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「雪風と風の旅人」
限界大戦

第45話 輪の内に集いし者たち

 ←第44話 伝説、大空を飛ぶの事 →第46話 祝賀と再会と狂乱の宴
 ――ゼロ戦に乗り、魔法学院へ帰還した日の夜。ルイズは夢を見ていた。生まれ故郷のラ・ヴァリエール公爵領を舞台に繰り広げられるその夢は、いつも同じ場面から始まる。

「ルイズ、ルイズ! どこへ行ったのですか? 母の話は、まだ終わっていませんよ!」

 紅い月が満ちる夜。母親の金切り声を背に、幼いルイズは広い屋敷の中庭を逃げ回っていた。どんなに練習しても、魔法ができず……出来の良い姉たちと比べられ、叱られ続けた彼女は、とうとう耐えきれなくなって外へ飛び出したのだ。

 終わりのない迷宮のような植え込みの中を駆けながら、ルイズは思った。上のエレオノール姉さまは、とても魔法が上手だった。ちい姉さまは身体が弱いけれど、それでも魔法が全く使えないなどということはなかった。父さまも、母さまも、優秀なメイジだ。それなのに――どうしてわたしは、みんなと同じようにできないのだろう? 貴族の精神は、魔法を以て為すと言われている。なら、わたしは……?

 メイジ、そして貴族としての根深い悩みがゆえに、酷く傷つき……ついには植え込みの中で蹲ってしまったルイズの側に、誰かが近寄ってきた。おそらく、母さまの命令で自分のことを探しにきた使用人たちに違いない。そう考えた彼女は、息を潜めた。

 使用人たちは口々に文句を言いながら、ガサゴソと周囲を探っている。低木の下から、ちらりと砂埃にまみれた靴が見えた。

「まったく、ルイズお嬢さまにも困ったもんだ」

「本当だよ。エレオノールお嬢さまも、お身体の弱いカトレアお嬢さまでさえも……ちゃんと魔法がおできになるのにねえ」

 ルイズは悔しくて、悲しかった。反論したくてもできない。彼らの言う通り、自分は一切魔法が使えないのだから。だが、そんな彼女の思いをよそに、草木がこすれる音がだんだんと近くなってきた。ルイズは焦った。このままでは、見つかってしまう!

 小さなルイズは慌ててその場から逃げ出すと、自身が『秘密の場所』と呼んでいる、中庭の池に向かった。そこは、普段はあまりひとが寄りつかない場所であった。池の周りには、いつも季節の花が咲き乱れ、水面には一艘の小舟が浮かべられていた。

 以前は、ここに家族の皆が揃って、よく舟遊びをしていた。しかしふたりの姉たちは大きくなり、父親は領地を治める仕事で忙しく、母親は娘たちの教育に熱をあげるばかりで――いつしかこの場所から、彼らの足は遠のいていった。

 家族たちから忘れ去られた場所に、ぽつんと浮かぶ小舟が、幼いルイズにとって……ただひとつの安心できる避難所だった。何故なら、その小舟を気に掛ける者は、今ではルイズただひとりだけであったから。

 ルイズはそっと小舟の中に忍び込んだ。用意しておいた毛布にくるまり、身を横たえる。そして彼女は、ぎゅっと身体をすぼめて呟いた。

「わたしは、ずっとここにしか居られないのかしら……」

 だって、わたしは魔法ができない。だからきっと、みんなと同じようには生きられない。小舟の中――ただひとり、そんな思考の渦によって頭の内をぐるぐるとかき回されていた彼女の頬を、一筋の涙がすうっと伝って落ちた。

 そんなふうに、ルイズが小舟の中でしばらくじっとしていると、池の中にある小島の岸辺に、誰かが姿を現した。その人物は立派なマントを羽織り、大きなつばつきの帽子を被った若い貴族であった。

「泣いているのかい? ルイズ」

 声の主の顔は、大きな帽子の影に隠れてよく見えない。だが、ルイズはその声の主に覚えがあるような気がした。そう、どこかで聞いたはずの、あの独特な響き……。

 ルイズは、現れた人物の姿を、もういちどよく見直してみた。背格好からして、年の頃は16~7歳前後であろうか。夢の中のルイズは幼く、6歳くらいの姿だったので、その相手がとても大きく感じた。

