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 ←第51話 軍師 対 烈風 -INTERMISSION- →第53話 歴史の重圧 -REVOLUTION START-
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「雪風と風の旅人」
伝説と神話の戦い

第52話 軍師 対 烈風 -BATTLE OVER-

 ←第51話 軍師 対 烈風 -INTERMISSION- →第53話 歴史の重圧 -REVOLUTION START-
 ラ・ヴァリエール公爵領の練兵場。その高台にある観客席から、とんでもないものを目の当たりにした観客たちは――あまりのことに、言葉を失っていた。

「い……今のは<エア・カッター>だよね!?」

 顔を引き攣らせながら、なんとか最初に声を絞り出せたのはレイナールだった。彼が驚くのも無理はない。なにせドットスペルとされる<エア・カッター>によって50メイルを越える地割れができるなど、常識ではありえないことなのだ。

 日本風の表現で言うなれば、これは『かまいたち』。目には見えない、空気の刃を創り出す呪文。ごく一般的なメイジが唱えた場合、せいぜい鋭いナイフですっぱりと切られる程度の威力を出すのが関の山なのである。

 ラグドリアン湖で、例の<ヘクサゴン・スペル>こと『打神鞭・最大出力』(ただし、全開前にタバサの手で強制停止)を目の当たりにした面々はともかくとして、太公望の<攻撃魔法>を初めて見ることになったオスマン氏・コルベール・レイナールの3名と、ルイズを除くラ・ヴァリエール公爵家の人々が仰天するのは当然だ。

 と、それに図らずも補足するような形で、エレオノールが口を挟んだ。

「な、なな、何なのよあれは!? 母さま並の<力>じゃないの!!」

 その声に、ルイズの母ちゃん――つまり『烈風』カリンもあのレベルなのかよ! と、内心でツッコミを入れる才人他、ヴァリエール公爵家の者以外の面々。さらに、そこへ追い打ちをかけたのは、太公望の『主人』たるタバサだ。

「実は以前、彼と実戦形式の模擬戦を行ったことがあります」

 観客たちは、一斉にタバサのほうへ向き直った。

「タバサ! あなた、いつのまにミスタと模擬戦なんかやってたのよ」

「なあ、どうしてみんなを誘ってくれなかったんだよ! 俺も見たかったのに」

「ぼくも」

「わたしだって!」

 そう問い詰めてきた友人たちに、

「観客なしという条件で受けてもらった試合だったから」

 と、いつものようにほとんど表情を変えずに回答したタバサ。ちなみに、ここで言う『実戦形式』とは各種交渉の類も含まれている。実際に杖を交えたのはまだ1度きりだが、あの戦いは、その前後も含め――彼女にとって大きな糧となっていた。

「そ、それで? 試合のほうはどうなったのかね?」

「あなたたちがぶつかりあったんですもの、とんでもないことになったんじゃない?」

 興味しんしんといった表情でタバサを見つめるギーシュとモンモランシー。

「風の『スクウェア』同士の対決か……興味深いな」

 レイナールの発言に、これまた素っ気なく答えるタバサ。

「そのときのわたしは、まだ風の『トライアングル』だった」

「じゃあ、結構前の話だね」

「そう。だから、彼は錘(おもり)を持つなどの、多数のハンデを背負ってくれた。それなのに、歯が立たないどころか、完封されてしまった。『スクウェア』にランクアップした今でも、真正面から彼に挑んだ場合……正直、全く勝てる気がしない」

 そのタバサの言葉に、一同は驚いた。特にびっくりしていたのが学院メンバーである。現時点で、タバサは魔法学院に在学する生徒の中で唯一の『スクウェア』メイジだ。その彼女が、一矢報いることすらできないとは。

「こ、コルベール先生。質問いいっすか?」

「なんだね? サイト君」

「俺、魔法使えないからわからないんですけど……メイジって、長い間修行して、何十年も実戦経験積めば、誰にでも、あんなとんでもない魔法が使えるようになるんですか?」

 その問いに、青ざめた顔で首を横に振るコルベール。彼のメイジとしての実力は相当なものだが、魔法であそこまでの破壊力を出すことなど不可能だ。

 いや、研究一辺倒で鈍りつつある身体と勘を鍛え直した上で、例の魔法を巧く発動させられれば、もしかすると……と、そこまで考えたコルベールは、何かを振り払うかのように、ぶんぶんと首を振った。

「まあ、わしくらいのメイジなら、やれないこともないのじゃが……さすがに、あそこまで大規模の<エア・カッター>を撃つとなると、一発だけでかなりの<精神力>いや、どっちかというと体力のほうを消耗してしまうのう。いい加減、歳じゃし。ええのう、本当はジジイのくせして、あんなに若い身体を取り戻せているというのは」

 などとボソリと呟いたオスマン氏に対し「あんたもできるのかよ! てか、ただの偉そうなスケベジジイじゃなかったのか、このひと!」などと内心で大変失礼なツッコミを入れていたのは、ラ・ヴァリエール公爵とカトレアを除く全員だ。

 全体評価はさておき、さすがは『トリステイン最高のメイジ』の称号を持つオールド・オスマン。その名は正直伊達ではないのだ。もっとも、寄る年波には勝てないようだが。

 ――さて、実際に『戦場』に立っているふたりのほうはというと。

 『烈風』カリンは、勇猛果敢を売りとする彼女としては珍しく、完全に身体が固まってしまっていた。それはそうだろう、これまで散々『おちこぼれ』だの『頭脳面のみの天才』という前情報を叩き込まれていたのだ。しかも、彼女の目に映っていた決闘直前までの太公望は、軍人という割には、完全に隙だらけとしか思えなかった。

