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「雪風と風の旅人」
現在重なる過去

第44話 伝説、大空を飛ぶの事

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「それにしても狭いなあ」

 ゼロ戦のコックピットを改めて見回しながら、才人はぼやいた。どうにかして、座席部分をもう少し後ろへ下げられないものか。そんな悩みを抱えていたところへ、ルイズ、そして太公望とタバサの3人がスタスタと足音を響かせてやって来た。

「それで、どうなのよ? 明日は、ちゃんと飛べそう?」

 ルイズの問いに、才人は顎に手をやりながら答える。

「ああ、計器の類には問題ないし、エンジンの調子も良好! ちゃんと飛べるのは間違いないんだけど……」

 そう言って、彼はコックピットを指差した。

「わたしとサイトなら、ぎりぎり乗れそうだけど」

「……狭い」

「今のままでは、才人の他に大人を乗せるのは無理であろう」

「やっぱ、改造しないとダメだよな」

 佐々木武雄氏が乗ってきた、このゼロ戦は単座――つまり、パイロットひとりで操縦することを想定して設計された戦闘機だ。狭い空間内に、各種計器類やスイッチが所狭しと並べられている。現時点で、コックピットにもうひとり乗り込めるだけのスペースは無い。

 と、興味深げにゼロ戦の内部を眺めていた太公望が言った。

「座席部分の後ろには、何が取り付けられておるのだ? もしも不要なものであれば、それを取り外して、後ろに下げることができそうなのだが」

「あッ、そうか。それは考えてなかったな! たぶんいらないものだと思うんだけど、一応調べとくか」

 太公望の提案を受け、才人は<ガンダールヴ>のルーンを起動させた。前回のスペック確認をした際に、この『機材』はハルケギニアでは使い物にならない。そう判断していたのだが、取り外してしまうという考えには至らなかったのだ。

「うん。機能自体は生きてるけど、ここじゃ使いようがないし……外すか! ギーシュ呼んできて、手伝ってもらうよ。いいこと教えてくれて、ありがとな」

 そう言ってゼロ戦の側から離れようとした才人を、太公望が引き留めた。

「ちょっと待て才人。その前に、念のため確認しておきたいのだが」

「ん、何?」

「機能は生きているが、不要とは……いったいどういうことだ?」

 ああ、そうか。こいつ……いや、この人物。太公望はこういう慎重な人間だった。正確に言うと、使いたくても使えない物なんだけど、説明だけはしておくか。宇宙船に乗ってたくらいなんだし、詳しく教える必要もないだろう。そう考えた才人は、問題の機材について、実にあっさりと言った。

「ああ、無線機だよ。基地とかと通信するための機材だけど、ここじゃ使えないし。置いといても邪魔なだけだろ」

 笑いながら立ち去ろうとした才人を、太公望は必死の形相で引き留めた。

「待て才人! 無線機は、ものすごく大切なものではないか! それを外すだなんて、とんでもない!!」

「え? でも、通信相手なんていないんだから……」

 お前だって、そのくらいわかるだろ? そう返した才人に、太公望は黙って自分の懐へ手を突っ込み、そこからとある<アイテム>を取り出すことで応えた。

 その『道具』は、才人にとって非常になじみ深い形をしていた。片手で持つには少々大きいサイズのそれは、所謂『コードレス電話機』の子機そのまんまであった。

「……ヲイ。それって、まさかとは思うけど、携帯電話だったりしないよな?」

「いや、これは広域通信機だ。あの広大な中国大陸で軍事行動をするにあたり、ホットラインを繋げておかねば、不便極まりないであろう?」

 ――これは本当の話である。太公望のいた歴史では、実際に王や諸侯、そして<崑崙>の仙人たちが、これを使って互いの状況を報告し合っていたのだ。

 ちなみに才人の祖国風に言うと、なつかしの黒電話受話器タイプ――太公望や周の武王が持っているのがコレだ――から、設置式大型電話機風、小型折りたたみ式メタリックコートガラケー他諸々という、実に幅広いデザインが採用されており、それらは所持する者の趣味が大いに反映されたものとなっていた……それはさておき。

