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 ←第52話 軍師 対 烈風 -BATTLE OVER- →第54話 学者達、新たな道を見出すの事
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「雪風と風の旅人」
伝説と神話の戦い

第53話 歴史の重圧 -REVOLUTION START-

 ←第52話 軍師 対 烈風 -BATTLE OVER- →第54話 学者達、新たな道を見出すの事
 ――ラ・ヴァリエール公爵家での歓待3日目の朝。

 カトレアは、例の『感覚の網』の調整方法について、長女エレオノール立ち会いのもと、早速太公望から教えを受けることになった。何故エレオノールがついているのかというと、本人の好奇心のみならず――可愛い娘が、若い男(実際には年寄りなのだが)とふたりきりになるという状況を、彼女たちの父親が嫌ったからである。

 ちなみに、ふたりきりどころか侍従たちが大勢側に控えているので、万が一にもおかしなことには為り得ないのだが、それでもやはり娘たちが心配なのであった。ラ・ヴァリエール公爵は、かつて長女が評したように、娘には本当に甘いのだ。

「その状態から手元に……そう、全身でたぐり寄せるようにしてみてください」

『そうだのう、ベッドからシーツを思いっきり引っぺがすような感じで』

「は、はいっ」

 笑いを堪えながら、言われた通りにするカトレア。太公望は、己の『感覚』で、カトレアが『網』を引き寄せるさまを観察する。そんなふたりを、興味深げに見守るエレオノール。

 それから、わずか数時間後。カトレアは、ほぼ完璧に『網』の出し入れが可能となり――太公望は、彼女の飲み込みの良さに舌を巻いた。その上で、こうアドバイスした。

「まだ出し入れしかできない状態ですが、もっと練習を積むことで、より細かく『網』を調整できるようになるでしょう」

『あえて心の声を聞かないで済むよう、完全に遮断することも可能になるはずだ』

 そう教えられたカトレアは、このまま全てを聞いてしまうのは、なんだかもったいないと感じた。できれば、この面白いおじいさんと、もっとお話がしたいと思った彼女は、本人にお伺いを立ててみることにした。

「あの、歓待の期間中では、全部覚えきれないと思うんです。ですから、ミスタさえよろしければ、どのくらい先になるかはわかりませんけれど、わたしの身体が完全に治ったら……そのときに、また色々と教えていただけませんか?」

 その願いに、太公望は頷いた。

「ご両親と我が主人の許可、それと、わたくしが時間を取ることができましたら」

『世の中は、ギブ・アンド・テイクだ。わしはな、桃が大の好物なのだ』

 カトレアの顔が、ぱっと輝いた。

「許可なら、ちゃんと貰います! もちろん、桃もたくさん用意しますから」

「では、お身体の調子が良くなったら、わたくし宛てにフクロウを飛ばしてください。詳細については、それから決めたほうがよろしいでしょう」

『これこれ! 桃のことは表へ出していないのだから、口にしては駄目だ。その調子では、心の声が聞かれていることが周囲にバレてしまうぞ。元気になったら、おぬしは外の世界へ出て行くことになるのだから、くれぐれも気をつけねばのう』

「わ、わかりました」

 親に叱られた子供が影でやるように、ちろりと舌を出して見せるカトレア。すまし顔の太公望。そんな彼らのやりとりを見て、顔中に疑問符を浮かべるエレオノール。

 それから数回ほど練習した後、昼食の時間になったためにお開きとなったのだが……その際に、さりげなく太公望と再開の約束を取り付けたカトレアに同席を依頼して、これを快く受け入れられたエレオノールが、妹とがっちりと握手を交わしたのは、また別の話――。


○●○●○●○●

 ――そして、昼餐後。季節の花が咲き乱れる庭園に設置されたテーブルに着き、異国から特別に取り寄せたとされる高級なお茶を楽しみながら歓談をしていた際に、コルベールがふいに呟いた。

「メイジのランク評価は、本当に現状のままでよいのでしょうか」

 それを聞いて、思案顔になったのはオスマン氏を始めとする大人組である。

「確かに、ミスタ・コルベールの言う通りじゃ。昨日のアレを見てしまってはのう」

 オスマン氏の言う昨日のアレとは、風の『スクウェア』メイジ『烈風』カリンと、同じ風の『ドット』以下である太公望の試合についてである。

 その意見に、研究者であるエレオノール女史も頷いた。

「ええ。これまで、疑問に思うことが少なかったのですが……あの戦いを見てしまっては、認めざるを得ないと思いますわ。これまでの常識では『ドット』が『スクウェア』と互角に戦えることなど、考えられませんでしたから」