 それがどうだ。今、目の前に立っている男は! 自分が全力で放つそれと変わらない威力の魔法を平然と飛ばしてきただけではなく、息一つ乱れていない。しかも、全身にごく自然な風を纏っている。

 それは、威圧感を伴う類のものではない。例えるならば、何もない平原で、ごくごく稀に発生する、渦巻き状の小さなつむじ風だ。いや、だからこそカリンは驚いたのだ。相対する人物が、完全な自然体であることに。ハルケギニアの歴史上最強とまで謳われる自分を前にして、平常心を保てるような相手を警戒するのは『騎士』として当然だ。

 これまで、いくつもの戦場を経験してきたカリンだからこそわかる気配。彼は、間違いなく強敵だ――それも、これまで戦ってきた、誰よりも。

「来ないのか? ならば、こちらから行くぞ!」

 わずか数秒にも満たなかったカリンの硬直を、太公望は見逃さなかった。大声でそう宣言した後、即座に前傾姿勢を取る。それを見たカリンは、すぐさま杖に魔法の刃を纏わせた。<ブレイド>の魔法である。彼女は、近距離戦(ショートレンジ)も得意としている万能の戦士だ。

「受けて立つ!」

 そのカリンの反応を見た太公望は、ニイッと笑みを浮かべると、風と共に……人間業とは到底思えないほどの超速度で猛然と走り出した――正面を向いたまま、後方へ。

 カリンが見事にずっこけた。観客席にいた者たちも、ほとんど全てが崩れ落ちかけたのだが……。

「絶対何かやると思った。相変わらずおかしなところで器用」

「いや……だから、感心している場合なのかね、これは」

 平然と。こういった場面での太公望の行動など、もうわたしにはお見通しだとばかりに呟くタバサと、以前似たようなシーンを見ているので、なんとなく予想はしていたものの、やっぱり呆れるギーシュ。そして、太公望の大声宣言時に聞こえてきた、

『かかかか! ついて来られるかな!? このわしのバック走に!!』

 と、いう『付随してきた中の声』による予告で、既に吹き出しそうになっていたカトレアの合計3名だけが、これに耐えきった。

「ふ、ふざけるなあああッ!!」

 大声で叫び風を纏うと、<ウインド>を駆使して飛び出すカリン。彼女は、それと同時に<エア・カッター>を、呆れるほどの超高速で後退していく太公望へ向けて、毎回――数枚単位で飛ばしまくったのだが、全部ひらりひらりとかわされてしまう。それも、紙一重で。

 太公望が行っているこの回避行動は、ハッキリ言って、とてつもない技量を必要とする『超高等技術』と言って差し支えない程のものなのだが「うひゃー」とか「ごひゅー!」「どひぇー!」などという叫び声が一緒についてくるので、締まらないことこの上ない。

「逃げてばかりいないでちゃんと戦いなさい! 敵に後ろを見せないというのは、嘘だったのですか!?」

「嘘ではない! その証拠に、全部前を向いたまま避けておる!!」

「ひとはそれを屁理屈と言うのです!!」

「ハッ、屁理屈だろうとなんだろうと、事実であることには変わりあるまい!!」

 練兵場の中で乱れ飛ぶ<エア・カッター>そして<ストーム>。そこは既に暴風域へと達していた。これらの現象を起こしているのはカリンのみ。太公望は、ただひたすらに回避するばかりである。しかも、だんだん余裕が出てきたのか、いつもの邪悪なワハハ笑いまで飛び出している始末だ。口調まで、敬語ではなく元通りになっている。

「それにしてもさ、マジでとんでもねえ威力だよなあ、ルイズ……お嬢さまのお母上が使う魔法は。地面、もうボロボロなんじゃねェの?」

 そう呟いた才人の声に、ルイズが追従した。

「そうなんだけど……なんだか母さまが凄いのか、全部避けているミスタがとんでもないのか、わたしにはもう、わけがわからなくなってきたわ」

 そう。ここまで<エア・カッター>はもちろんのこと<ストーム><カッター・トルネード>他、相当な数の長距離用(ロングレンジ)魔法が乱れ飛んでいるのだが、なんと一撃たりとも太公望に当たっていないのだ。擦りすらもしていない。ついでに言うと、太公望は全く反撃を行っていない。

 何故カリンが放つ魔法がロングレンジ系ばかりなのか。理由は簡単である。彼らが、試合開始以降ずっと追い掛けっこを継続しているからだ。それは、いつしか楕円を描くようになっていた。ぐるぐると、まるで陸上のトラック沿いを走るように、ひたすら後退を続ける太公望を、カリンが追従するような形で。

 ――なるほど、そういう意図なのだな。

 ラ・ヴァリエール公爵は、内心唸った。彼は、いち早く太公望の狙いに気が付いたのだ。公爵はラ・ヴァリエール家の家督を継ぐために近衛魔法衛士隊の職を辞す以前は、カリンと同じマンティコア隊に所属しており、その『頭脳』たる役割を果たしていた。公爵家の主として、父親の代わりに対ゲルマニア方面国境防衛軍の長となって30有余年、一度たりとも国境線を突破されたことがないという、トリステインでも有数の知将である。