 目の前の人物は、小舟の中で蹲っていたルイズに、岸辺から手を差し伸べてきた。

「ミ・レィディ。いつまでも、こんなところにいてはいけないよ? 手を貸してあげよう。ほら……掴まって」

「でも……」

 ルイズは、躊躇った。大きく、暖かく、そして頼りがいのありそうな手が、自分のすぐ目の前に差し出されている。でも、本当にわたしは……この手を取ってもいいのだろうか? こんなにちっぽけで、おちこぼれの自分が。

「怖いのかい? 心配しなくても大丈夫だよ。みんなが一緒にいるのだから」

 みんなが、一緒にいる……? その言葉に、ルイズははっとした。そのとき、突如吹いてきた強い風が、彼女の前に立っていた若い貴族の帽子を吹き飛ばした。

「あ……!」

 現れた顔を見て、ルイズは驚きの声を上げた。いつしか、彼女の身体も現在の――16歳の姿に戻っていた。

「な、な、なによ、あんた……」

 ――帽子の下から現れたのは、彼女のパートナーである才人の顔だった。

「さあルイズ。おいで」

 才人は、その顔に満面の笑みを浮かべ、ルイズに向けて手を伸ばしている。

「おいでじゃないわよ! なんであんたがここにいるのよ!!」

「それはこっちのセリフだ! 約束してただろ、みんなで一緒に行こうって」

 立派な貴族の格好……それも、ルイズがよく知るマンティコア隊の古風な隊服を身につけた才人が、笑顔から一転、不機嫌そうな声でぼやく。

「約束? いったい、何の……?」

 ルイズの問いに、才人はぐいと親指で後方を示す。

 すると。彼の後方に、どこまでも広がる青い空と、広々とした草原が現れた。そこには、あの『竜の羽衣』がでんと置かれている。それだけではない。その側に、ルイズがよく知る人物たちが集い、笑顔でふたりを見守っていた。

 自分に『道』を示してくれた恩人、ミスタ・タイコーボーが、仁王立ちをしながらふんぞり返っている。

 彼を<召喚>によってハルケギニアへ招いてくれたタバサが、そのすぐ隣に座って本を読んでいる。こちらをちらちらと伺いながら。

 仇敵だったはずのツェルプストーが、腰に手を当て、笑みを浮かべて立っている。

 気取ったポーズで薔薇を咥えたギーシュが、彼と腕を組み、頬をほんのりと染めたモンモランシーと共に、こちらを見つめてくる。

 眼鏡の位置を直しつつ、手元のメモ帳に何かを書き留めていたレイナールが、その手を止めて笑いかけてくる。

 髭をしごき、上機嫌といった風情の学院長が、にこにことルイズに微笑みかけてきた。

 愛おしそうに『竜の羽衣』を撫で続けていたコルベール先生が、突然振り返って、ルイズに向けて頷いている。

 ――そうだ。わたしは、みんなと大切な約束をしているんだった。

 ルイズは被っていた毛布をばっとはね除け、急いで立ち上がろうとしたのだが――そこは安定しない小舟の上。ぐらりと身体がよろめいてしまった。しかし、そんな彼女を力強く逞しい腕が、しっかりと支えた。それはもちろん、すぐ側にいた才人の手だった。

「オイ! 舟の上でいきなり動くなよ、危ないだろ!? ったくしょうがねえなあ、お前ってやつは……」

 才人はため息をつくと、そのままルイズを抱きかかえようとした。

「ちょっと! やめてよ、バカ!!」

 あまりにも突然の事態に、顔を真っ赤にして抗議したルイズであったが……その声は、本人が思っていたよりもずっと小さかった。

「うまく立てないんだろ? 強がるなよ、マイ・レィディ。俺のルイズ」

「ふざけないで! いつ、わたしがあんたのものになったのよ!」

 ぽかぽかと彼を殴りながら抗議するルイズ。だが、才人はそんな彼女の様子など、まるで気にも留めていないかのように、ぐいとルイズを自分の側に引き寄せると、彼女の身体を両腕で軽々と抱き上げてしまった。

