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 ←第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す →第39話 雪風と軍師と時をかける妖精
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「雪風と風の旅人」
最初の冒険

第38話 水精霊団、廃村にて奮闘するの事

 ←第37話 団長は葛藤し、軍師は教導す →第39話 雪風と軍師と時をかける妖精
 ――ジャコブ村。今は廃墟と化しているその村は、かつて良質な粘板岩が切り出せる石切場への足がかりとして、あるいはトリステインとガリアの国境へ向かう商人たちの休息所として栄えていた地であった。

 また『天使が舞い降りた地』という伝説があったため、その『証拠』とされている羽衣を拝みにやってくる観光客が後を絶たなかった。それほどの村が、何故廃村となってしまったのか。

 それは、数年ほど前のある時――血気に逸った冒険者の集団が、自分たちの実力もわきまえず、ジャコブ村から十数リーグ離れた場所に存在していたオーク鬼の巣窟に突撃を敢行。返り討ちに遭い……ほうほうの体でジャコブ村へと逃げ込んだ結果――村がオーク鬼たちに『新たな餌場』として目をつけられてしまったからである。

 近年では、オーク鬼たちは自分たちの巣を元いた場所からジャコブ村へと移転。何も知らずに近くの道を通りかかる商隊や、旅人たちに襲いかかってくるのだという。もちろん、村を追われた人々は領主に掛け合った。

 しかし残念ながら、この地の領主にオーク鬼の群れを追い払えるだけの兵力がなかった。そこで領主はトリステインの王政府へ騎士の派遣を訴え出たものの、返事はなしのつぶて。仕方なく領民たちは故郷を捨て、別の場所に移り住むしかなかったのである。

 そして、現在――その廃村で、複数の足音と怒号が響き渡っていた。

「くっそ、しつこいな、こいつら! ま、だからこそ作戦が上手くいくんだけどな!」

 コードネーム『ソード』こと才人は、ひたすら目的地に向かって走っていた。そこは、前もって全員で決めていた『攻撃ポイント』。全員の中で最も足の速い彼が、特定の場所までオーク鬼数匹をおびき寄せる、囮役を務めているのだ。

 才人を追っているーク鬼は、身長は2メイル超。豚のように突き出た鼻を持ち、醜く太った身体を、獣皮で造った鎧で包んでいる。彼らは広い肩をいからせ、手にした鉄棍棒を激しく振り回しながら、ブヒブヒとわめき声を上げていた。

「スノウαより報告。『ソード』ポイント1を通過。東側の路地を曲がり、現在ポイント3へ向けて駆け足にて移動中。どうぞ」

 仮設司令部に待機しているスノウことタバサが、α(アルファ)と名付けた<遍在>の目を通して見た現状を、周囲に報告する。

「こちらブレイズ、了解した。ブロンズ司令! ここは、作戦『プランB』への切り替えを進言します」

 現況を聞いた参謀役――ブレイズことレイナールが、司令官に声をかけた。

「ブレイズの進言を採用する。コメット、フレア。聞こえたかい?」

「任せて!」

「こっちもオーケーよ」

 ふたりの声の後に、今度はβ(ベータ)と名付けたもう1体の<偏在>の視点を確認しつつ、タバサが小さく声を上げた。

「スノウβより報告。『ソード』まもなくポイント3に到着。作戦切り替えに伴う進路変更のための合図を発信します」

 その声と共に、廃屋の屋根の上からチカッ、チカッと<光源(ライト)>の魔法が発せられた。それを見た才人は、すぐさま作戦変更があったことを知る。そう、これは味方からの『信号』なのだ。

「点灯2回ってことは……『プランB』に変えたのか。だったら、この先の角を曲がった先でよかったはず……俺が巻き込まれないように考えながら、うまいことこいつらをおびき寄せないとな!」

 才人は、ぐんっと足に力を入れた。これまでよりも、ほんの少しだけ走る速度を上げる。だが、彼を必死に追い掛けるオーク鬼たちは、それに気付かない。

 そして。ついに『プランB』を実行するための目印を見つけた才人は、大きく跳躍した。その直後。彼を追い続けていたオーク鬼たちは……その場で、突如何かに足を取られたように転んでしまった。なんと、地面に大量の油が撒かれていたのだ。