 最初の一撃以降、太公望は一度たりともカリンに対して攻撃を仕掛けていない。いや、正確に言うと、彼からはもう、一切仕掛ける気がないのかもしれないと判断した。ついでに、怒ると完全に冷静さを失う妻の気性を良くわかっている公爵は、こう考えた。

「彼は、カリンの<精神力>が切れ、倒れるのを待っているのだ」

 ……と。

 そして、そのまま試合を終えるのが目的なのだろう。平和裏に事を解決するために。ラ・ヴァリエール公爵はそのように受け取った。確かにカリンのパワーは凄まじい。だが、あれほどの冷静さを欠いた状態であることと、彼の驚異的な回避能力を併せれば、それが可能であるという判断の上で。

 と、ここまで思考を進めたラ・ヴァリエール公爵はふいに疑問を覚えた。何故、彼はこんな回りくどいことをするのだ? そもそも、事を荒立てたくないのならば、最初から試合など申し込まなければよいではないか。にも関わらず、このような真似をするということは、何か他に理由があるはずだ。それは、いったい何だ?

 ――ラ・ヴァリエール公爵が、太公望の行動理由について首を捻っていた、ちょうどそのころ。カリンは若い頃を思い出していた。騎士見習いになる前、とある人物と出会ったときのことを。

 カリンは、内心驚いていた。彼女は『伝説』と謳われるほどに優秀な騎士である。外見はどうあれ、内面ではとっくに冷静さを取り戻していた。若い頃ならばいざしらず、戦士としても、公爵夫人としても。そして母としても経験を積んだ今では、長年連れ添った夫にすら怒り狂っているように見せかける程度の『演技』をすることなど、どうということはない。とはいえ、最初は割と本気で怒っていたわけだが。

 カリンは、まるで道化師のように振る舞っている目の前の対戦相手が、これほどの技巧派だとは想像だにしていなかった。自分と同じ<力押し>を得意とするメイジだと、完全に信じ切っていた。いや、最初の一撃でそのように思い込まされたのだということを、カリンは嫌と言うほど実感していた。

 この男は、避けているだけではない。幾重もの風で受け流しているのだ。しかも、こうして戦っているわたくし以外の者に悟られない程度の、ごくごく小さな風の流れを作り出すことによって。優秀な風の使い手たるカリンには、それが手に取るようにわかる。

 戦いの最中だというのに、カリンはつい微笑んでしまった。幼さがゆえに、無茶ばかりしていたあの頃。初めてあのひとと出会ったのも、そんな若さからくる無謀な行いがきっかけであった。腹部に大怪我をしていたにも関わらず、あのひとはそれをひた隠しにして、自分のような子供から挑まれた決闘を受けてくれた。当時も、こんな風に……簡単にあしらわれてしまったわね。

 ―――『烈風』カリンは、ずっと孤独であった。

 家族や血縁者、友人がいないという意味ではない。その強さがゆえに、敵――そう。彼女にはライバルと呼べるような相手が、全く存在しないのだ。

 もちろん、最初はそんなことはなかった。数多くの年上の騎士や、妖魔達によって簡単にねじ伏せられ、何度も悔しい思いをしてきた。しかし<力>が強まるにつれ、少しずつカリンの相手ができる者が減ってゆき……いつしか、ずっとその背中を追い続けてきた『あのひと』をも、追い越してしまった。

 終いには、ただ『出陣した』という一報が戦場に伝わっただけで敵軍が逃げ去ってしまうほどに、彼女の名声は高まってしまった。そして、まともに戦うことすらできなくなり――ついには、ひとりになった。

 今朝方、ワルドに稽古をつけたとき。カリンは、突如変貌した彼の姿に驚いた。おそらく『国と家族を守る』という強い決意がゆえに、ワルドは――実の息子のように可愛がっていた青年は、壁をひとつ越えたのだ。昨日よりも明らかに<力>が……それも、数段上がっていた彼が、いつの日か自分と並び、追い越していってくれるのを、楽しみに待っていよう。そう考えていた。

 ところが。そんな期待が胸に宿ったその日のうちに、それ以上の――しかも、最低でも自分と同等かそれ以上の威力を持つ<風>を放ち、かつ明らかに戦闘スタイルの異なる相手が現れた。騎士、いや戦士として、これほどの幸せがあるだろうか。いや、絶対に無い!

 息子が大きな壁を越えた。長年病弱だと思われてきた娘は、実は病気などではないとわかった。そして今――自分の目の前にいるのは。数十年以上探し、求め続けてきた、生涯の好敵手たりえる存在。今日は善き日だ。わたくしは一生忘れないだろう。

「嬉しい。やっと本気で戦える相手に出逢えた」

 カリンは喜びの感情を爆発させ――戦場に本物の『烈風』が顕現した。

 ――ルイズの母親は、本当に『人間』か!?