「てか、携帯電話で意味通じるのかよ! おまけに、古代中国にホットラインとか! もうだめだッ、俺の中の常識リミットゲージが限界に達しているッ!!」

 地面に膝をついて頭を抱え、上半身を仰け反らせながら叫ぶ才人と。あの『部屋』を見ているくせに、今更この程度で何をそんなに驚いているのだ? という態度で彼を見つめる太公望。そして、ふたりの間に何が起こっているのかさっぱりわからないルイズとタバサ。

「気持ちはわからんでもないが、これが現実というものなのだ。受け入れろ才人! ああ、そうそう。周波数のチューニング諸々の設定はこの通信機から行えると思うので、そっち側で何かをする必要はないぞ」

 そんなことを言いながら、雑巾などの掃除用具が雑多に置かれていた小テーブルの上を簡単に片付けた太公望は、早速そこへ通信機を横向きにして置くと、複数のボタンをプチプチと操作し始めた――すると。機械の上に、小さな鏡のようなものが3枚現れた。

 その瞬間、バネのように飛び上がって側へ駆け寄る才人。常識と精神のリミットブレイクよりも、持ち前の好奇心のほうが遙かに強かったらしい。

 タバサは、以前この『窓』を見たことがあった。母を診察してもらったときに使われていたものとは少し形状が違うが、雰囲気その他はほとんど同じだ。初見のルイズも、どうやらふたりの世界にある<マジック・アイテム>らしいと当たりを付け、もっとよく見てみようと近付いてきた。

 才人は、きらきらと顔を輝かせながら聞いた。

「タッチパネル……じゃないよな、立体映像式のビジュアルフォンか?」

「その通りだ。本来ならば、相手の顔を見ながら会話可能なのだが……あの飛行機械に搭載されている機材にはモニターらしきものはないから、その機能は使えぬ。それに、わしの知識ではレーダー機能――たぶんあれにもあると思うのだが、そこへのリンクまではできぬ。通信状況のモニタリングや、拡声機能を利用するのがせいぜいといったところかのう」

「そこまでやれれば充分だろ! うわあ、リアルでビジュアルフォンが見られるとか、マジ嬉しいんですけど!」

「む、まだおぬしたちの国にはない技術だったか?」

「立体映像の技術はあるけど、ここまでリアルなやつは見たことないな。ところで、こいつにも例の『呪い』がかかってんのか?」

「うむ。これはわし専用にと配布されたものだからのう」

「ちぇ。触ってみたかったのになあ」

「そうか、確認をしておく必要があるな。のう、タバサよ。ちと試しに、この『窓』に触れてみてくれぬか? おぬしならば、わしとの<感覚共有>で問題なく触れると思うが、念のため、指先で軽くつつく程度にとどめるのだ」

「わかった」

 言われた通りにしてみたタバサだが、やはり異変が起きたりはしない。一見、幻のようにも見える『窓』に、触れることができる。それは何だか不思議な感覚だった。

「ここに書かれているのは、あなたの国の文字?」

 タバサの質問に頷く太公望。

「見たことのない字だわ……」

「同じく」

 しかし、才人の反応は違った。

「あ! 確かに日本語と微妙に似てるかも。あと、数字とかもかなり近い!」

「才人、確認するが、ここに映し出されている文字が読めるか?」

「ええっと……256……えむ……? そのあとの文字は……しん……なみ……?」

「よし、やはり近い文字を使っておるな! 少なくとも、数字だけはほぼ同じらしい。それ以外も、読みについてはだいたい合っておる。才人よ、今度余裕があるときにでも、互いの言語を軽くすりあわせておかぬか? それと、できればハルケギニアの言語を覚えておいてもらいたいのだが」

 その太公望の発言に、才人は驚いた。何故ならば、ここに至ってようやく自分が『異世界の言葉』を違和感なく耳にしていたことに気が付いたからだ。文字が異なっている時点で違和感を覚えなかったところからして、彼は担任教師や母親から評されている通り、ヌケているのだった。