「今だ! 撃て――ッ!!」

 ブロンズ司令ことギーシュの合図と共に、フレア――キュルケの<フレイム・ボール>数発が、オーク鬼の集団目掛けて飛んでゆく。

 油まみれになっていたせいで、あっという間に業火に包まれ、悲鳴を上げるオーク鬼。その場から逃げだそうと暴れたが、袋小路へ追い込まれている上に、何故か『見えない壁』に遮られて、外へ出ることもできない。

 そして遂には……断末魔の叫び声を上げて、どうと崩れ落ちる。生き残りの一部が、司令たちのいるバリケードを発見して突撃してきたが、司令官ギーシュが操るワルキューレの『盾』に行く手を阻まれ、さらに参謀レイナールの<風の鞭>によって転倒。情報斥候として<遍在>を使い、周囲を観察しつつ司令部で連絡係に徹していたタバサの<氷の槍>によってとどめを刺された。

「やったあ! うまくいったぜ!!」

「ねえ、見た!? あたしの<炎>。素晴らしかったでしょう?」

 大喜びで駆け寄ってきた才人たちに、タバサが冷静な声で告げる。

「喜ぶのはまだ早い。今の音で、ここを察知された模様。遠くから雄叫びが聞こえた」

「むむ、それはいけないな。では、次の拠点へ移動するとしようか。ブレイズ、スノウと一緒に撤退ルートの割り出しを頼む」

 ギーシュの言葉にレイナールは頷くと、早速手元の地図を見ながら、タバサと相談を始める。

「わたしの『壁』に、こんな使い方があるなんて思わなかったわ」

 自分の<力>の意外な使い方に、驚きを隠せないルイズ。

「ワルキューレに『盾』を持たせるという考えから、ふと思いついたのさ。きみの可能性をね」

 ――今回の『作戦プランB』とは、袋小路になった通路へオーク鬼を誘い込み、ギーシュの<錬金>で作った油を踏ませて転倒させた上で、キュルケの炎で焼いてしまうという、少々残酷なものであった。

 逃げ道を塞いでいたのは、以前ルイズが才人と共に開発した『防御壁』。今回は1枚の壁を作るだけにとどめ、消耗を抑えていたのだ。これを思いついたのは、作戦司令官を務めていたギーシュである。

「みんな、怪我したりはしていない? 痛むところがあったら、すぐに言ってね」

 ミス・フローラルことモンモランシーが、薬箱を持って駆け寄ってきた。

「怪我は大丈夫。飲み物があったら、少しもらえないか?」

 その才人の言葉に、モンモランシーは手持ちの水筒から、コップ一杯分の液体を注ぎ、彼へと差し出した。

「はい! ハーブ入りの特製ドリンクよ。気持ち程度だけど、疲れが取れると思うわ」

「サンキュー、フローラル!」

 笑顔で特製ドリンクを受け取った才人は、それを一気に飲み干した。タバサの作り出した<氷>で冷やされたそれは、モンモランシーの調合の腕も手伝って、このうえもなく美味であった。

「ルート検索が終了したよ。さあ、みんな。移動を開始しよう」

「了解!!」

 ――昼前から開始されたこの討伐作戦は、こんな調子で繰り広げられ……なんと、夕方には全てのオーク鬼殲滅に成功するという、とんでもない快挙を達成するに至った。

 なお、この戦いにおいて才人が傷を負ってしまったが、それは曲がる角を間違えた結果、壁に激突したためである。オーク鬼の攻撃を受けたものは、幸いにして誰もいなかった。

「いやあ、それにしても見事に作戦がハマったよな!」

 全員で凱歌をあげながらキャンプ地へと戻る道すがら、才人は上機嫌でレイナールへと語りかけた。

「うん、ギーシュ……じゃなかったブロンズ司令の指揮も良かったし」

「最初にスノウを情報斥候にしよう、って言い出したときは、どうなることかと思ったけどね」

 キュルケのその発言に、全員が頷いた。そう――実は、今回の作戦指揮は、ギーシュが指揮官となり、全員で綿密な作戦を練った上で執り行われたのである。

 教導官である『ハーミット』こと太公望は、最初に「今回はギーシュが指揮官だ。あとは全部任せる」と言ったきり、作戦会議中はキャンプ内に引きこもる宣言をして、本当に天幕の中で横になってしまった上、なんといびきまでかいていた。