 ルイズの心臓が、ばくんと跳ねた。それから、まるで早鐘を打つかのように鳴り続ける。

「おろして! おろしなさいよ、このバカ! バカ犬!!」

「まだ俺は犬なのかよ。わん。つまり、人間の言葉は通じないのであります」

 じたばたと抵抗するルイズであったのだが、しかし。才人は馬鹿なことを言いながらそれを無視したばかりか、どこから沸いてくるのだろう、自信に満ち溢れたような表情で、彼女を――所謂お姫さま抱っこの状態で、仲間たちのところへ連れて行こうとした。そんなふたりに向けて、やんややんやとひやかしの声が飛んでくる。ルイズはもう恥ずかしくてたまらず、必死に才人の腕を振り解こうとするのだが、何故か身体に力が入らない。

「放しなさいってば、もう!」

 そして、そんな態度とは裏腹に、妙に気分が高揚している自分に心底困惑したルイズは、大きな声で叫んだ。

「どうしてこの夢に出てくるのが、あんたなのよ!」


 ――そして翌朝。

 チチチ……という小鳥のさえずり声で目覚めたルイズは、未だ混乱の只中にあった。

「なんで、あんな夢を見たのかしら」

 ルイズはこれまで、何度も何度も繰り返し、同じ夢を見ていた。それなのに、どうしてか今回に限って、内容が大きく変化していた。そのことが、ルイズをさらに困惑させた。

 以前までは、あそこに別の人物が迎えに来てくれていた。ラ・ヴァリエール公爵領近隣の領主の息子。見事な銀色の髪が印象的な、逞しい青年。10歳年上の彼は、親同士が決めたルイズの婚約者だった。いつも見る夢では、彼が岸辺からルイズの手を取り、優しく声をかけてくれる。その直後、ルイズは我が身の不甲斐なさと安堵とがないまぜとなった気持ちで目を覚ます……それが、繰り返し見てきた夢の筋書きだった。

 彼とは、もう10年近く顔を合わせていない。数年ほど前に、魔法衛士隊へ入隊したという報せを父から聞いたきりだ。わたしのことなど、とっくに忘れているだろう――。

 なんだかもの悲しいような、切ないような気持ちで胸がいっぱいになったルイズは、ふいに部屋の反対側に置かれた折りたたみベッドの上に目をやった。すると、そこでは新たな夢の中で彼女を迎えに来てくれた人物が、うんうんと唸り声をあげていた。どうやら彼は、何かにうなされているらしい。

「夢の中では、あんなに自信満々だったくせに」

 思わずぷっと吹き出してしまったルイズは、彼を起こさぬよう、そろそろと近付いていった。と、壁に立て掛けられていたデルフリンガーが、そんな彼女に気付き、声をかけた。

「どうしたんだ? 娘ッ子」

 ルイズはデルフリンガーに向き直ると、口の先に指を1本立てた。

「黙ってろってか? まあ……実に面白そうな夢見てるみたいだからなあ、相棒は」

 鍔をカチカチと、小さく鳴らすデルフリンガー。どうやら笑いを堪えてるようだ。ルイズはそんな彼に笑顔でグッと親指を立てて――これは才人がよくやるポーズだ――見せると、そっと彼が寝ているベッドの脇へと立った。

 すると、突然才人が寝返りをうち「う~ん……」と、声を上げた。それに驚いて、思わず大きな声を上げそうになったルイズであったが、かろうじて押し止めることができた。

「も、もうダメだ……これ以上の被弾には……耐えられねェ……こんなに……狭いのが悪いんだ……もうこのままじゃ俺、墜落する……許してくれ、ルイズ……戦力差が……」

 ルイズは、まるで<硬化>の魔法をかけられたかの如く固まってしまった。しかし、才人はそれだけを呟くと、すやすやと寝息を立てはじめた。悪夢が過ぎ去ったのであろうか? 彼の寝顔を見たルイズは、思わず安堵のため息を漏らした。