「ひょっとして師叔、今『ハルケギニア語』で喋ってるのか?」

「そうだ。いや、正確に言うと『ガリア語』だな。時折実験のために、わしが知るその他の言語を併せて使っておるが、<サモン・サーヴァント>の翻訳機能によって、正しく意思疎通ができておる。いやはや、実際あれはとんでもない魔法だよ」

 そう言って、やれやれとばかりに首を振る太公望。

「できれば『エルフ語』や『ロバ・アル・カリイエ語』その他の比較用資料も入手したいところなのだが、そっち方面の本は、残念ながら『フェニアのライブラリー』にすら、全く存在しないのだよ」

 それを聞いて、うわあ……という顔をしている才人と、翻訳機能ってどういうこと!? と、混乱しているルイズに答えたのは、タバサだった。

「タイコーボーは召喚翌日に、ハルケギニアとシュウの言語体系が異なっていることに気付き、それと同時に<サモン・サーヴァント>に翻訳機能がついていることを証明した。だから、わたしたちは放課後ほとんどの時間を図書室で過ごしていた。今では、ガリア語だけでなく、コモンルーン、古代ルーン、地方訛りに至るまで網羅している。わたしもすごく勉強になった」

 ……そう。実は、太公望の勉強につきあっていたタバサも、各種言語の解読能力が極端に上昇していた。これのおかげで魔法への理解度がさらに深まったといっても過言ではない。魔法は『力ある言葉』ルーンによって紡がれるものだからだ。

「すごいわね。わたしも古代ルーン語なら習得してるけど、ふたりほどじゃないわ」

「かかかか、これは例の『複数思考』のおかげだの。ちなみに、その訓練のためにわざと別言語の、しかも全く内容が異なる本を同時に読んで書き写すという方法がある。実は、タバサに課そうとしていた次の訓練課題がそれなのだ」

 『複数思考』。これは、例の『魔法同時展開』に必須といえる技能である。さらに、先日の冒険で太公望からもらった『如意羽衣』を使う上でも重要だ。ついに、それを教えてもらえる! タバサは、思わずぎゅっと両手拳を握り締めた。

「俺、勉強は嫌いだけど、日本語とハルケ……じゃなくてガリア語の、簡単な単語表とか作っておいたほうがよさそうだな。挨拶とか、ふだんよく使うようなやつだけでも。ただ……ガリア語って、日本語よりも英語に近い感じだから、比較がちょっと大変そうだな。そういう意味では、太公望師叔のところの文字のほうが、割と早く覚えられるかも」

 首をかしげ、モニタの文字を見ながら答えた才人に、太公望が確認する。

「それは文字そのものに意味がある<天界>の言葉と、複数の文字を組み合わせて意味を形作るハルケギニア言語の違い……という認識で間違いないか?」

「そそ! それそれ。みんなのコードネームに使った『コメット』『スノウ』『ハーミット』は、全部その別言語から取ってきたんだ。俺の時代では、国ごとにほとんど別の言葉とか文字が使われてるから、覚えるのがマジで大変なんだよ……英語は、学校で習うからちょっとした会話くらいならできるかな。ちなみに古代の中国語は駄目だけど、近い文字使ってる<天界>の文字なら、少しは読めると思うぜ」

「それはありがたい。ならば隙を見て、お互いに日常会話用の単語表を作ってみるか。そうすれば、のちのち助かるであろう?」

 ――のちのち助かる……それはつまり。

「いつか、みんなで『地球』に行くときに……だよな?」

 ニヤッと笑った才人に、同じく笑顔で頷いた太公望。それを聞いたルイズとタバサの顔は輝いた。そうか、もしも『翻訳機能』が使えなくても、彼らの言葉を覚えておけば……そこに行った時に、不自由がないではないか。しかも『複数思考』の訓練にもなる。いいことずくめだ!