 行動開始後は、一応上空で警戒兼観察をしていたのだが……それでも、一切手を出す必要がないほど全員の統制が取れていたことに、太公望は満足していた。一部、連絡統制関係での不備(作戦変更時の連絡不徹底など)は見受けられたが、そのあたりは後ほどの反省会で指摘すればいいだろう。

 そう判断した太公望は、手元の考課表にその旨を書き記した。総合的な成績評価は80点といったところであろうか。ギーシュ惜しい! あと一歩が足りなかった。

 なお、今回の布陣は以下の通りである。

 ・教導官 太公望

 ・総指揮官 ギーシュ(兼妨害工作兵)
 ・作戦参謀 レイナール(兼本拠地守備隊)
 ・情報斥候 タバサ(兼本拠地守備隊)
 ・突撃兵  才人
 ・砲撃兵  キュルケ
 ・砲撃兵  ルイズ(兼妨害工作兵)
 ・看護兵  モンモランシー
 ・糧食担当 シエスタ
 ・工作兵  ヴェルダンデ

 さすがはトリステイン王軍元帥を父に持つギーシュである。メイジの配置方法についてはほとんど問題がなかった。そこへ、以前太公望から与えられたお手製の軍学書より得た知識と、さらに詳細な廃村の地図及びオーク鬼の生態に関する情報が加わって、見事なハーモニーを奏でていた。

 特に『スクウェア』メイジであるタバサを、あえて攻撃に回さず<遍在>による情報斥候として配置したことは、特筆に値する。

 通常ならば、その攻撃力に目がくらみ、狙撃手として配置していたことだろう。あと、さりげなくギーシュの使い魔である、ジャイアントモール(巨大モグラ)の『ヴェルダンデ』が工作兵――落とし穴作成要員として参戦していたことも見逃せない。

 また、ルイズの<爆発>も上手に利用していた。当初本人は嫌がっていたのだが、彼女の<爆発>によって、瓦礫を撤去、あるいは敵をそれに巻き込むのに使いたいというレイナールの案に「それなら……」ということで試してみたのだが、これが『防御壁』以上に上手くいって、ルイズも、提案したレイナール自身も驚きの結果となった。

 シエスタはキャンプで食事の用意をしていたので、実際の戦闘現場には立ち会っていないが、それにしても凄まじいとしか言えない戦果を聞いた彼女は、おおはしゃぎで全員を迎え入れた。

「すごい! すごいです、みなさん! あの凶暴なオーク鬼を、こんなに早くやっつけて戻ってこれちゃうだなんて!!」

「いやあ、まあ、それほどでもあるけど!」

 デルフリンガーについたオーク鬼の血を、ぼろ布で拭いつつ、得意げにシエスタへ語る才人であったが……実は、その言葉とは裏腹に、声と手が少し震えていた。

 最初にオーク鬼を見たとき、才人は恐怖でパニックを起こしそうになるのを抑えるだけで精一杯であった。なにしろ、連中はでかい。しかも、手にしている鉄棍棒は、人間の身体ほどの大きさがあった。あんなもので殴られたらどうなるか――その答えは、オーク鬼の首元に、荒縄によってぶら下げられていた。

 ――それは、あきらかに人間の骸骨であった。どうやら彼らオーク鬼には、喰った獲物の骨を首飾りにする習慣があるようだ。

 恐怖を抑えるように、ぐっと両手を握る。すると『指抜きグローブ』に<ガンダールヴ>のルーンが反応し、血が逆流するほどの興奮が才人の全身を支配しそうになったが、どうにかそれを抑え、見事与えられた役割を果たすことが出来た。

「これが、本物の戦いなのか」

 才人は、ようやくそれを実感した。普段の訓練やゲームなんかとは全く違う、本物の命の遣り取り。殺し合いなのだと。あそこで足を滑らせたのはオーク鬼だったが、もしもあれが自分だったらと思うと、ぞっとする。