 いつもの如く自分のペースに巻き込んで、相手を『観察』していた太公望は、突如<力>を爆発させた『烈風』カリンの変貌ぶりに、ただただ驚愕していた。

 『あの』ルイズの母親である。相当な<力>の持ち主であろう。そう当たりをつけてはいたが、まさか、これほどとは! この威圧感、そして溢れ出てくるエネルギーは、かの偉大なる『古き時代の風』殷の太師を彷彿とさせる。

 さすがに、あそこまでの<力>はないものの……もしも彼女が<仙人界>に在ったなら、現時点で幹部級――いや、今後の修行と心得次第で、間違いなく最高幹部の座に就ける程の<器>の持ち主だ。

 太公望は、歯ぎしりした。相手はただの人間。そんな驕りが、自分のどこかにあったことは否定できない。だから、わざわざ試合などを申し込んだのだ。本来であれば回避できたであろうものを、よりにもよって、自分から行ってしまった。

「ふん、上げすぎた評価をリセットするために利用する? 『おちこぼれ』なりの戦い方を見せて納得させようとした、だと? 笑わせるでないわ」

 もっとちゃんと考えてさえいれば、他にも策が。ずっとよい方法があったはずなのだ。まったく……これでは、わしも<力>を発揮せざるを得ないではないか。このわしとしたことが、なんという馬鹿な真似をしてしまったのだろうか。太公望は、そう自嘲した後に改めて気を引き締めると、立ち止まった。

 そして『打神鞭』を構え直した太公望は、カリンへ向き直ると――こう言った。

「わしも、本気で戦おうと思う」


○●○●○●○●

 ――それは、まさに神話の戦いであった。

 『烈風』が唱えた魔法によって出現した8人の<遍在>の一斉突撃を、『軍師』が左手に構えた『打神鞭』の先から発生させた、総数20本もの<風の鞭>によって迎え撃ち、払い退ける。

 その<風の鞭>をかろうじて避け、懐へとかいくぐった、わずかに残る『近衛部隊長』の<遍在>を、全身に、まるでバネような形の風を纏った『参謀総長』が、それだけで一撃必殺となりうる強烈な多段蹴りと、突き上げた拳によって空中へと打ち上げると、頭上に発生させた円輪状の<エア・カッター>を投げつけ、切り裂いた。

 そして、先程のお返しとばかりに本体へ近接(クロスレンジ)での戦いを挑むべく、足元に<強風>を吹かせることで実現した、超高速の前進を仕掛けてくる『拳士』を、手に持った軍杖に纏わせた<風の刃>を盾のように広げることで牽制する『剣士』。

 遙か彼方、天空まで届くほど長大な竜巻に乗って空を舞う『騎士姫』を、全く同じ規模の大竜巻を纏った『魔王』が迎え撃ち、練兵場の中央で、轟音と暴風をまき起こしながら大激突を繰り返す。何度も、何度も。

 トリスタニア中央部にある大劇場『タニアリージュ・ロワイヤル座』の演目にはもちろんのこと、書物にすら存在しない程の、激しくも、凄まじい<台風>ふたりの戦いを前に……観客席に座った一同は、既に畏怖すらも通り越して。ただその場で、見惚れることしかできなかった。

「ま、まさか、あ、あのカリンの『本気』と互角に撃ち合える、だと……!?」

 観客席の肘掛けに乗せた手を握り締め、ラ・ヴァリエール公爵がかろうじて喉の奥からしわがれた声を絞り出すと。

「撃ち合いなどではない、あれは従者殿が受け流した上で、その<力>を利用し、反撃しようとしておるのじゃ! だが、カリーヌ夫人の<力>が強過ぎるがゆえに、流しきれずに受け止める形になっておる。そのせいで、双方決定打を繰り出すことができない。これは、そういう戦いじゃよ」

 『烈風』にその座を奪われるまで、トリステイン王国最高の『天才』と呼ばれたメイジにして、実力者たるオールド・オスマンが、公爵の言葉に反論する。

「これは、まさに『力(パワー)』のミセス・カリンと『技(スキル)』のミスタ・タイコーボーの決戦。そういうことですな!」

 コルベールが、興奮した声で上司の言葉に補足を入れる。

「『烈風』殿のほうが強い。これはわかりきったことだよ!」

「絶対、太公望師叔だ! 経験の差でこっちが勝つ!」

 ギーシュと才人は、手に汗を握りながら、揃って応援合戦に興じている。他の観戦者たちも、彼らと似たようなものだ。『西』異世界・ハルケギニアと『東』地球・中国大陸の英雄同士が繰り広げる東西対抗・異世界大決戦。通常ならば、どんなに望んでも決して見ることなど叶わない、正真正銘『黄金の試合(カード)』だ。

 そんな中。ふたりの『姫』が、おかしなことに気が付いた。

「なぜ、あれほど強い<風>がぶつかりあっているのに、ここまで届かないのかしら」

 ――そう感じていたのは、その純粋さがゆえに身体を損なっていた、春風の姫君。

「どうして、あの<風>はふたつあるのだろう」

 ――疑問を覚えたのは、その過酷な運命がゆえに心を閉ざしてきた、雪風の姫君。

 戦いの均衡が崩れたのは、その直後。カリンが放った巨大な<エア・カッター>を、それまでと同様、極小の<風の盾>で受け流そうとした太公望が、足元の小石に足を取られた、わずかな時間。そのタイムラグにより、弾く角度に微少のズレが生じた。己が犯したミスに即座に気付いた太公望が、大声を上げる。

「守りきれぬ! 才人、デルフで!!」

 唸りを上げて観客席に迫る<エア・カッター>。だが、太公望の声と主人の危機に対し、即座に反応した<ガンダールヴ>平賀才人が、背にした大剣を瞬時に引き抜くと、観客席の前に立ちふさがった。そして長大な<風の刃>を刀身でもって粉砕し、全てを吸収した。