 こんなふうに何かを勉強しようとすることが楽しいだなんて、今まであっただろうか? 目指すものがあるだけで、気持ちって変わるんだな。才人は、なんだか一歩だけ大人に近づけたような気持ちになった。

 いっぽう、そんな会話をしつつも、太公望のほうの作業は着々と進んでいた。元同僚にして<崑崙最高幹部・開発部門長>たる技術畑の『天才』が作り出したこの通信機。ずっと懐に入れてあったのだが、何度か試しに使っただけで仕舞いっぱなしになっていた。念のため彼は、ハルケギニアにきてからすぐに、こっそりと回線状況を確かめていたのだ――ひょっとすると、誰かに逆探知されている可能性があったから。

 とはいえ、万が一を考えると捨てるわけにはいかない。そのため、常に持ち歩いていたのだが……チェックの結果は常にオフライン。今現在も、それは変わらない。半径最大500リーグはカバーするこの携帯通信機が機能しないということは、つまり、その近辺には接続先が一切存在しないということだ。

「まさか、こんなところでこれの出番がくるとは思わなかったぞ。簡単なセットアップは済んだから、実際に飛行機を起動させた後、そっち側のスイッチさえオンにしてもらえれば、すぐにでも交信可能だ」

「俺だって、まさか魔法使いと無線で会話できるなんて思ってなかったよ。って、無線通信!? そっか、そうだよ! あのさ師叔。頼みがあるんだけど……」


○●○●○●○●

 ――その翌昼、トリステイン魔法学院の外にある広い平地にて。

 そこには、水精霊団の全員が勢揃いしていた。そして、一部残っていた教員――学院長のオスマンだけではなく『疾風』のギトーやその他数名と、使用人の平民たち……マルトーをはじめとする厨房の者たちが集っていた。

 教員たちはともかく、彼らがここへ来ている理由、それは。魔法を一切使わずに空を飛ぶことができるという貴重な『道具』を、彼らお気に入りの才人が持ち込んだという噂を聞きつけたからだ。

「ミスタ・タイコーボー。あれは、もしや風の流れを利用して飛ぶのではないかね?」

「仰る通りです、ギトー先生。ただし! <固定化>を除く一切の魔法が使われていない、東方の非ッ常に! 貴重な宝物『竜の羽衣』です。今日は、それを特別に公開致します! 皆様、是非<魔法探知>をお試しください!」

 広場に設置した管制用の席――ギーシュのお手製テーブルに着いた太公望が促した。その言葉に、一斉に<魔法探知>を試すメイジたち。なるほど、確かに彼の言うとおりだ。魔法を使わずに空を飛ぶなど、正直半信半疑だが、技術が進んでいるという噂のロバ・アル・カリイエ由来の『秘宝』ならば、もしかするとそれが可能なのかもしれない。

「ついでに申し上げますと、今わたくしの目の前に置かれているコレも、東の道具。あの『空飛ぶ秘宝』と同様、東方の『通話の秘宝』と呼ばれるもので、かの<飛行機械>に乗る人間と会話を可能としております。ただし、泥棒対策の『呪い』が込められておりますので、直接触れたりはしないよう、どうかよろしくお願い致します」

 また適当な名前で通信機を例える太公望。実際、これに魔法はかかっていない。ただ、今後を考えると、オスマンあたりに<固定化>をかけてもらったほうがよいであろう。そんなことを考えながら、太公望は調整作業に追われていた。

 いっぽう、才人と――体調万全、心は既に空の上! な、コルベールは、ゼロ戦のシート改造と最終チェックを終え、いよいよコックピットに乗り込もうとしていた。

 才人は、シエスタの父から譲り受けた飛行帽をかぶり、古ぼけたゴーグルと絹のマフラーを身に付けている。彼のポケットには、日本海軍少尉の階級章が入れられていた。佐々木武雄氏と共に、再び空へ征くために。手には、直前まで「俺っちなら操作の補助ができるから連れてけ!」と、さんざんゴネたデルフリンガーを握っている。

 準備を終えた才人が、既に夢見心地になっていたコルベールに声をかけた。

「それじゃ、行きましょう先生!」

 そして彼らは、60年前にこの世界にやってきた『竜の羽衣』に乗り込んだ。シート部分を改造したとはいえ、やっぱり狭いし、キツイ。でも、なんとかなった。あとは、正しくこれを操作するだけだ。そう<ガンダールヴ>のルーンに向かって念じた才人の頭の中に、再び詳細な操作方法が流れ込んでくる。