 そんな才人の様子に気が付いたシエスタが、不安げに近寄ってきた。

「大丈夫ですか?」

 シエスタを怖がらせてはいけない。そう考えた才人は、無理矢理笑みを浮かべた。

「その、いくらサイトさんが強くても……危ないことをするのは、よくないですね」

 シエスタの呟きに、才人はうまく答えることができなかった。

 かたや周囲の友人たちはというと、この世界で生きている住民だけあって、こういった状況に慣れているのであろう、全員ケロッとした表情をしている。才人としては、たとえ相手が人食いの習慣を持つ凶悪な妖魔とはいえ、生き物の命を奪うのは正直不快だっただけに、彼らとの間に横たわる大きな価値観の違いに、密かに驚いていた。そんな彼の『揺らぎ』を察したのであろうデルフリンガーが、才人に語りかけた。

「まあ、これが初めての実戦だしな。俺っちを使うってなぁ、こういうことさ。すぐに切り替えろ、なんて言うつもりはねぇが、戦いの途中に迷っちゃいけねぇぜ?」

「剣のお前にそんなこと言われるのも、なんだか不思議な気分だけど……ありがとな、デルフ!」

「いいってことよ! なんたって、相棒のためだかんね!!」

 最近、ちょっと手入れをサボりがちだったけど……帰ったら、もっとちゃんと磨いてやろう。一通りデルフについた汚れを拭い終えた才人は、そう決心した。

「サイトさん、気分転換しませんか? お食事の用意ができましたから」

 そう言ってシエスタは、キャンプ横に作られた焚き火の上にくべられた鍋から、シチューをよそってめいめいに配り始めた。実にいい香りが、全員の鼻孔をくすぐる。肉が食べられない太公望のために、わざわざ小鍋が用意されているのがまた泣ける。

「うわあ、いい香り!」

「外で食べる食事が、こんなに美味しいだなんて」

 手渡された料理に、舌鼓を打つメンバーたち。全員が貴族の子女であるが、そんな彼らの舌をも満足させたこの料理は、もちろんシエスタの作である。彼女は、みんながオーク鬼討伐に出かけている間……山中を歩き、罠を仕掛けて野兎や鷓鴣(しゃこ)を捕まえたり、山菜やキノコ、香草といった素材を集め、シチューを作っていたのだ。

「シエスタって、器用なんだなあ」

「私、山育ちですから」

 才人の褒め言葉に、思わず照れて俯いてしまったシエスタ。しかし彼女は、急いで顔を上げると、才人に向かって微笑んだ。頬がやや引き攣っているのは、緊張ゆえか。

「あ、あのッ、お代わり、いかがですか?」

「もらうよ! ありがとう」

 そんなふうに甲斐甲斐しく才人の世話を焼くシエスタを見ていたルイズは、理由はよくわからないが、心の中に何か、もやもやとしたものが溜まってくるのを感じた。自然と、顔が強張ってゆく。そんなルイズとシエスタをニヤニヤと見比べているキュルケ。

「香草の使い方が独特。これは、なんという料理?」

「あ、はい! これはわたしの村に伝わる『ヨシェナヴェ』というシチューなんです」

 タバサの質問に、慌てて答えるシエスタ。実にいいタイミングで発せられたその言葉に、残念そうに首を振るキュルケと、何だかほっとしたルイズ。ここに、微妙なトライアングルが形成されつつあった。

「ほう、ということは、タルブの料理か! わしは気に入ったぞ」

「俺も。なんでかな……ちょっと、懐かしい味がするっていうか……」

「本当ですか!? でしたら、みなさんがタルブにいらっしゃった時に、もっと本格的なものをお出ししますね!」

 そう言って微笑むシエスタの顔に、才人はなんだか親近感を感じた。今、手元にあるこのシチューにも、同じように遠く離れた故郷を思い起こさせる何かを感じさせられた。だが、それが何故なのか、今の才人には、まだその理由がわからなかった――。


○●○●○●○●

 ――明けて、翌朝。

 改めて問題の廃村へ向かうべく、全員が準備を始めた。何故なら……そこに、例の『天使の羽衣』と呼ばれる、太公望の目的である<マジック・アイテム>が残されていたことと、夕食後に発した才人の一言、

