざという時には、たとえ自分がどうなろうとも、タイコーボーだけは無事に逃がしてみせる。それが、本来無関係の彼を『召喚』してしまったこのわたしが、果たすべき責任……。

 しかし、そんなタバサの思いとは裏腹に、同じく『親書』を読んだ太公望の心の奥底へ、彼女とは全く別の不安が沸き上がっていた。しかもそれは……彼だけでなく、タバサとその家族、そして最悪の場合――この世界全てを巻き込む可能性があった。

「タバサよ。確かめたいことがあるのだが」

 静かな、それでいて落ち着いたその声を聞いたタバサの身体が、ビクッと震えた。

「わたしに、わかることでいいなら」

 彼は、きっとわたしの覚悟を聞いてくるつもりだ。タバサはそれを確信し、次の言葉を待った。だが……太公望から発せられたそれは、彼女をして全く想定外のものであった。

「初めてあの意地悪姫に会ったとき、彼女には使い魔がおったかのう?」

 こんな時に、いったい何を……!? 思わず、そう口に出しそうになったタバサであったが、状況的に彼が意味のないことを言い出すはずがない。すぐそれに気が付いた彼女は、自分の知りうる限りの情報を頭の中で整理した上で、太公望へと告げた。

「いなかった。少なくとも、わたしが知る限りは」

「なるほど。ちなみに、ジョゼフ王のほうはどうだ?」

「彼は、そもそも魔法が使えない。だから<サモン・サーヴァント>を執り行うこと自体が不可能と判断する」

「ふむ。果たして本当にそうなのだろうか……? しかし、ならば国王側についた可能性が4割。イザベラのところに6割、といったところかのう」

「どういうこと?」

 太公望は、名残惜しそうに絨毯の上から起き上がると、タバサへと椅子への着座を促す。そして、テーブルに置かれていたティーセットで器用に茶を淹れると、改めて口を開いた。

「まずは、その話をする前に……伝えておかねばならぬことがいくつかあるのだ」

 両手でカップを受け取ったタバサの身体は、小さく震えていた。既に初夏。先程までは若干の蒸し暑さすら感じていた室内が、今は寒風吹き荒ぶ平原のように冷え切っている。

「これは、今まで誰にも言っていなかったことだ。その必要もないと思っていた。だが……あの手紙を見てしまった以上、話しておかねばならぬ」

 今までになく真剣な表情をして話す太公望。その顔を見たタバサは、居ずまいを正す。

「わしが、職を辞して旅をしていたという話は、既にしたと思う。その時……わしは、たったひとりで旅をしていたわけではないのだ」

「つまり、連れがいたと?」

「まあ、そのようなものだ。でな……例の事故が起きたときに、当然ながらあやつはわしの側にいて――わしが『光の道』に飲み込まれていく姿を見ていたわけだ」

 そして太公望は、さらに先を続けた。自分の想定している『最悪』に向けて。

「ここからは、わしの最悪の予想だ――その『連れ』が、イザベラ王女。あるいはジョゼフ王に<召喚>されて使い魔となり、敵側に回った可能性が高い。敵味方はともかくとして、いずれかの側におるのは確実だろう」

 その言葉に、タバサは仰天した。いや、そもそも……。

「あれは天文学的な確率で起きた事故だと、あなたは……」

「そうだ。それは、間違いのない事実なのだ。だが、わしの連れは天才的な『空間使い』。あの男ならば、例の『光の道』によってわしが誘拐されたと判断した上で、その行き先を辿ることができるであろう……間違いなくな。わしが召喚直後から、今まで平然としていられたのはな、いつか必ず迎えがくることを、確信しておったからなのだよ」

 彼の落ち着きはらった態度には、そんな裏付けがあったのか。しかし、何故そこにイザベラの<召喚>が関わってくるのだろう? タバサは、当然ともいうべきその疑問を、太公望に対して投げかけた。