「コルベール先生、プロペラを魔法で軽く回してください!」

「任せておきたまえ!」

 才人は、各部の操作に取りかかった。ルーンの<力>で、流れるようにそれらの作業が進んでいく。さらに、本人(剣?)の言うとおり、デルフリンガーの説明も堂に入っていた。彼もまた『伝説』を担う者なのだ。

 と――ピ……ガガッ……という、才人にとっては映画やゲームなどでおなじみとなっている音と共に、無線機から声が飛んできた。

『あー、メーデー、メーデー。こちら太公望。各機応答せよ』

「こちら才人! てか、なんで救難信号なんだよ!!」

『おぬしがよく言う、お約束というやつだよ』

「縁起でもねェからやめてくれよな! ついでに言うけど、これ一機しかねーよ!!」

『かかかか、まあこれで無事通信テストは終了だの。次の連絡を待て』

 ガ……ピッ。という音と共に途切れた太公望の声に、思わず才人は苦笑する。いっぽう、準備中にこの『通信機』の説明を受けていたコルベールの胸は、さらに高鳴った。魔法を一切使っていない、遠距離に声を届ける道具が見せてくれた、もとい聞かせてくれた奇跡に。コックピットの窮屈さなど、もはや彼の頭の中から完全に抜け落ちていた。

 ――そして。いよいよ発進準備が整った。コルベールの魔法によって、ごろごろと重たそうに回るプロペラを見ていた才人は、タイミングを見計らい、叫んだ。

「コンターック!」

 同時に点火スイッチを押す。と、ババッ、ババッという燻ったような音が聞こえた後、プロペラの回転速度が上がった。ゼロ戦に搭載されたエンジンが始動したのだ。

 そこへ、待っていた通信が入った。才人が、前もって頼んでおいたアレである。

『こちら、水精霊団空軍特殊航空部隊OAF(オンディーヌ・エア・フォース)所属・トリステイン魔法学院上空特別飛行空域管制官ハーミット。ドッグ・ゼロへ通達。周辺空域及び滑走路に異常なし。初フライトにはよい空だ。各種計器類及び装備を確認の上、離陸準備を開始せよ』

 才人は、念のため再びルーンで各種計器や装備を確認した。全て正常だ!

「ドッグ・ゼロ、パイロット・ソード了解! 全計器及び装備確認。こちらの視界、及び各種計器にも異常なし!」

『了解した。ドッグ・ゼロ、離陸を許可する』

「ソード、管制官の指示に従い、離陸体勢に入る」

 才人はブレーキをリリースした。ごろごろという音を立てながら、車輪が地面の上を転がり、ゼロ戦が動き出す。それを見て驚きの声をあげる観衆たち。だが、その声はエンジン音にかき消され、コックピットまでは届かない。もっとも、それがなくとも才人とコルベールには聞こえなかっただろう。何故なら才人は、離陸点に向かってゼロ戦を移動させる操作に集中していたし、コルベールは、計器類の動きに目を奪われていたからだ。

 それからすぐに離陸ポイントへ到達した。才人はしっかりとブレーキを踏みしめる。開閉ハンドルを回してカウルフラップを全開にし、ピッチレバーを離陸上昇に合わせた。ブレーキを弱め、スロットル・レバーを開くと、ゼロ戦は弾かれたように加速した。操縦桿を軽く前方に押してやると、尾輪が地面から離れた。ゼロ戦は、平野を滑るように走る。