「みんな、大丈夫か!?」

 ――左手に、煌めく剣を持つ才人の姿は、まさに仲間を守る『勇者』にして『神の盾』。彼の手によって救われた人々は、口々に感謝の言葉を述べた。

 そして、決戦に赴いていたふたりの戦いは、そこで終わった。

「わたくしの……負けです」

 『烈風』カリンが、手にしていた軍杖を落とし……そう宣言したことによって。


○●○●○●○●

「わたくしは、ただ戦うことだけに夢中になっていたというのに、彼は観客席まで気に掛けていました。攻撃を逸らす際に、絶対にそちらへ<風>がいかないよう、細心の注意を払っていたのです」

 全員の前で、そう言って力無く笑うカリーヌ夫人。

「母さまの仰る通りです、あんなに強い<風>同士がぶつかり合っていたのに、こちらへはそよ風ひとつ届いていませんでした」

 母親に補足するかのように紡ぎ出されたカトレアの声に、一同は驚いていた。

 風系統に属するタバサ、レイナールのふたりと、オスマン氏とコルベール、ラ・ヴァリエール公爵の大人組は、それを薄々感じ取ってはいたものの、いまいち確証が持てていなかった。だが、カリーヌ夫人の口から直接聞いたことによって、彼らは自分たちの直感が間違っていなかったことを悟った。

「それと。彼がどうして自分を『おちこぼれ』などと言うのかも、理解できました」

 そう告げて『烈風』カリンから、ラ・ヴァリエール公爵夫人カリーヌへと戻った女性は、太公望のほうへ向き直ると、彼の目をじっと見て尋ねた。

「あなたは、風の『スクウェア』メイジなどではありませんね? それどころか『ドット』がせいぜい。それも<念力>と<ウインド>このふたつしか使えない。違いますか?」

 その発言にざわめく一同。あれほどの戦いを繰り広げた達人が『ドット』!? だが、夫人の発言にいち早く反応を示した者がいた。コルベールだ。

「そうか! 私には、不思議でならなかったのです。どうして彼が<遍在>を使わないのかと。使いたくても使えなかった。そういうことだったのですな!?」

 さらに、そこへ補足した者がいた。太公望の『パートナー』タバサだ。

「夫人の言葉で、納得できました。先程の戦いで、彼が使う風が、普通のものと、そうでないもの……何か、別種の<力>が込められたようなふたつの風であることに気が付いてはいたのですが、わたしの『感覚』では、残念ながらそこまでしか判断がつきませんでした」

 タバサの発言に、

「こればかりは、実際に両方の<風>を何度も受けないとわからないでしょう」

 そう言って微笑んだカリーヌ夫人は、再び太公望へ向き直った。

「最初は、手加減をされているのかと思いました。でも、あなたの風からは、そのようなものは感じませんでした。そして、あの『守りきれない』という声を聞いて確信したのです。あなたは<遍在>を出せないと。けれど『トライアングル』レベルでは、到底扱いきれない風を纏っている。これはいったいどういうことなのかと、わたくしは疑問を覚えたのです」

 まっすぐと自分を見返してくる太公望の視線を受け止めながら、カリーヌ夫人は続けた。

「吹いてくる風の質が、どこか普通のものと違っている。そこでようやく気付いたのです、あなたが魔法を完成させてから放つまでの時間が、異常なまでに速いことに。つまり、短い詠唱で済む呪文を用いているのだと。そこまで考えるに至って、やっと分かったのですよ。あの竜巻は<ストーム>に見せかけた<ウインド>。刃は<エア・カッター>のように形作られた<念力>。あなたは<力>を偽装していた」

 まるで、事件を解明しようとする名探偵が如く、カリーヌ夫人は持論を展開する。

「あなたは、2種類の魔法を使い分けることによって、自分の<力>を大きく見せかけていたのでしょう? 昨夜語ってくれた『自然科学』の知識と知恵、そして磨き抜かれた技を駆使し、いろいろな形の風を吹かせることによって。そう……最小限の<力>を用いて最高の<威力>を発揮させる。あなたの先生は、正しい『道』を示されていたのですね」

 カリーヌ夫人の『最後通告』に、太公望は片手で顔を覆った。

「完敗です、カリーヌ夫人。まさしくその通りです。わたくしには、それしかできないのですよ。これまでずっと隠し通してきたというのに……参りました」

『動かすこと、<力>を込めること、吹かせることしかできないというのがより正確なところであるが』

 内側の『声』を聞いていたカトレアも、これで納得した。あのとき聞こえてきた言葉は、内心での比喩的表現ではなく、事実だったのだ。『ハルケギニアで言うところのドット』。本当に、彼は『ドット』メイジだったのだ。しかも<念力>と<ウインド>しかできないという、通常の『ドット』にすら届いていない存在。一般的なメイジの感覚からすれば、完全におちこぼれだ。

「待ってよ! ミスタは火の『トライアングル』以上だって、前に学院長が……!」

 そのルイズの発言に、太公望は首を横に振った。

「確かに、その気になれば火も扱えます。ですが、わたくしは自力で魔法による火を灯すことができないのですよ。杖で薪を叩いて火花を起こしたり、松明などの炎に風を重ねることによって、ようやく火メイジのような事象を起こすことが可能となるのです」