「それなのだがな、タバサよ。もしもだぞ、あのキッツい娘がおぬしの『失敗』。つまり、わしという『結果』を見たら……そのあと、どう動くと思う?」

 タバサは考えた。イザベラが、わたしが起こした召喚事故を知ったらどうする? もちろん、父王に報告するだろう。そして、周囲に喧伝するはずだ。いや、でもその前に――。

「<サモン・サーヴァント>を試す!? わたしに、自分の成功を見せつけるために」

 その言葉に、黙って頷く太公望。そして彼は、改めて口を開いた。

「おそらくな。でだ……『連れ』は、前にお母上の夢の中で見せた『窓』のようなもので、わしを誘拐した『道』と同種のものを探し続けていたに違いない。そして、発見したのだろう……おぬしに近しい者が創り出した『道』を。その上で、無理矢理それを自分のいる場所に接続したのだ」

「そんなことができるの!?」

「わしには無理だ。しかし……あやつならば、間違いなくやってのけるであろう。それほどの実力者なのだよ」

 空間を曲げるのは、とてつもない<力>を必要とするのだと、彼は以前話していた。にも関わらず、遠い場所から開いた<サモン・サーヴァント>を感知しただけでなく、自分の元へ導いた……!? それが本当ならば、その『連れ』というのは……。

 そんなタバサの内心を見透かしたかのように、太公望は続けた。

「そうだ。普通のメイジには想像もつかない程に強大な<力>の持ち主なのだよ」

 タバサは、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「あの手紙の最後に、こうあったな? 遠く『東の大陸』よりハルケギニアへと来訪された――と。わしは、イザベラに対して大陸から来たなどとは一言も言ってはおらぬ。なのに、それを知っておるということはだ。イザベラを通じて国王に伝えられたか、あるいはジョゼフ王が呼び出した使い魔から情報がもたらされた可能性が高い」

 ジョゼフ王が使い魔を呼び出すことなんて、ありえない――そう言い返そうとしたタバサだったが、できなかった。何故なら彼女の身近に、つい最近まで魔法が使えなかった人物がいたからだ。彼女の場合は『魔法ができない』のではなく『どんな魔法も爆発する』状態だったわけだが、ジョゼフ王はどうなのだろう――?

 そんなタバサの思考を、太公望の言葉が打ち消した。

「よいか? 怖がらせてしまうかもしれぬが、ここからは、今まで以上にしっかりと聞いておいてくれ。わしの連れはな……ある意味、最も敵に回したくない相手なのだ」

 『ある意味最も敵に回したくない男』これは、太公望が自身に冠された二つ名のひとつとして、誇りに思っていたほどのものである。そんな人物が、敵に回したくない存在……。

「どういうひとなの?」

「名前は『王天君』という。前に少し話したことのある『女狐』が、手ずから育てた愛弟子でな。当然のことながら、かつては敵対……それこそ、命の取り合いをしておった。だが、とある事件がきっかけで、お互いの正体を知るに至り――以後、行動を共にすることになったのだ」

 正体を知ってからは、行動を共にするようになった!? つまり、本来は味方であるということ。しかも……ここまでの話から判断するに、タイコーボーが『必ず自分を助けに来る』と確信していたほどの信頼関係を築いている人物。にも関わらず絶対敵に回したくないとは、どういうことだろうか?

 顔中に疑問符を浮かべているタバサを見て、思わず苦笑してしまった太公望は、改めて説明を再開する。もちろん、核心となるような情報は完全にぼかし、表現を変えた上で。

「王天君はな、まだ幼い頃に――帝国側と停戦条約を結ぶための人質として送り込まれていた、わしの双子の兄なのだよ」

 ……奇しくも、半身と同じ『兄弟』という表現を使うことになった太公望。ここで一切嘘をつかずに、自分たちにまつわる話をするとなると、冗談抜きで日が暮れる。そこで彼は、最も手っ取り早く、わかりやすい手段に訴えたのだった。

 かたや『双子の兄弟』と聞いたタバサの片眉がわずかに動いた。彼女がこのような反応を見せるのも無理はない。ガリア王国は、かつて双子の王子が起こした内乱によって、激しく疲弊した。その悲劇を二度と繰り返さぬため、もしも王族に双子が生まれた場合――後に生まれた者は『忌み子』とされ、その場で命を奪われる。あるいは二度と戻れぬ遠方へ流されるという習慣がある。中には東方へ送られた者もいたという噂だ。