「なんだ、寝言か。何かと戦ってる夢でも見てんのかね? 相棒は」

 デルフリンガーの感想に、ルイズは頷いた。

「しかも、わたしに何か謝ってたわよね……」

 もうダメだ、許してくれ、ルイズ。その言葉を思い出して、ルイズははっとした。まさかサイトは、わたしを命がけで守ろうとして――何者かに倒される夢を見ていたのだろうか。そこまで考えた彼女の頬が、すっと朱に染まる。

「俺っちは剣だから、人間の男女関係についてはよくわかんね。けど、これだけは言える。今のお前さん……顔が真っ赤だぜ? なあ!?」

 ルイズはさらに顔を紅潮させ、デルフリンガーをぽかぽかと殴る。しかし、相手は『剣』である。鞘の上からとはいえ、ダメージを受けたのは自分の手のほうであった。

 痛む手をさすりつつ、ルイズは考えた。デルフリンガーが放った言葉の意味を。

 人間の男女関係。ううん、そんなはずはない。サイトは、確かにわたしのパートナーだ。それ以上でも、以下でもない、はず。だいたい、わたしたちは貴族と平民で、身分が違いすぎる。けれど、だったら……今朝見た夢と、この胸の高鳴りは、一体なんなのだろう……?

 ルイズは、再びベッドの上ですやすやと寝息を立てているパートナーを見た。

「まったく……主人より遅くまで寝てる使い魔なんて、あんたくらいよ」

 その愛らしい頬を膨らませながら、ルイズは才人の頬をつんつんと突っついた。

 ――実際のところ、才人は昨日のフライト中に行われた『戦闘』の夢を見ていただけなのだが……ルイズがそれを知らなかったことは、両者にとって本当に幸いなことだったといえよう。


○●○●○●○●

 ――同日、昼過ぎ。

「いやあ、わざわざ私にまで声をかけてくれてありがとう! すっかり忘れていたから、本当に助かったよ」

 コルベールが、街を歩きながら水精霊団の一行に感謝の言葉を述べた。

 彼ら一同は、来週行われるヴァリエール家の歓待に備えるべく、王都トリスタニア街へと買い物に繰り出して来ていた。大貴族の家に招待されたともなれば、それに相応しい準備が必要になるからだ。

「お礼といってはなんだが、買い物が済んだ後の食事代は私が出そう」

 そのコルベールの申し出に、全員が歓声をあげた。そして彼らは、太っ腹な教師の視界に入らぬよう、街へ出かける前に彼へ声をかけることを提案した太公望に向けて、ぐっと親指を立てて見せた。

「コルベール殿は『竜の羽衣』を研究することに夢中になっていて、歓待のことなど絶対忘れているに違いない」

 と、いう太公望の予測が、見事なまでに当たっていたからだ。

 ……ちなみに、学院長のオスマン氏のところへも念のため顔を出して来たのだが、さすがは国の教育機関を任される重鎮だけあって、そのあたりの準備については、一切の抜かりがなかった――それはさておき。

「ところで例の懸賞金だけど、いつになったらもらえるのかな?」

 レイナールの問いは、その他生徒たちにとっても気になる内容だったらしい。交渉役の太公望に、視線が集まる。

「それなのだが、全額支払われるのはどんなに早くても今月末になりそうだ」

「さすがに即金は難しいか……あの額だし」

「うむ。ただし、未払いということは無いので安心するがよい。手元に届き次第、きちんと全員に分配する」

「残念だなあ。先に賞金が手に入れば、豪華な服を着てご招待に与れただろうに」

 そんなことを言い出したギーシュに、モンモランシーがツッコんだ。

「何言ってるの。こういう席で身の丈に合わない支度をするのは、かえって相手方に失礼に当たるのよ? わたしの目が届く限り、そんな真似はさせませんからね」

「ふたりの将来を垣間見た気がする」

 タバサの呟きに、キュルケが驚いたような顔をした。

「あなた。たまに口を開いたと思ったら、結構言うわね」

 ぱんぱんと手を叩いて、コルベールが声をあげた。

「ミス・モンモランシーの言うとおりだ。だから全員個別に、出来る範囲で支度を調えたほうがいいだろう。そうだな、夕食前にはさすがに買い物も済んでいるだろうから、中央広場の噴水前に集合ということで、よろしいですかな?」