「相棒(バティ)! 今だ!!」

 デルフリンガーの声を受け、才人は操縦桿を引きながら叫んだ。

「ドッグ・ゼロ、テイクオフ!!」

 その声と同時に、ブワッとゼロ戦が浮き上がり――そのまま、どんどん上昇を続けた。

『ドッグ・ゼロ、高度制限を解除……グッド・ラック!』

 無線機から飛んできたハーミット管制官こと太公望の声で、機内がわっと湧いた。

「飛びました! 飛びましたぞ!!」

「うおー! おもれえな!!」

 コルベールとデルフリンガーが、興奮極まったといった風情で騒ぐ。

「そりゃあ、飛びますよ。飛ぶように出来ているんですから」

 内心の安堵と、興奮を隠して才人は答えた。本物のゼロ戦を操縦できた。しかも、でっちあげのイメージで名付けたものとはいえ、空軍管制官のコールつきで、である。ミリタリーファン、特に空軍系が好きな人間にとっては、ハッキリ言って感涙ものだ。

 そして、こういうノリに付き合ってくれる――おまけに、あれほど長い台詞を一切噛まずに発してくれた太公望に、心の底から。もう本気で感謝しまくった才人であった。

 と、そんな彼の気分を更にノセてくれる通信が入ってきた。

『ハーミットより通達。今回の作戦目標は、技術官ミスタ・コルベールを乗せた上での、高度5000メイルまで達する試験フライトである。ドッグ・ゼロ、作戦行動を開始せよ』

「ソード、作戦内容了解! 先生、見てくださいよ……この『羽衣』の凄さを!」

 ――『ドッグ・ゼロ』と名付けられたゼロ戦は、濃緑の翼で風を切り裂き、異世界の空を駆け上った。建物や周囲に悪影響がない高度で、何度か魔法学院の周りを旋回するように飛んだあと――いっきに雲の上を目指して飛んでいった。


○●○●○●○●

 ――いったい、これをなんといって表現したらいいのだろう。コルベールは、狭いコクピットの中で、ひとり陶酔に浸っていた。

 <フライ>とは全然違う。身体の重さはしっかりとその場に残っているのに、何か壁のようなものに身体を押さえつけられつつも、力強い何かによって高く持ち上げられていくような不思議な浮遊感。心理的な意味ではない、もちろん肉体的な感覚だ。

 そして、眼下に広がる光景。どんどん小さくなっていく魔法学院の建物。それは、激しく流れる河のように遠ざかっていったと思ったら、再び近付いてきた。<ひこうき>を操縦しているサイト君曰く、これは『ゆうらんひこう』というものらしい。私に見せるため、わざと学院の周りを回ってくれているのだそうだ。なんと素晴らしい心遣いだろうか!

 狭い室内には、なじみのない振動音が響き渡っている。これは、例の『えんじん』が生み出し、前方の『ぷろぺら』が出す音なのだそうだ。以前作った『愉快なヘビくん』のそれよりも激しい連続爆発を起こしているらしいのだが、それでも壊れずに耐えることができるとは――いったいどんな構造になっているのだろう。是非、中身を詳しく見てみたい。

 それに、サイト君が時折触っている小さな何か。この複雑でありながら、美しく滑らかな動作に、私はすっかり魅入られてしまった。時折針が揺れたりしているのは、操縦者に機械の調子を教えるためなのだと説明された。これほど精密な部品類を作り出すことなど、今のトリステイン……いや私では絶対に不可能だ。

 そして、本当に驚いたのはその後だ。<ひこうき>は、雲の上まであっという間に到達してしまった! 『ふうぼう』と呼ぶらしい、ガラス窓の外を流れゆく雲の速さといったら! おまけに、これでもまだ全力を出していないらしい。あくまでも様子見でこの速度を――それも、魔法を一切使うことなく実現するとは、なんともはや素晴らしいことだ。

 しかも、これは彼の国で60年以上前に作られたのだそうだ。以前、彼らの同盟国には、現時点で『魔法なしで月まで到達できる船』が存在するという話を聞いている。つまり……今はもっと性能の高いものが存在している可能性があるということだ。それをサイト君に確認してみたら、とんでもない答えが返ってきた。

「その通りです! 音の倍以上の速さで飛べる飛行機だってあるんですよ」

「音より速いとは、どういうことかね?」

 その質問にも、彼は丁寧に教えてくれた。以前、ミスタ・タイコーボーが話していた『遠くで雷が落ちた後、光るよりも雷鳴が遅れて聞こえてくる理由』を説明してくれることによってだ。それを聞いたとき、私は文字通り雷鳴にうたれたの如き衝撃を受けた。