 もしかすると、彼の国にも似たような習慣があるのだろうか。そんなことを考えていたタバサは、途中ふとした疑問を覚え、口にした。

「双子なら、顔を見ればすぐにわかるはず」

 タバサの疑問に「それなのだが……」と、深いため息をつきながら、太公望は言った。

「王天君はな、こちらで言う『アカデミー』のような場所で、人体実験の材料とされ――肉体を妖魔そのものに変えられてしまっていたのだ。わしの肌を青白くして、書物で読んだエルフのように長い耳を持たせたような姿だと思ってもらえばイメージがわきやすいと思う。おまけに、その実験の副作用で『心』までもが壊されていた。だから、出会った後も……しばらく互いの関係がわからなかった」

 沈んだ顔でそう語る太公望の言葉に、タバサは戦慄した。そういえば、彼は戦乱で妹を失っていたはず。まさか、実の兄までがそのような目に合っていたとは。しかも、出会った時は敵同士……。

 戦いを忌避する彼が、どうして『軍学』を学んだのか、タバサには嫌というほど理解できてしまった。形こそ違え、自分も――大切な家族を『戦い』の末に、失っていたから。治療の見通しこそ立ってはいるものの、現時点ではまだ母の『心』も壊されたまま……元に戻っていない。

 <サモン・サーヴァント>は、自分の属性に合う相手を自動的に選び出すという。だとすれば――この出会いの、なんという皮肉なことか。わたしたちの境遇は、あまりにも似すぎている……。

 身体の震えを抑えきれないタバサをよそに、太公望の説明はまだ続く。

「わしを『軍人』『参謀』とするならば、王天君は『暗殺者』にして『策謀家』だ。女狐の英才教育を受けた兄は、特に『裏』の仕事に秀でておってな。あやつが仕掛けた『罠』によって、多くの仲間たちが殺された……」

 実の兄が、自分の仲間を罠にかけ、暗殺していた――タバサは『始祖の加護』などというものは、やはりこの世には無いのだと実感した。そのようなものが本当に存在するならば、彼やわたしが、こんな酷い運命に翻弄され続けることなど、あろうはずがないではないか。

「でだ。そんな兄が、あるとき偶然……帝国軍内に残されていた、とある資料に目を留め、知ったのだ。自分に双子の『弟』がいたことを。そして探し続けていたのだよ……たったひとり生き残っていた肉親を。まさか、その相手がわしだとは思いもよらんかったようだが。もっとも、それはお互いさまだがのう」

「どうして、お互いのことがわかったの……? 姿も、何もかも変わっていたのに」

 震え声で訊ねたタバサに、太公望は断言した。

「『魂魄』が共鳴したからだ。例の『夢』への移動で、タバサも見たであろう? わしらの間には『魂』を視る術があるのだ。だから、お互いに理解してしまったのだよ……目の前にいる相手が、間違いなく己と近しい者であることをな」

 そして、彼らは互いをより深く理解するため、語り合い、やがて知るに至った。自分たちが、特に過酷な運命を強いられ続けていた兄が――長い戦いのせいで、心身共に疲れきっていたことを。

「だから、当初は葛藤こそあったものの……最終的にわしらは過去の因縁を捨て、手を取り合って戦乱を鎮めるべく戦ったのだ。そして、全てを終えた後、ふたりで疲れを癒やすための旅に出たのだ……」

 遠い目をして語る太公望を見て、タバサは悟った。数奇な運命の末に巡り会い、ようやく平穏を取り戻したと思っていた兄弟。その弟が事故とはいえ『誘拐』されたとなれば……当然のことながら、兄は怒り狂うだろう。そして犯人を追い詰めようとするに違いない。

「あやつは、間違いなく怒っておるだろう……」

 ああ、やはりそうだ。彼の兄――凄腕の暗殺者が、わたしの敵になった可能性がある。彼はそう言いたかったのだ。だから、最初に「怖がらせてしまうかもしれない」という注釈をつけてくれていた。タバサは、太公望から発せられるであろう次の言葉を覚悟して待った。彼をして『絶対に敵に回したくない』と言わせるほどの人物。そんな相手に狙われて、無事に済むはずがない……と。

 だが、次の言葉は。彼女の想像をして、遙か斜め上どころか次元の彼方を越えていた。

「絶対、長い間放置しとったわしのことを恨んでおる! しかも、相当根に持っておるに違いない! あの手紙を見れば、わしには一目瞭然なのだ! ものすごくあやつ好みな、心の端っこから、こう……キリキリと何かを削り取っていくような嫌がらせの数々ときたらもう……!!」