「なあ。あんまり気持ちのいい話じゃないかもしれないけど……オーク鬼が、鉄の棍棒持ってたよな? あれって、どっかで売ったりとかできないのか?」

 と、いう貴族にとっては目から鱗が落ちるような発言があったからである。

「その考えはなかったわ……そのままじゃ無理かもしれないけど<錬金>でインゴットにしたら、結構いいお金になりそうね」

「いやはや、きみはいったいどこからそんなことを思いつくんだね?」

「や、それほどたいしたことじゃ……」

 感嘆するキュルケやギーシュに、才人は照れくささと恥ずかしさの入り交じったような顔で答えた。まさかこの場面で「ゲームでは、ドロップアイテムを集めて売るのがお約束」などとは言いづらいであろう。

 ……とはいえ、この時の才人の思いつきが、後々にまで渡って結構な額の資金や、錬金のための材料を集める、大きなきっかけとなったのは確かだ。


 ――そして、再び廃村・ジャコブ村。

 オーク鬼が駆逐され、すっかり静けさを取り戻したそこは、どこもかしこも荒れ果て……牧歌的な雰囲気すら漂っている。

 持ち帰れる限界の金属装備を<錬金>でインゴットに変え、さらには売り物になりそうな品物をより分け終えた『水精霊団』一行は、最後の目的である『天使の羽衣』を手に入れるべく、村の最奥にある石造りの建物――屋根の上に、天使を模したのであろう立派な石像が配置され、両開きの大扉によって封印が施されたそこの前へ立っていた。

 念のため罠の類がないかどうかを調べた後、タバサが<アン・ロック>の呪文を唱えた。

「どれ……では、念のためわしが先頭に立って中へ入ってみよう」

 そう言って、扉に両手をついてぐっと力を込めた太公望。かなり重い扉らしく、彼はぐぎぎぎぎ……と、うめき声を上げながら全力で押し開いていく。

 と、何故か突然キュルケが小さく身体を震わせはじめた。

「どうしたの?」

 タバサの問いに、キュルケは小声で呟いた。

「い、いやっ、よくわからないんだけど……めくるめく笑いの予感が……!」

「む、なんの予感がするというのだ?」

 キュルケの発言に、ただならぬものを感じたのであろう太公望が、思わず振り返った――そう、よりにもよって、全力で重い扉を押し開けようとしていた真っ最中に、振り返ってしまったのだ。

 当然のことながら、ギィィ……と、鈍い音を立て、再び閉まりそうになる大扉。

「いかん! また扉が閉まる!!」

 必死になって、扉の動きを止めようとする太公望。だがしかし、勢いのついてしまったそれは止まらない。「ぐおー!」とか「ぐぎー!」などと言いながら抵抗するのだが――。

「あ、危ないわよ、ハーミット!」

「止まれっ、止まるのだっ!!」

 やっぱり扉は止まらない……そして。

「ギャ――――ッ!!」

 ゴーン……という、鈍い音と共に、扉は中途半端な形で閉ざされた。無理矢理中を覗き込むような形で、扉を開けようとしていた太公望の『頭』を挟み込んだ状態で。

「でゃははははははははっ!!!」

 そんな彼を指差して大爆笑するキュルケ。

「わ、笑っちゃ悪いわよ、ツェル……フレア」

 そう言って注意したルイズの口端も、ヒクヒクと激しく動いている。

「…………クスッ」

「わ、笑っちゃいけない、いけないんだけど……でもッ……あはははははッ!!」

 必死にこらえていたが、つい吹き出してしまったタバサと、我慢しきれなくなったレイナール。後方では、モンモランシーやギーシュ、危険が無くなったので一緒についてきたシエスタまでもが悶絶している。彼らは既に、苦しすぎて笑い声すら出せないといった風情だ。