 光や音に、伝わるための速度があり、それぞれの速さが異なっているなど、ハルケギニアにはなかった概念だ。いや……疑問に思ったことはあったが、そこまで深く考えたことはなかった。これが『しぜんかがく』という学問なのか。

 確かに、それらを学んだ上で魔法を使えば、より効果が高くなるだろう。事実、私が使う<炎>がそうだ。周囲の空気を燃やし尽くす、今は封印している忌むべき魔法。だが、あれも実は『しぜんかがく』を学ぶ上での入口に過ぎなかったのだ。

 『なぜ』『どうして』『それ』が『起こる』のか。全てに理由があるという。以前それを教えてくれた青年の声が、既に10リーグ以上離れた魔法学院にいるはずの彼の声が『むせんき』というものを通じて聞こえてくる。サイト君も、ミスタ・タイコーボーも、まるでこれが当たり前であるように受け答えをしている。つまり、両者共にこの『技術』が身近にある国に住んでいるということだ。

 誰がなんと言おうとも、私は決めた。いつか、必ずそれを実現してみせると。

 ――ひとり決意を固めたコルベールは、震え声で才人に言った。

「なあ、サイト君」

「どうかしましたか? 先生」

「いつか私は、きみやミスタ・タイコーボーの出身地に行こうと思う。そこで、見てみたいのだ! こんな素晴らしい技術がある国を! 世界を! 自分の目で確かめたいんだ」

 コルベールの声に、才人は力強く答えた。

「はい、俺も先生に是非一緒に来てもらいたいです! みんなで行きましょう。もちろん、デルフも! ルイズたちとは、もう約束してるんです。こっちに来たら、あちこち案内するぞって。先生が好きそうな機械を、実際に手に取って眺められる場所もあるんですよ」

 コルベールは目を見開いた。そして思った。なんと画期的なことだろう。いや、そういった場所があるからこそ、魔法無しでこんなことを実現できる技術が生まれるのだと。

「これは……夢などではないのだね。いやはや、私は、もうこのままずっとここに居たいくらいだよ」

「いや、さすがにそれはできませんよ先生。燃料と順番待ちが……って、夢!? そうだ、そうだよ! もしかすると……うん、ちょっと確かめてみます」

「確かめる、とは?」

 その声に答えず、才人は無線機に向かって話しかけた。

「こちらドッグ・ゼロ。ハーミット、応答せよ」

『こちらハーミット。何か問題でも発生したか?』

「いや。お客様は大変満足してくださっている。そこでドッグ・ゼロから確認だ。彼にそちらの『夢』を見せることはできるか?」

 少しの間を置いて、返答があった。

『もともとそのつもりだった。あとで、ご招待する。当然のことだが……』

「ああ、わかってる。地上へ戻ったら、本件について改めて話し合おう」

 その声を最後に、太公望の声は途切れた。そして才人は、自身が信頼する教師に向けて、こう言った。

「先生。近いうちに、太公望師叔がいいものを見せてくれるそうですよ!」

 コルベールが、その言葉の意味を理解したのは……それから数日後のことだった。


○●○●○●○●

 ――それは、大きな音と一緒に、空から舞い降りてきた。

 タルブの片隅にある生家の庭で、幼い兄弟たちを遊ばせていたシエスタは、上空から響いてきた謎の音に、思わず天を振り仰いだ。

「なんだろう? 雷……? ううん、違う。あれは、そんな音じゃない」

 最初は、小さな影だった。しかし、だんだんと大きくなってきたものの姿を目の片隅で捉えたシエスタは、息を飲んだ。それから、大慌てで自宅に駆け込んだ。

「お父さん! お母さん! 外を見て!!」

 娘の、せっぱ詰まったような……それでいて、嬉しげな声を聞いたふたりは、揃って庭へと出て行った。それと同時に、空から響いてくる音に気が付いた村人たちが、なんだなんだと家の外へと飛び出してきた。