「……え?」

「悪かった! 確かに、すっかりあやつのこと忘れて、こっちでひとりぐうたらしておったことは認める。だが、タバサを巻き込んでしまったのは、わしの本意ではない! これだけは信じて欲しい!!」

「……えっ?」

 あああああ……! と、呻き声を上げながら頭を抱え、机に突っ伏してしまった太公望を見て、タバサは完全に思考を停止してしまった。いったいどういうことなのか、さっぱり意味がわからない。

「怒らないで聞いて欲しい。あのな、たぶんなのだが……例の『惚れ薬』事件の時だ。あやつ、苦労して見つけたわしが、こんな豪華な部屋で、ひとりぐーすか寝ているところを見てしまったのだ」

 ――実際のところは、おそらく『惚れ薬』のせいで操り人形のようになってしまっていた自分を、プチ・トロワ宮殿の中で見てしまったのだろう。もしも、あのとき自分が正気であれば『見られていた』ことにすぐさま気付けていたはず。そう――『魂の共鳴』で、互いが近くにいれば、その存在を察知できるからだ。

 発見した直後は、タバサに怒りが向いたに違いない。ただ、すぐさま異常に気付き、様子を見ていたのだろう。にも関わらず、太公望が正気に戻った今になっても、連れ戻しに来ないということは……『自分の部屋』に閉じこもり、こちら側に察知されないようにしているということだ――それはつまり。

「それでもって……『オレが苦労して探してやってたっつうのによぉ……オメーときたら、こぉんなにイイお部屋でおねんねかぁ!? そーかい、そっちがそぉいうつもりならなぁ、オレにだって考えがあるぜぇ』とかなんとか言って、あっち側についてしまった可能性が大なのだ……!」

 ――さすがに『半身』のこと。ほぼ完璧に、その思考を読みきった太公望であった。

 なるほど、彼の兄弟……双子の兄。確かに、そうなのかもしれない。思考パターンが、どこか彼と似通っている。しかも、どうやら『弟』以上に容赦のない性格をしているらしき『兄』が、よりにもよってあの『薬』を飲んだ彼の姿を見てしまっていたとしたら……間違いなく敵に回る。タバサは、頭がくらくらしてきた。

「ただ、今現在『王天君の部屋』から見られていないことは保障する。もしも『窓』がわしの近辺に繋がっておれば、すぐに魂が共鳴するはずだからのう。もちろん、昨日の作戦行動中にも、それらしき気配は感じられなかった。と、いうことは……おそらく今は、王宮を拠点に『部屋』を作り、潜んでおるに違いない」

 王宮に潜んでいる……最悪ではないか。間違いなく彼がおかしくなっていたところを見られている。タバサの精神は、既に崩壊寸前のところまで追い込まれていた。

「そういうわけでだ、タバサよ。おぬしには本当に申し訳ないことをしてしまった! わしがうかつな真似をしたせいで、こんなことになってしまうとは、痛恨の極みだ。ああ、ちなみに現時点で兄は、絶対にタバサに対して怒りを向けてはおらぬ。その点については安心して欲しい」

「どうして、そう言い切れるの?」

 かろうじて残った気力を振り絞り、タバサは解答を求めた。

「もしも兄が、タバサにほんの少しでも怒りを向けておれば……その時点で、間違いなくおぬしが死んでいるからだ。言ったであろう? あやつは天才的な『空間使い』にして『暗殺者』だと。わしと違って躊躇ったりなどしない。おぬしの背中側に『窓』を開けて、そこから刃を、こう……ズブリ。それで終わりだ」

 暗い顔をして、自分の心臓に手刀を突き立てる太公望を見たタバサは、すうっと、気が遠くなっていくのを感じた。そして彼女は、そのまま翌朝まで目を覚まさなかった……。


○●○●○●○●

「……いくらなんでも、脅かしすぎてしまったかのう」

 そもそも王天君は、いきなり背後から刺したりするような真似はしない。どちらかというと、その『策』でもって相手を精神的に追い詰め、自滅させるような戦い方を好むからだ。今回の発言は、タバサが太公望に対して持ってしまった罪悪感を、別のところへ向けるための方便だ。正直やりすぎだった気がしないでもないが……。