「か、閣下って、頭良いクセに時々とんでもなくバカだよな!」

 これまた腹をかかえて笑い転げている才人。彼も、時々とんでもなく失礼な男である。

「…………」

 だが、この状況では、正直何も言い返せない太公望であった……。


 ――5分後。なんとか『扉』から助け出された太公望は、改めて奥へと進んでゆく。

 と、その奥に、うっすらと光る何かがあった。

 それは――1本の木。<固定化>をかけられたためであろう、このような陽の差さぬ場所に立っているにも関わらず、枯れもせず青々とした針葉を茂らせている。

 そして、そこから伸びた一本の枝に……それは掛けられていた。

「あれが、天使の羽衣……?」

「綺麗……」

 繻子(しゅす)のような、美しい光沢のある半透明の――まるで帯のような形状をした薄い布地。その両端には、レース織りのような白い飾りがつけられていた。まさしく天使が纏うに相応しいその姿を、衆目に晒している。

 だがしかし。羽衣の下に落ちているものを見た一同は、その場で固まってしまった。なんと複数の『砂山』が、羽衣を中心に積み重なっているのである。

「ひょっとして、あれが例の『呪い』ってやつ……?」

「た、たぶん……」

 触れた者を、砂に変えてしまうという『呪い』。前もってその情報を伝え聞いていた彼らが尻込みしてしまうのは当然であろう。しかし、そんな中――平然と、その羽衣の側へ歩み寄っていく者がいた。それは、もちろん太公望である。

 彼は『羽衣』の下へたどり着くと……へなへなと崩れ落ちるように膝をつき、全身の力が抜けてしまったような声で呟いた。

「こっちへ来ていたのが、予想していた通りのモノで本当に良かった……万が一アレだったら、シャレになっとらんかったわ」

 ……と。

 そして、まるで年老いた老爺のようによぼよぼと立ち上がると、全員が声を出す間もなく『羽衣』を手にする太公望。すると『天使の羽衣』は、突如鈍く眩い光を放ち始めた。まるで彼が到着するのを待っていたかのように――。

「うむ。やはり、わしを覚えていてくれたようだのう」

 そう言って、光る羽衣をさっさと畳んで懐へと仕舞い込んだ太公望は……唖然としている一同を見回して、こう告げた。

「これで、ここでの依頼は終了だ。依頼人のひとりであり、今日の宿泊地でもある『ジャコブ新村』の村長宅へ向かうとするかのう。そうそう、みんなよく覚えておいてくれ。わしがいいと言うまで、この『羽衣』を手に入れたことについて、絶対内緒にしておいてもらいたいのだ」

 片手の指をぴっと立て、そう言った太公望の瞳には……悪戯っぽい色が煌めいていた。


○●○●○●○●

「なんと、あのオーク鬼どもを全て駆逐してくだすったと!? ありがたい……!!」

 一同を出迎えたジャコブ新村――廃村となっていた旧村との区別のため、この名称が用いられている――の村長にして、壮年の司祭ジャコブ氏が、水精霊団全員の手を取って感謝の言葉を述べた。

 どこにでもある、寂れた小さな山村。ジャコブ新村は、その程度の印象しかなかった。と――そこへ、肩に桶をかついで、山の下のほうから村へと入ってくる人々の姿が目に留まった。ジャコブ氏曰く、この村で生きていくためには、なんと毎日村から10リーグ以上も離れた場所にある川から、ああして水を運んでくる必要があるのだという。

「この村の近くには、水源がないのです。井戸を掘ろうにも、その知識を持つものがおらず――皆さんが解放してくださったかつての村にでしたら、すぐ側に泉があったので、このような不便はなかったのですが」

 そう言って苦笑する司祭。だが、その瞳には溢れんばかりの笑みが零れ出していた。

「しかし、皆さんのおかげで、私たちは再びあの村に帰ることができます。復興までに数年はかかるでしょうが……きっとまた、かつての賑わいを取り戻してみせます。さあ……皆さまお疲れでしょう? 何もない村ですが、今日は精一杯の歓待をさせていただきます。どうぞ、こちらへ……!」

 案内された先――村長の家で、水精霊団は盛大な……村にとって精一杯の歓待を受けた。そしてそこで、彼らは『天使の羽衣』についての伝説を聞くこととなったのである。


 ――今から60年ほど前のこと。ひとりの老いた傭兵が、故郷の山村へと戻るべく、山道を歩いていた。彼は、長年にわたる身体の酷使で、疲れ切っていた。そこで、せめて最後は故郷で迎えたいと考え、重い身体を引きずるようにして旅を続けてきたのである。