 太公望は、そう言い終えた後……カリーヌ夫人に向けて頭を垂れた。

「と、いうわけで……この勝負はわたくしの負けです、カリーヌ夫人。退役済みとはいえ、一度は国から軍を任された元帥。しかも参謀総長たるこのわたくしが、よりにもよって自軍の作戦と戦力を完全に見抜かれてしまった。これは戦争で例えれば、絶対的な敗北に等しいことですから」

 だが、カリーヌ夫人はその言葉に異を唱えた。

「何を言うのです。わたくしは、国や民草を守るべき騎士でありながら、その本分を忘れ、戦いの楽しさに酔ってしまった。しかも、周囲の状況すらわからなくなるほどに。あなたが負けだと言うのなら、わたくしこそが真の敗北者です」

「いや、わたくしめの負けです」

「いいえ、わたくしが」

 やいのやいのと言い合うふたりに、座席から立ち上がり、苦笑しながら近寄って行ったのはラ・ヴァリエール公爵であった。彼は、さも難しげな顔をしながら伝説の騎士と参謀総長を見比べると、こう告げた。

「さて、これはどうしたらよいものか。ふたり揃って負けを主張するとは」

 そう呟いて、オスマン氏をちらりと見る。その視線に、オスマン氏はまるでいたずらっ子のような目を向けて「これは難問だ」などと呟き、何かを考えるようなそぶりを見せた。

「まったくもって、難しい問題じゃの。あれほどの名勝負が繰り広げられたというのに、目の前にいるのが敗者だけだというのは。これは、あってはならないことだとわしは思うのじゃが、どうかね? ここにいる皆は、どう思う?」

 答えを聞くまでもなかった。何故ならば、彼らの顔はみんな輝いていたから。それを見たオスマン氏は、ラ・ヴァリエール公爵に向けて、笑顔で頷いた。それを見た公爵は、高らかに宣言した。

「この勝負に、勝者も敗者もない。よって……引き分けとする」


○●○●○●○●

 ――そして、夕食後。

「まさか、ミスタが『ドット』だとは思わなかったよ」

 未だ興奮冷めやらぬといった様子で、声をかけてきたギーシュに対し、太公望はこう言った。

「おぬしは、最近『ライン』に上がったからのう。とうとう追い抜かれてしまったわ。教え始めた頃は、わしにいちばん近いタイプのメイジだと思っておったのに」

 <錬金>による、ゴーレム7体の複数同時操作。言われてみれば、今日太公望が見せてくれた<風の鞭>20本の『同時展開』も、実は<ウインド>によって行われていた。

 同じ指揮官タイプでもあるし、系統や手法こそ違えど戦い方自体はそっくりだ。いつの日か、自分もあの<鞭>のように、たくさんのゴーレムを扱えるようになるのだろうか。そんなことを考えていたギーシュに声をかけてきたのは、カリーヌ夫人だ。

「あなたは、グラモン伯爵のご子息でしたわね? お父さまも、ゴーレムの操作がとてもお上手ですもの。やはり、血筋なのでしょう。わたくしが騎士見習いだった頃、彼は『トライアングル』でね。見事なゴーレムで、よくわたくしたちを助けてくれたのよ」

 そう言って笑顔を見せたカリーヌ夫人は、今までとはまるで別人のように柔らかな表情をしていた。

「それにしても。あんなに多くの<風の鞭>を出せるメイジなど、今まで見たことがありません。わたくしでも、同時に8体の<遍在>が限界です。やはり、あれは訓練と実戦によって磨かれたものなのでしょうね」

「それもありますが『自然科学』の知識が大きいですな。それと『複数思考』。これを組み合わせて……現時点で、<鞭>だけでよい状況ならば、最大24本はいけるかと」

「まあ! では、残りの4つは……ああ<盾>と<風移動>それと<円輪>に回していたのですか」

「その通りです。この域に達するまで、実に60年かかりました……」

 老メイジならではの熟練した技。正直なところカリーヌ夫人は、天使の『祝福』によって若返り、人生のやり直しができているという太公望が羨ましかった。しかし、彼女はすぐに思い直した。今のわたくしは、過去によって築かれたものだと。

 そこに、新たな声が加わってきた。ラ・ヴァリエール公爵だ。

「ところで、ひとつ聞きたいことがあるのだが……かまわんかね?」

「どういった内容でしょうか?」

 太公望の返事に、うむ。と、頷きながら公爵が口を開いた。

「君が本気を出す前。あの戦い方の意図だよ。最初は、相手の<精神力>切れを待つ作戦ではないかと考えたのだが、それならば、最後まで貫き通せばよかったはず。にも関わらず、それをせずに真っ向勝負を仕掛けたのは何故だね?」

 その質問に、太公望は思わず苦笑して答える。

「最初のあれはですな、夫人の『実力』を測らせていただいていたのです。魔法の威力や、攻撃が届く範囲、得意な戦法、逆に苦手なものは何なのか。まず、相手を徹底的に調べる。これは、戦いの基本ですからな。国元で『回避だけなら史上最強』などと陰口を叩かれたほど、逃げ足には定評があるわたくしだからこそ取れる戦法ですが」