 と、これに異を唱えたのが彼女の父親ラ・ヴァリエール公爵だ。

「いや、そんなことはないぞ。わしは、実戦経験豊富な『ドット』が未熟な『スクウェア』を凌駕する場面を、何度も見てきた。もっとも、今回の試合は双方共に熟練者同士のぶつかり合いであったわけだから、エレオノールが言いたいことも理解できるが。だが、それ以上に問題なのが、あの<風の刃>だ」

 立派な口髭をしごきながら、ラ・ヴァリエール公爵は続ける。

「どうも我がヴァリエール家の者には、カリンを基準にしてメイジの実力を測ってしまうようなところがあるが、一般的な『スクウェア』メイジには、あのような高出力の攻撃魔法は撃てない。それが『ドット』ならば、言わずもがなだ。つまり、同じ『スクウェア』同士でも、持っている<精神力>に個人差があるのは明白だ。にも関わらず、ドット・ライン・トライアングル・スクウェア。この4つしか能力を示す指標が無い」

 オスマン氏は頷くと、教育者としての意見を述べた。

「公爵閣下の仰る通りですじゃ。同じランクにあるメイジに<力>の差がありすぎる場合、より正確に評価するための土台が一切無いのは、やはり問題かと。魔法学院の実技テストでは、1つの呪文ごとに、その巧みさを評価することで点数をつけておりますが、各個人の持つ<精神力>の大きさについては測りようが……」

 オスマン氏は、ここまで語ると、近くの椅子に腰掛けていた太公望へ視線を向けた。それを「説明してくれ」という合図と受け取った彼は、口を開いた。

「ハルケギニアでは、我が国のように個人が持つ<力>の量を測るための技術が失われている、あるいは存在しないようですからな。かといって、わたくしの持つ手法をお教えしようにも……と、すみません。ここからは『異端』すれすれの内容になってしまうのですが、お話をしても……?」

 『異端』と聞いて、ラ・ヴァリエール公爵はピクリと眉を動かしたが、あくまで「すれすれ」であるということらしいので、話を続ける許可を出した。

 くどいようだが、このハルケギニアでは生活と宗教が密接しているため『異端』つまり『神の教え』から外れるような行為は、大きな『罪』であると認識されるのである。公爵の反応は、これでも大人しい部類だ。相手によっては、その場で吊し上げられかねない。異端とは、それほどまでに畏れられているものなのだ。

「ありがとうございます。わたくしどもが持つ<フィールド>と呼ばれる技術の中に、普段は目に見えないものを視えるようにするといったものがあります。実は、これのおかげでルイズお嬢さまの失敗の原因を、完全に特定することができたわけでして」

 なるほど、といった風情でエレオノールが頷く。

「つまり、あの子の<精神力>が大きすぎる状態であるということを、その<フィールド>というものを使うことで、目で見ることができたから……と、いうことですわね?」

「その通りです。そして実は、カトレア殿の体調不良についてわたくしが『掴めた』のは、この<フィールド>を展開する上で必要な技術と知識、その初歩を会得していたからです。これは、本来戦闘用、かつ相当な実戦経験を積まなければ覚えることが困難であるため、取得を希望する、一部生徒にのみ教えるに留めております」

 この一部生徒とはタバサのことだ。現在太公望が彼女に教えている『力の流れを掴む』『流れを視る』技術がそれだ。最近では、本人の努力の成果が実り、そろそろ実戦投入できるのではというところまで『掴む』能力が上がっている。カリンと太公望の戦いを観ていた者たちの中で、唯一彼女だけが太公望の『使い分け』を感じ取れていたのがその証拠だ。

 ――ちなみに、この技術の初歩の初歩の初歩が『瞑想』であり初歩の初歩が『力の蓄積』にあたる。

「できれば、この技術をわしにも教えてもらいたいくらいなのじゃが……本当に異端すれすれであるため、さすがに魔法学院内で、大々的にこれを使った授業を行うわけにはいきませんのじゃ。実に勿体ないことですわい」

 オスマン氏の言葉を聞いて、一斉にため息をつく大人たち。もしもこの技術が魔法学院にあれば、生徒たちの教育レベルを上げる――すなわち、大幅な国力増強の役に立てられるにも関わらず、手を伸ばすことができないのだから、当然だ。