「わかりました」

「じゃあ、また後でね!」

 彼らは互いに声を掛け合うと、それぞれの目的地に向けて散っていった。

 ――そして、夜。約束の刻限。

 トリスタニア中央広場の噴水前に集合した彼らは、早速食事へ出かけようとしたのだが、そこで、ギーシュがひとつの提案をした。

「実は、最近面白い店ができたという噂を聞いているんだがね」

「へえ……どんな?」

 才人の言葉に、その質問を待ってました! と、ばかりに得意げに胸を反らすギーシュ。

「可愛い女の子が、大勢でお出迎えをしてくれ……」

「ミスタ・タイコーボー。恐縮ですが『1回目』をお願いしますわ」

「了解した」

 笑顔で――ただし、目が全く笑っていないモンモランシーのリクエストに応え『打神鞭』を取り出した太公望は、即座に<ウインド>のルーンを――毎度のことだが、唱えるふりをする。そして詠唱が終了したと同時に、ギーシュは文字通り空の彼方まで吹き飛ばされた。

「どうして、彼女連れなのにあんなこと言うかなあ……」

 唖然とした表情で、レイナールが呟くと。

「あいつさあ、なんでか女の子がらみとなると、頭が可哀想なことになるんだよ」

 自分のことをすっかり棚に上げ、才人が答えた。

「なるほど、すごくよくわかったよ」

 そんなふたりに、キュルケがくすくすと笑いながら言った。

「コルベール先生のおごりじゃなければ、そのお店に行ってみるっていうのも、案外面白かったのかもしれないけどね」

 彼ら以外のメンバーはというと。たったいま目撃した<風>に対する見解を、それぞれの視点から述べていた。

「それにしても、ただの<ウインド>であそこまで飛ぶとは驚きですな」

「しかも、周囲に一切被害を出していない。これも『複数同時展開』の利点」

 目の前で、自分の生徒が吹っ飛ばされたにも関わらず、淡々と、事実だけを冷静に述べたコルベールの声に、補足を行ったのはタバサだ。さすがは『炎蛇』と『雪風』の二つ名を冠するふたりだけあって、実に容赦のないコメントである。

「ミスタの<風>は、母さまといい勝負だわ……」

 そうポツリと口にしたルイズは、内心かなりの衝撃を受けていた。彼がサイトの世界の『伝説』だという話は聞いていたが、あれはやはり本当のことなのだと本能で理解した。

「へえ。ルイズのお母さまも、相当な凄腕なんだね」

 ルイズの呟きを聞いて、即座に彼女の母親に対する分析を始めるレイナール。まさか、その『お母さま』がトリステインのみならず、各国にその名を轟かす伝説的存在だということまでは、今の彼にはわからない。何故なら、これはラ・ヴァリエール公爵家と、それに近しい者だけにしか知られていない秘密だったから。

「頼んだわたしが言うのもなんだけど、ギーシュ、無事かしら……」

「打ち上げの高さや落ちる位置はきちんと計算しておる。心配しなくても大丈夫だ」

 改めて太公望の実力を目の当たりにしたモンモランシーは、激しい不安を覚えた。自分という相手がいるのに、女の子がいる店に行きたいなどと言い出したギーシュについ苛立ち、軽い気持ちでお願いした『1回目』だったが、あれをまともに受けた彼は、本当に大丈夫なのだろうか……と。

 思わず天を仰ぎ『始祖』ブリミルに対し、彼氏の無事を祈ってしまった彼女の思いが、たぶん通じたのであろう。それから間もなくして、くるくると回転しながらギーシュが落ちてきた。もっとも、彼は完全に気を失っている状態ではあったが。

 とはいえ、そこはさすがに太公望のこと。落下Gその他の要因でギーシュがダメージを受けたりしないよう、しっかりと周囲に<風の壁>を作って守っている。ギーシュは、いわば命綱つきでバンジージャンプを体験したようなものだ。ただし、通常のそれとは比ぶべくもない程に長距離ではあったが。