「しかし、我ながら迂闊であったわ。虎穴に入って虎児を得るつもりが、虎の尾を踏んでしまったらしい」

 太公望は、イザベラと会おうとした時点で、こうなることを想定しておくべきだったと悔いた。タバサと血の連なる存在が<サモン・サーヴァント>を用いたら、どうなるのかを。そして、もっと早く気が付くべきだったのだ――自分の『魂』が、ごくごくわずかではあるが、ざわめきを覚えていたことに。

「まあ、王天君がわしだけに怒りを向けておるのは間違いなかろう」

 それだけが不幸中の幸いだ。太公望は、改めて『手紙』の文面を見直した。たしかに『らしい』手紙ではあるのだが、王天君のそれにしては、芝居がかりすぎている。とはいえ、助言を与えている可能性がなくもない。

「騎士団章と略章の着用規則については、一応タバサから確認をとらねばならぬが……マントへの刺繍は裏地の内側にでも入れておけばよかろう。場所の指定はないわけだからな。文句があるなら、次は裏地の表に。まだ何か言ってくるようであれば、小さ~く、目立たないのをどこかに入れればいいのだ。大きさの指定もされておらんのだから」

 確かに、刺繍に関するこの解釈は間違ってはいない。いないのだが……ハッキリ言って『セコイ』と言われても反論できないレベルの反撃である。

「面通しのときに、どっちについておるのか探りを入れてみるかのう。イザベラのほうについていてくれれば、早々に停戦協定を結ぶことも可能であろうが、問題は国王についとった場合か」

 太公望は、改めてその場合周囲がどう動くかを計算し始める。

「もしもこの文章を考えたのが国王単独であるならば、その危険さを王天君も察しているはず。いくらなんでもわしを見殺しにしたりは……たぶん……しない……と、思うのだが……本気で怒っておった場合、この『肉体』が滅びるのを待った上で、わしの『魂魄』だけ回収に走る可能性がなくもない……うむ、ここは念のため確認せねばならぬな!」

 両腕を組み、うんうんとひとり納得する。先程タバサに話した『後ろからグサリ』の件だが、自分に適用される可能性がないわけでもないのだ。いくら自分が『不老不死』たる仙人とはいえ、肉体が滅びるときの苦しみは、耐え難いものがある。過去にそれを経験している太公望は、さすがにそれだけは避けたいと思った。

「それにしても、タバサを巻き込んでしまったのは迂闊であった……」

 いや、最悪の場合は彼女だけではなく、側にいる友人たちにまで累が及ぶかもしれない。彼らに出会う以前の太公望であれば、とっくに面倒になって、逃げ出しているところだ。しかしそれをするには、もう――彼らにも、この地に対しても『情』が移りすぎていた。

「わしはただ、おかしな義務に縛られず、静かにぐうたら過ごしたい。気の合う仲間たちと馬鹿なことをして、のんびりと暮らしたいだけなのだ。王天のやつも含めてな。にも関わらず、こうも立て続けに問題が起こるというのは、いったいどうしたことなのだ!?」

 マチルダの家族の問題といい、水の精霊からの依頼といい、この件といい――やはり、この世界の『始祖』に出会ったそのときには『打神鞭』の最大出力、いや。王天君と融合した上で、改めて『太極図』攻撃形態でもって挑んでくれるわ……!

 助けを求める声に対して、無碍にできない自分の性格と、今回の失策を完全に棚に上げ、ハルケギニアの『始祖』に対して、再び呪いの言葉を吐く太公望。

 ――ある意味とんでもないものを呼んでしまったブリミルこそ、いい災難であった。


○●○●○●○●

 ――そして翌朝。

 目を覚ましたタバサへ改めて謝罪の言葉を述べた太公望は、今後どうするかについて相談を持ちかけた。略章は基本、左胸の上のほうへつけるとのことなので、それは現在のマントならばうまく隠れる位置につければいい。そう思って一瞬胸をなで下ろした太公望であったが……まだ手元にない『騎士団章』については、どうにもならなかった。

 何故なら、それは『マントを留める形』で使うのが規則とされているからだ。魔法学院の学生たちが身につけている、五芒星のタイピンのように『マントの前面』へ、目立つように身につけるものなのだという。しかも鎖状の紐付き。これではどうにも隠しようがない。