 そんなとき、彼は子供――それも、少女と思われる者の泣き声を聞いた。こんな山奥で、どうして子供の声が!? そう考えた彼は、声がするほうへと歩み寄っていった。

 すると、大きな木の下にひとりの少女が座り込み、しくしくと泣いているではないか。しかし、そこにいたのは普通の子供などではなかった。何故ならば、その背に白く輝く、美しい翼が生えていたからだ。

 みつからない……まにあわない……そう呟きながら泣いている少女の切なげな声に、思わず同情し、彼女のそばへと近寄っていった老兵。だが、そんな彼の姿を見た彼女は、きっと畏れを抱いたのであろう。はっとした顔をして翼を広げ、空へ舞い上がっていった。その時だ、彼女が身につけていた『羽衣』が、側にあった木の枝に引っかかってしまったのは。

 だが、相当慌てていたのであろう少女は、そのまま天へと昇っていき――ふいと消えてしまった。そして、枝には『羽衣』が、静かな光を湛えたまま、残されていた……。

 これだけならば、傭兵は姿を消した少女を『天使』だなどとは考えなかっただろう。何故なら、このハルケギニアには『翼人』と呼ばれる、翼を持つ亜人が存在するからだ。

 ――しかし、そこで彼は『奇跡』あるいは『祝福』と呼ぶべき出来事に遭遇した。

 老兵は、いつのまにか自分の身体が、まるで羽根のように軽くなっていることに気が付いた。そして、自分の手を見た彼は驚いた。皺だらけだったはずのそれに、瑞々しさが戻っているではないか。慌てて、近くにあった泉に己の姿を映してみると……なんと彼は、10代そこそこの若者の姿となっていたのである――!

「ええ……信じられないかもしれませんが、この私こそが、その老いた傭兵……天使さまの御力で、新たな人生をやり直す機会を与えられし者なのです」

 彼は、なんと既に100歳を遙かに越えているのだという。その告白に驚いた一同。なにしろジャコブ司祭は、まだ50歳を過ぎた程度にしか見えなかったからだ。

 ジャコブ氏は告白した。ただ老いさらばえ、朽ちていくのを待つばかりであった自分に、新たな人生が与えられたのは、きっとあの『羽衣』を守るためだと。そのために、一生を捧げることを誓おう――と。

「私は、天使さまが『ジャコブがみつからない』と嘆いておられたのを聞きました。ですから、いつか天使さまが地上へお戻りになられた時……あるいはその『ジャコブ』というおかたがこの地へ現れたときに、気が付いてもらえるのではないかと思い……この名を名乗るようになったのです」

 名を変えた元老兵――現在は司祭となっている彼は『羽衣』を神聖にして不可侵のものとし、守ろうと誓った。しかし……ひとりではどうしても限界がある。そう考えた末、急いで故郷の村へと戻った。

 はじめは世迷い言と信じなかった村人たちであったが、ジャコブの昔を知っていた者が複数いたことと、実際に『天使の羽衣』を見た一部の者たちがその話を信用し――また、水源が側にあったことから、そこに新たな集落を作り、名を『ジャコブ村』とした。

 しかしあるとき、欲深き者が『羽衣』を売り飛ばそうとした。その不届き者は、夜半過ぎに警戒の網を抜けて『羽衣』へ近づくと――手を伸ばし、ぎゅっと握り締めた。だが次の瞬間。魂消るような悲鳴と共に、欲深者は乾いてゆき……崩れ、そして砂になった。

 それを『罰』だと考えたジャコブは、金を支払い、土メイジに依頼して木に<固定化>をかけると、近隣の石切場から切り出した石を用いて、その周囲を覆うように建造した、石造りの建物でもって『天使の羽衣』を封印した。そして、建物の頂上に天使さまの姿を模した像を掲げた。いつかそれが、あの天使さまの目に留まるよう、祈りながら――。

「私は、明日の朝いちばんに、天使さまの羽衣を確認しに参ろうと思います。みなさまは、ゆっくりとこの村で疲れを癒やして行ってください」

 全員を寝所となる家屋――村で最も大きな家を1件開けたそこへ案内し終えたジャコブ司祭はそう告げると、何度も何度も頭を下げ、離れ兼小さな寺院となっている場所へと戻っていった。