 そのギーシュが地面に到達する2メイルほど手前で、慌ててモンモランシーが<レビテーション>を唱え、必死の思いで受け止めた……その瞬間。突如周囲から、嵐のような拍手が巻き起こった。

「やるなあ兄ちゃんたち!」

「いやあ、いいモン見せてもらったぜ!」

 まあ、それも当然である。トリスタニア最大の広場、しかも噴水前という目立つ場所で、こんな大道芸のような真似をした時点で、野次馬が集まるには充分だ。しかも、遙か空の彼方へ吹き飛ばされたはずの『芸人』が無事な姿で戻ってきたとくれば、お祭り騒ぎの好きなタニアっ子たちは盛り上がるに決まっている。

「ご夕食はまだですか? よろしければ、当店へお越し下さい。割引致しますので」

「いや、是非うちの店にいらしてくださいよ」

「待った! 皆さまをお招きするのは我が店に決まっている!!」

 ……ある意味、身体を張ったギーシュの発言によって、思いも寄らぬ歓待を受けることになった水精霊団一同であった。ただし、この一件でいちばんトクをしたのは、原因となった本人ではなく、間違いなくコルベールだったわけだが。


○●○●○●○●

 ――刻を同じくして、ラ・ヴァリエール公爵領の屋敷内では。

「あんなに生き生きとしたエレオノール姉さまを見るのは、久しぶりだわ」

 使用人たちの先頭に立ち、来週頭に開催される『歓待』のための指揮を執る長姉の姿を遠目に見ながら、儚げな空気を身に纏う娘は……その顔に、今にも零れ落ちそうな微笑みを浮かべていた。

 そこへ、あでやかな桃色の髪をアップに纏めた女性――ラ・ヴァリエール公爵夫人カリーヌがつかつかと歩み寄ってきた。

「今日はよく来てくれたわね、カトレア。ところで……身体の具合はどうなのですか?」

「ありがとうございます、母さま。最近は、だいぶ落ち着いています」

 そう言った途端、カトレアと呼ばれた娘はゴホゴホと激しく咳き込んだ。

「カトレア!」

 顔色を変えて使用人を呼ぼうとした母を、娘が止めた。

「大丈夫です、ほんの少しむせただけですから」

「本当ですか?」

「はい」

 カトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・ラ・フォンティーヌ。この日、ラ・ヴァリエール公爵家の次女たる彼女は、普段療養のために暮らしているフォンティーヌ領から外へ出て、実家であるラ・ヴァリエール公爵家の屋敷に戻っていた。もちろん、例の祝宴を兼ねた客人の歓待に顔を出すためである。

 名門ラ・ヴァリエール家の次女であるにも関わらず、彼女だけ名字が違っているのは……カトレアが幼い頃から原因不明の病を患っており、それを不憫に思った父親が、自領の一部――彼女が療養するのに相応しい環境の整った場所を、トリステインの王室から特別な許可を得た上で、領地として分け与えたからだ。

 しかし、そのようなものは何の慰めにもならない。カリーヌ夫人は、娘が不憫でならなかった。身体の弱いカトレアは、これまで一歩たりともラ・ヴァリエール公爵領から出たことがない。今のままでは、誰かの元へ嫁ぐことも叶わぬだろう。

 もちろん、ラ・ヴァリエール公爵夫妻はできうる限りの努力をした。腕のよい水メイジがいると聞けばすぐに呼び寄せ、よく効くという薬の情報を得られた際には、それがどんなに高価なものであろうとも買い求めた。しかし、そんな彼らの必死な努力も虚しく、カトレアの病が癒えることはなかった。

 そもそも、病の元がなんなのかすらも判明していない。長女エレオノールの伝手で、王立アカデミーへの問い合わせをしたこともある。だが、やはり原因不明であるとの解答しか戻ってこなかった。公爵家の肩書きも、国で有数の財産も、最強と謳われた彼女の魔法すら、カトレアを蝕む病の前では無力だった。