 ラ・ヴァリエール公爵は感心すると同時に、呆れた。まさか、そんな意図で『最強』を挑発するような真似をしたのか、この男は……と。しかし、ふとそこに至るまでの太公望の言動を思い返す。確かに、カリンと全力で杖を交える機会などまず訪れないし、彼女の実力を見ることで、今後の指針とする。そこまで考えていたのか。

 素直にその考えを口にしたラ・ヴァリエール公爵に、太公望は頭を掻きながら、心底恥ずかしそうな顔をして言った。

「自分の勇猛ぶりや賢さを、周りに証明したくてたまらない年頃に……ろくに情報を集めぬまま、敵の本拠地へ潜入したことがありましてな。で、結果は大失敗。あっさり捕えられ、牢へ放り込まれた挙げ句、公開処刑されそうになったという経験がございまして」

 この発言に、全員がぎょっとした。カトレアなど、

『あの時のことは、未だ夢に見るわ……』

 などという『付随する声』を同時に聞いてしまい、身震いした。

「いや~あの時は本当に、もう自分の一生はこれで終わったのだと絶望したのですが、幸いなことに、今まさにこの命を奪われるという寸前で、仲間が――今、わたくしの横に座っている才人の親族たちが決死の覚悟で刑場へと乱入し、助け出してくれたお陰で、九死に一生を得たのですよ」

 その言葉に、全員の視線が才人へと向かう。先程の剣技といい、持っている<マジック・ウェポン>と思しき剣といい……この少年只者ではないと思っていたが、ひょっとすると彼の家に仕える<メイジ殺し>の一族があり、そこの出身だったりするのか? などと判断したラ・ヴァリエール公爵。

 既に『武成王一族』の話を聞き及んでいた才人を含む魔法学院のメンバーは、これも彼らの武勇伝のひとつか! と、大人しく話に聞き入っていた。

 公爵夫妻は、しばし絶句した後、互いに目を見合わせた。何故なら、彼らはかつて、ものすごく似たような話を、どこかで聞いた……いや、実際に体験した覚えがあったからだ。

「彼ら一族に窮地から救い出される前。わたくしは処刑台の上で、こう思ったのです。どうして自分は、失敗したときのことを考えなかったのだろうかと。何故、相手を全く知らずに敵地へ潜入するなどという、愚かな真似をしたのだろうかと。そして、死の足音が聞こえてきた時になって、ようやく気が付いたのです。勇気と無謀は別物なのだ……と」

 俯きながら、深いため息をついた太公望。

「そんなわけで、魔法学院の生徒たちに無謀がどうこう言える筋合いはないのですよ、そういった意味では。まあ、とにかくそれ以来、わたくしは事に当たる前に必ず、徹底的に情報を集めるようになりました。そして、それを元に有利に戦いを進めるための術を学んできたのです。ですから、あのような戦法を採った次第でして」

 そう言って自嘲する太公望を、その場にいた全員が見つめた。ああ、だからあそこまで徹底的に情報集めをしようとするのか、そう考える者たちと。彼にもそういう時期があったのだなあ、最初から今のような判断力があったわけではないのだ。と、少しだけ親近感がわいた者たちと。失敗したときのことを考える、その意味を深く胸に刻んだ者もいた。

 よりにもよって、公開処刑にされかかるとか、無謀な敵地潜入とか……彼は、若い頃の自分とそっくりではないか。そう思い、なんだか目の前の男に共感を覚えてしまったカリーヌ夫人は、再び若い頃を思い出していた。あのひとの口癖。若さゆえに無茶ばかりするカリンを諫めるために、上司だったあのひとが、よく口にしていた言葉。

『勇気と無謀は別なんだ』

 目の前にいる彼は、自力でそこに辿り着いたけれど、わたくしは……どうだったろう? そう振り返ったカリーヌ夫人は、あのひととの過去に思いを馳せた。最初は、騎士になることが目的だった。その次は、彼に追いつくことが目標となり――いつしか、その隣に立ちたくなった。

 と、ここで彼女は、ふいに良いことを思いついた。それを行うために必要な条件を確認すべく、探りを入れる。『烈風』カリンらしく、真正面から――まっすぐに。

「ところで、あなたは今……お独りですの?」

 ピクリ。このカリーヌ夫人の発言に、その場にいた全員の神経が耳へと集中した。

 ――これは、まさか『あの手』の話か。太公望は即座に気が付いた。

 かつて、太公望が殷打倒のため周軍を率いて敵の王都・朝歌を目指していたときのこと。不意を打たれ、周の王を含む複数名の人質を取られてしまった。それを行ったのは<金鰲>の公爵だった。その上で所謂『バトルマニア』だった公爵は「人質を返してほしくば、自分たちと戦え」という要求を叩き付けてきたのだ。

 そこで太公望が相対したのが、3人の女性――公爵自慢の妹たちだった。太公望は、この戦いで、そのうちのひとりを『策』によって陥れた。具体的には、自分に惚れさせるような言動を取ることによって、同士討ちを狙ったのだ。彼の策は、見事に成功。三姉妹は完全に無力化され、太公望は(ある意味で)壮絶な戦いに勝利することができた。

 ……と、ここから先が太公望にとっての失敗であり、誤算だったのだが。『美の女神』を自称する公爵家の長女は、卑劣な罠に嵌められたにも関わらず――なんと、太公望のことを『運命の相手』だと思い込んでしまったのだ。