「ねえ、いいの? あの羽衣って、すごく大切なものだったんじゃない?」

 そう言って、咎めるような視線を太公望へと向けたルイズ。その他メンバーの意見もほぼ同様であるようだ。しかし……。

「まあいいから、明日の朝を楽しみにしておくのだ」

 太公望は一切取り合わず、疲れたから今日はさっさと寝るのだ! と、全員を促した。


 ――そして、明けた翌朝。朝陽が昇る直前のこと。

 朝のお勤めを終え、早速旧村へ向かおうと、寺院を出たジャコブ司祭だったが――ふいにその足が止まった。何故なら、今は誰もいないはずの教会のほうから、カラーン……カラーン……と、美しい鐘の音が響いてきたからだ。

「こ、これはいったい……?」

 思わず、振り返ったジャコブ氏。そして、朝早くに突然鳴り始めた鐘の音に驚いて、なんだなんだと集まってきた村人と――水精霊団のメンバーは見た。村に一陣の<風>が舞った直後。教会の屋根に、ひとりの少女が現れ――佇んでいるのを。

 ゆっくりと昇る朝日に照らされ……少しずつ少女の姿が顕わになってゆく。

 歳の頃は、10歳前後といったところだろうか。長い金髪を三つ編みにして、一本にまとめて後ろへと下げている。きらきらと輝く宝石を多数散りばめた、丈の短めな黒いドレスを身に纏い、腰には白く輝く細い雲の如き、あの『天使の羽衣』が巻き付いている。肩には、晴れ渡った空のように清んだ、青色のケープを羽織っていた。

 まるで、朝、昼、夜。全ての空の姿を模したかのような装いをしている彼女の背には――白く、美しい翼が生えていた。

「お……おお……天使さま……!」

「天使だ」

「天使さまだ!」

 跪いて祈る村人たち。そんな彼らを優しげな微笑みで見つめた天使は、可愛らしい、まるで綺麗な鈴の音のような声で、彼らへと語りかけてきた。

「司祭のおじいさん、ありがとッ☆ キビの羽衣、見つかりッ☆」

 ちょっと独特(?)な喋り方でもって嬉しげに語る天使は、陽の光を浴びて輝いていた。跪き、祈りを捧げていたジャコブ司祭は、その声を聞いて涙を流した。

「おお……おお……! やはり、あのときの天使さまであらせられるのですね」

「うんッ☆ ジャコブにも会えりッ☆ おじいさんと、みんなのおかげッ☆ キビは、この村のひとたちに、お礼をしッ☆」

 そう言うと、『天使』は懐から一本の『杖』を取り出し、くるくると空を舞い始めた。

「まほ~のじゅもん~☆ ロリロリロリッタ~☆ ロリロリ……リン☆」

 きらきらと、星の輝きを纏いながら唄い踊る天使。

「天使だネ」

「うん、天使だ」

「まさしく天使だよ、きみ」

 ちょっとダメな方向で感激している才人、レイナール、ギーシュの馬鹿男ども。幸いにして、そんな彼らの声は、同じく外へ飛び出してきていた女性陣の耳には届かなかった。彼女たちは、村人たちと同様――ただ、その可憐な天使の姿に魅入っていた。

 すると……ドンッ! という音と共に、村はずれの一角から、噴水のように勢いよく水が噴き出した。それは、徐々に小さくなってゆき……最後には、ただ静かに、こんこんと清んだ水が湧き出る泉となった。

「はいッ☆ と~っても美味しいお水だよッ☆ これが、キビにできるお礼ッ☆」

 輝かんばかりの笑顔でそう告げた天使は、そのままくるくると村の上空を舞い飛びながら、高く空へ、天へと昇っていった。

「司祭のおじいさんのことも、村のひとたちのことも、ずっと、ず~っと、忘れないッ☆ 水精霊団のみんなも、ホントに、ホントに、ありがと――ッ☆」

 そして『キビ』と名乗った天使は、空の彼方へと消えてゆき――しかし、見守っていた村人たちと、水精霊団の一同は、しばらくの間、その場を動くことができなかった――。


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