 そして、彼らは見た。空を切り裂くように飛んでくるそれを。雄々しく宙を舞う、翼を広げた、力強き『大空のサムライ』にして『タルブの守護神』の勇姿を。

「竜の羽衣だ……!」

 村人の誰かが発した声に、その場に居た全員が跪いた。60年前、遙か東から舞い降りてきたという伝説の羽衣。つい数日前まで、村外れの神殿に安置されていた謎の物体。多くの者たちが、偽物だと信じ切っていた、あのおかしな小舟。だが――今、それは確かに空を飛んでいた。猛々しい叫びを上げながら、村の上空を……まるで、自分がお前たちを守護してやるといわんばかりに舞い踊っている。

 そんな中、シエスタの父は思い出した。あれを渡した少年の言葉を。

『あの草原になら、竜の羽衣を着陸させることができます』

「みんな! あれは草原に降りてくる。危ないから、安全が確認できるまで近寄るな!」

 その声に、跳ね上がるようにして立ち上がった村人たちは、我先にと草原近くに向かって走り出した。もちろん彼らは言われた通り、草原に立ち入るような真似はしなかった。そして、待った。タルブの村を守護する『竜神』が、そこへ舞い降りてくるのを。

 そして、その時は来た。うなり声を小さくしながら降りてきた『竜の羽衣』は、草原の上を、ほんの少し跳ねるような格好で走ったかと思うと、ゆっくりと足を止めた。その中から出てきたのは――シエスタの曾祖父の形見を身につけた黒髪の少年と、彼の主人である、桃色の髪をした少女であった。シエスタは、我を忘れて彼らの元へ駆けていった。

「すごい、すごいですサイトさん!!」

 シエスタは、興奮していた。確かに彼と約束していた。いつか、この『竜の羽衣』に乗せてほしいと。だが、まさかそれが、こんなに早く実現するとは。正直なところ、彼女は想像だにしていなかった。いや、守られるとすら思わなかった。

 才人を信じていなかったわけではない。ただ、この『羽衣』はずっと偽物だ、空を飛べるわけがない。幼い頃から、そのように両親や身内から教えられ、育ってきたシエスタがそう考えてしまうのは――正直仕方のないことだと言えよう。

「どうだ? シエスタ。お前のひいおじいちゃんが持ってきた羽衣は!」

「すごい、すごいです、こんなにすごいなんて思ってませんでした!!」

 先程から、ただひたすらに「すごい」しか言わないシエスタの言葉とは全く別の意味で、才人はとあるすごさを実感……もとい『体感』していた。

 シエスタって、痩せてるように見えたんだけど……実は、脱いだらすごい? 狭いコックピットの中。背中に押しつけられる、ふたつのいけない果実に抵抗すべく、才人は必死に戦っていた。比べてしまっては大変申し訳ないのだが、わが愛しのご主人さまが持つあれとは比較にならない。彼我戦力差――計測不能ッ!!

 ……正直なところ。健康的な高校生男子として、これはごくごく当たり前の反応である。どうか生暖かい目と態度でもって、彼の戦いを見守ってあげて欲しい。

「もうちょっと余裕があるから、シエスタのお父さんにも乗ってもらおうと思ってるんだ。シエスタの弟は、まだちっちゃいから危なくてダメだ。もっと大きくなってからだな!」

 その言葉を発した直後、再びたわわに実った桃が、才人の背中に押しつけられた。

 うん、シエスタは本当に大きく育ったんだネ。自分の発した言葉によって、急所に被弾。別方面の……おもに自前のスロットル・レバーに大ダメージを受けてしまった才人。それからしばし空中での戦闘行動は続き、再び草原へと着陸した頃。彼のHPゲージは、既にゼロまで落ちる寸前となっていた。

 ――その後、シエスタの父を乗せてしばし遊覧飛行を行った『竜の羽衣』は、夕日を背に学院へ向けて飛び立った。その後ろ姿を、シエスタを含む村人たちは、ある者は手を振り、またある者は大地に膝を付けて祈りながら見送った――。


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