 その後、彼女の兄である公爵を打ち倒した際に、よりにもよってその公爵は、末期の言葉として「妹たちを頼む」などと言い残して昇天してしまい……そのせいで、太公望は『自称・美の女神』から完全に婚約者認定され、以後ずっと、彼女を含む姉妹たち全員に付きまとわれるようになってしまった。

 性格は、ものすごく良い娘なのだがなあ……つい、当時の彼女たちを思い出し、血を吐きそうになった太公望は、当然の如く警戒した。違う可能性もあるが、もしもソレ系の話題だったりしたら本気で困ると。とはいえ、この場面で下手に断ろうものなら、公爵家に恥をかかせることになる。よって、太公望はこう切り返した。カトレアに『掴まれ』ないように、身の回りに関する真実のみを、表に出すことによって。

「3人の娘には土地屋敷と財産を残して参りましたし、曾孫同然の娘は周の国王陛下の元へ嫁いでゆきましたから、あとはのんびりと、ひとり悠々自適の楽隠居生活を送るだけだと、こう考えております。見た目はともかく、この歳ですから」

 なお、土地屋敷云々の話は事実である。こういうところは意外と義理堅い男なのだ。国王のところへ行った親戚筋の娘については、彼女が自分の意志で嫁いでいったので、太公望自身は全く関係ないのだが。

「なぬっ!? 娘3人だけでなく、曾孫までおったのか! いやはや……君は正真正銘のジジイだったんじゃのう」

「だから、おぬしのような狸ジジイにジジイ呼ばわりされる筋合いはないと、何度言わせればわかるのだ!」

 オスマン氏のボケに、ツッコミ返す太公望。もはや完全に漫才である。

 これを聞いてしょんぼりしてしまったのはカリーヌ夫人だ。さすがに、母親としては子供3人――おまけに曾孫までいるような男に、可愛い娘を嫁にやるわけにはいかない。たとえ相思相愛だとしても。どう考えても、苦労するのが目に見えているからだ。かつて夫と、

「もしもカトレアの病気を治すことができる男がいたら、たとえそれが平民であろうとも、娘婿にしてやってもいい」

 などという話を戯れにしたような覚えがあったのだが、これでは無理だ。もしもカトレアにその意志があったとしても、彼自身にその気がなければ話にならない。カリーヌが女親であるからこそ、これは余計に自分の娘には持ちかけたくない縁談だ。全く同様の理由で、長女のエレオノールに対しても言えない内容である。

 ――彼がわたくしの息子になってくれれば、毎日あのような楽しい戦い――いや、素晴らしい訓練ができるなどと、わずかに、いや、少し。そう、ほんのちょっとだけ考えてしまったカリーヌ夫人は、深く反省することにした。で、でも、歓待中にあと1回くらいなら……などと考えているあたり、彼女はやはり懲りていないのであった。

 そもそも齢80を過ぎ、既に枯れたジジイ(ハルケギニア風に言うところの使い魔談)である太公望は、元々そっち方面に関しては、全くと言ってもいいほど興味がないのだ。と、いうよりも。そういう時期はとっくに過ぎ去ってしまっているので、こういった話を持ちかけられること自体が面倒極まりないことであるのだが、周囲はそう取らないから困ったものである。おもに、親友を応援している赤毛の娘が。

「タバサ。障害は多いほうが燃えるものよ?」

「意味がわからない」

 それにしてもと太公望は思った。完全に結果オーライ。今回行った『本気の戦い』以降については、観客席の防衛と<盾>による魔法の受け流し以外、ほぼ無策に等しかったにも関わらず、この結果。カリーヌ夫人に試合を申し込んだおかげで、色々助かったわ、と。

 あの<生命力>を込めた風と、普通の風の使い分けを見抜かれたのは正直痛かったのだが――逆に言えば、カリーヌ夫人とタバサ以外には見破られなかった。それが判明したのは、太公望にとって大きな収穫だ。今後微調整をかければ、より分かりづらくできるであろう。

 また、全く別の角度から『おちこぼれメイジ』という印象を持ってもらえた。それに、自分の<力>や知識全般を、年齢と経験による熟練の技によるものだと、ある程度納得させることができた。こればかりは、いくら言葉で言ってもそうそう理解してもらえないようなことだっただけに、ハッキリ言って嬉しすぎる。

 しかもだ。あの勝負によって、自分が軍人でありながらも他者を常に気遣う、戦いよりも守りを優先する性格であると、ラ・ヴァリエール公爵家の者たちに納得してもらうことができた。そのおかげか、例の『ルイズの系統』に関連すると思われる会談について、秘密裏に持ちかけられている。

 おまけに。あの<エア・カッター>を打ち消した剣技のおかげで、才人の評価まで上がった。ハルケギニアでは、魔法を使えない者を蔑視する者たちがいるが、少なくともこの公爵家において、以後才人がそういった扱いを受けることはないだろう。なにしろ、ラ・ヴァリエール公爵自ら声をかけ、礼を述べていたくらいなのだから。

 あとは「老齢による精神的疲労から、頼られすぎるのがもう嫌なのだ」といった<空気>を作り出し、蔓延させることができれば最高だ。それに関しては、改めて検討を重ねておくこととしよう。今度こそは、慎重に。

 ――ようやく1個、借りを返してもらえたな。正直助かった。太公望は、この世界に来て初めて『始祖』ブリミルに対し、心の中で感謝の言葉を述べた。


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