「つまり、わしがガリアの貴族になったことは、遠からず知れ渡るというわけだな」

「シュヴァリエの紋だけならともかく『騎士団章』を身につけろと書かれているのは痛い。北花壇騎士(ノールパルテル)なら『存在しない存在』だけに必要ないけれど、東花壇騎士(エストパルテル)はそうもいかない」

「と、なると……例のヴァリエール家の歓待の際には、下手に隠さぬほうが得策か」

 タバサの正体が知れる可能性が高まるが、構わぬか? 心底申し訳なさそうに聞いてきた太公望に、タバサは一言「問題ない」と答え、さらに補足した。

「もともと、この髪の色で気付かれている可能性が高い」

「なるほど。ならばマントのほうはともかく、略章は見える位置につけることにしよう。学院内では、もう少し隠しておくがのう。それにしても、実に面倒なことになったものだ」

 そう言ってため息をついた太公望。と、彼はふとあることに気付き、タバサに聞いた。

「勲章で思い出した。タバサよ、おぬしトリステインから『精霊勲章』もらったか?」

「まだ。そもそもフーケが逃亡しているのだから、報奨が出るほうがおかしい」

「いや、そんなことはないぞ? オスマンのジジイはとうの昔に申請書を出しておるし、これは例の『政治的取引』とは完全に別件なのだから」

 言われて、小さく首をかしげるタバサ。精霊勲章とは、立てた軍功に応じて受けられる報奨のひとつだ。受勲によって、一定額の年金が保障される。その最低額は、年間200エキュー。平民ひとりが1年間遊んで暮らせるほどの金額だ。ガリア王政府の手を逃れた母と老僕を養うためには到底足りないが、お金はいくらあっても困るものではない。

「もらえるものなら、もらいたい」

「まあ、トリステインの場合は、王政府がまともに機能しとらんからのう。そのせいで、単純に申請書類が埋もれているだけかもしれぬが……あとで狸にせっついてみるか」

「助かる」

 ――トリステイン王国の王政府が機能していない理由。それは先帝崩御の後、本来であればその責務を引き継ぐべきマリアンヌ王妃が喪に服したまま、なんと数年もの長きに渡り、国の頂点に立つ者としての役割を、一切果たしていないからだ。

 現在は、先帝の片腕として宰相職に就いていた『鳥の骨』マザリーニ枢機卿が王政府と議会全体を取り仕切り、なんとか現状位置に留めているのが精一杯という状態である。これでは国が衰退するのも無理はない。

 ロングビルからの情報や自分なりの解釈で、既にハルケギニア各国の情勢をある程度把握している太公望であった。

「わしの見立てだと、マザリーニ枢機卿ひとりで保っておるようなものだぞ? この国は。もしも彼がいなくなったら、最悪の場合――内乱が起きた上に、国そのものが崩壊するであろう。それに比べて、リュティスのあの栄えようといったら……あれほどの政治手腕を持つ国王を『無能』だなどと本気で思っている者がいたとしたら、そやつはただの馬鹿だ」

 タバサも、それには当然気が付いていた。だいたい、魔法の腕だけで国王になれるなら、父は今も生きていて、グラン・トロワの中心でガリア国王として立ち、政治の杖を振るっている――と。しかし、わかっていても感情というものは、そう簡単に割り切れないものだ。特に、復讐という強烈な情に動かされているのであれば、なおさらだ。

「今回の手紙の件といい、油断ならぬ相手だぞ。それをきちんと理解しておるか?」

 タバサの眉が、ピクンと跳ねた。彼、やはりわたしの『目的』を見抜いている……その上で、言外に注意を促してきているのだ。

「わたしは、色眼鏡で『今の王』を見ていたことを否定することはできない」

「それでよい。相手を知らないのであれば、知る努力をすればよいのだ。ただ、あくまでわしの主観だが……あのジョゼフという男は、それをさせてくれるほど甘い相手ではないかもしれぬ」

 そのあたりは、例の受勲と面通しの際に、ある程度見ることができるであろう。直接会えればよいのだがな。そう言って、タバサに向け微笑んだ太公望であったが――その目は一切笑っていなかった。


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