 そんな母親の思いを察したのであろうカトレアは、ころころと笑って言った。

「母さま、そんな顔をしないでください。こう見えてもわたしは、みんなが思っているよりも元気に毎日を過ごしているんですから。ほら、こんなこともありますし……臥せってばかりではいられません」

 カトレアはそう言って、足元に置かれていた蓋つきのバスケットを持ち上げると、中身をカリーヌ夫人に見せた。

「まあ! 小鳥ではありませんか。どこで拾ってきたの?」

 バスケットの中には、傷付いた一羽のつぐみがいた。その羽根には包帯が巻かれている。

「この子、森の中で一生懸命訴えていたんです。羽根が痛いよ、助けて、助けて……って。偶然馬車で通りかかったときに、その声が聞こえたものですから、わたし、もうびっくりしてしまって。それで、慌てて手当てをしたんです」

 なんと驚くべきことに、カトレアは、広大な森の中に溢れるたくさんの小鳥たちの声の中から、羽根が折れて飛べなくなったつぐみの声を拾い上げたらしい。

「あなたは、いつもそうやって怪我をした生き物を拾ってくるんだから……そのうち、屋敷中が動物で溢れかえってしまいますよ」

「それはそれで楽しいと思います。今でも、わたしのお部屋は動物たちでいっぱいですし。それが屋敷全体に広がったとしても、あまり変わらないんじゃないかしら」

「まったく、この子ったら……」

 つい苦笑してしまった母親を見て安心したのであろうカトレアは、再び姉のほうへ視線を戻した。それを見たカリーヌ夫人は、もうひとりの娘について語り始めた。

「まったく、あの娘ときたら。魔法学院へ出かける前は、不機嫌であることを隠そうともしなかったというのに。帰ってきたら、本当に嬉しそうにルイズのことを話してくれたのよ」

 カリーヌ夫人の声は、彼女としては珍しく――笑みが溢れていた。

「しかも、ですよ? 研究一筋だったあのエレオノールが、アカデミーに1ヶ月の休暇届を出してまで、この歓待の総指揮を執るなどと言い出したときには、さすがのわたくしも驚きました。例のお客さまがたのおかげで、ルイズは大きく成長していたようね。あの子に会うのが、本当に楽しみですこと」

 そんな母の意見に、カトレアは笑顔で頷いた。

「はい、わたしも楽しみですわ! あの小さなルイズが、どんなふうに大きくなったのか。それ以外にも、気になることがありますけど」

「例のお客さまのことかしら? エレオノールの話を聞く限りでは、どうやら学者のようですけれど」

 そう答えた母親の声が、ほんの少しだけ落胆しているように聞こえたカトレアは、くすくすと笑い声を上げた。それを聞いたカリーヌが、小さく眉根を寄せる。

「まあ、まあ! 母さまったら! 例のお客さまが『東方』の優秀な風のメイジと聞いて、つい『そういう』期待をされておられたのでしょう? だって……」

 ――母さまは、かつて『最強』の名を欲しいままにした『騎士』だったのですから。

 その言葉を、カトレアは口に出さない。既に、目で語っていたから。

「まあ、代わりといっては可哀相ですが、別の風メイジも招待していることですし、彼の様子を見てあげることにします。それにしても……エレオノールが、わざわざルイズの婚約者を招くよう言い出したことに、わたくしはいちばん驚きました。自分の身に、あんなことがあった後だというのに……」

「ええ、本当に。実は、わたしもそれを気にしていたのですが、姉さまはもう大丈夫みたいですね」

「突然のことで、あの子も精神的に参っていたでしょうに。さて……それでは、わたくしも手伝ってくることにします。さすがに、我が家の恩人をお迎えするにあたって、公爵夫人たるわたくしが何もしないというのは、礼にもとる行為ですからね」

 そう告げて立ち去ろうとしたカリーヌは、途中で振り向くと言った。

「いいですか? あなたは、あまり長い時間ここにいてはいけませんよ。辛くなったら、すぐにベッドへ入りなさい」

 母を見送るカトレアの瞳に浮かんだ色の意味を、正確に読み取れる者は……今、この場所には存在していなかった――。


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