 これは、ある意味ブリミル教の<力>が強すぎるがゆえの弊害だろう。ハルケギニアに『異端』などという概念がなければ、即座に採用したいほどの技術なのだから。

 気まずげな空気が漂う中、それを振り払うようにオスマン氏がひとつ咳をすると、太公望に向かって尋ねた。

「ちなみに、わしが以前見せてもらったところによると、ミス・タバサとミスタ・タイコーボーの<精神力>の大きさは同等。いや、ミスタのほうが少し大きかったわけじゃが……君の『感覚』だと『烈風』カリン殿の<力>は、どの程度と視た?」

 オスマン氏の発言に、全員の視線が太公望へと集まった。確かにこれは気になる内容である。そのリクエストに、太公望は額に汗を流しながら応えた。

「いやあ……正直、あれには鳥肌が立ちましたぞ。『烈風』カリン殿が本気になられた際の<精神力>の大きさは、なんとルイズお嬢さまと全く遜色ございませんでしたので」

 そう語る太公望の言葉に、当時ルイズの<大樹>を視ていた者たちは仰天した。

「なんですと!」

「さすが『烈風』殿だ!」

 彼らの反応に、何事かという表情をするラ・ヴァリエール公爵家一同。そして、彼らはオスマン氏の口から説明を受けて驚いた。

 なんと、末の娘が持つ<精神力>の器は、現在トリステイン魔法学院の生徒の中で、唯一の『スクウェア』にして実技試験最優秀であるタバサの10倍を軽く越えるほど大きなものだというのだ。

「つまり、ルイズはわたくしを越える可能性を秘めているというわけですわね?」

 そのカリーヌ夫人の言葉に、強く頷くオスマン氏。

「だからこそなのです。それほどの才能を持つミス・ヴァリエールの<力>を正しく評価するどころか、おちこぼれ扱いをしてしまっていた現在の評価方法に疑問を覚えたのは。それが確信に変わったのが、昨日の『烈風』殿と、ミスタ・タイコーボーの戦いです。本当に、このままであってよいものかどうかと」

 苦悩に満ちたコルベールの言葉に、一同が沈黙した。確かに、本来であれば<爆発>などという現象を起こせるのは、相当に優秀な火系統のメイジだけなのである。他系統でも、膨張による破裂を起こすことはできるかもしれないが、それには高度な知識と技術が必要となる上に、そもそも破裂であって爆発ではない。

 静寂の中、最初に声をあげたのは、エレオノール女史であった。

「ミスタ・コルベールの仰る通りですわ。先程、父も言っていましたが――同じランクにあるメイジでも、明らかに<精神力の器>に個人差があるのに、4段階しか評価基準が無い。これは重大な問題だと、わたくしも考えます」

 エレオノールの言葉に、オスマン氏が同意の声を上げ、さらに補足する。

「従来のドット・ライン・トライアングル・スクウェアの4つを、系統を重ねられる数のみを示すものとし、将来<精神力>を測る技術の採用が可能になった際に、これらとは別に、新たな指標を作っていければよいと、わしは思うのじゃが……」

 と、ラ・ヴァリエール公爵が顎に手をやり、何かを考えるような顔をする。

「ふむ。確かに異端すれすれの内容ではあるが、考慮に値する内容ではあるな。オールド・オスマン、そしてミスタ・タイコーボー。後でそれに関する話を聞きたいのだが、構わないだろうか? 内容が内容であるため、できればわしを含む3人だけで。そうだな、今夜――夕食後に」

 本当はもっと早く聞いておきたいのだが、これから公務があるため、席を外さなければならないのだよ。ラ・ヴァリエール公爵が、実に残念そうな顔をしてそう言うと、ふたりは了承の意を伝える。公爵は、さらにタバサにも太公望を借り受ける旨確認を取ると、彼女は、もちろん構いません。という返事でもってそれに応えた。

 エレオノールが、その会談に混ぜてもらいたそうな顔をしていたのだが……国営に関わる内容だと推測されるため、残念だが許可は得られないだろう。そう判断した彼女は、自分の希望を口に出さずにいた。それを見たカトレアが、くすくすと笑っていた――。


○●○●○●○●

 ――夕食後、ラ・ヴァリエール公爵家の一角にある談話室にて。

「ハハハ、実に自然な会話の誘導でしたな。さすがはオールド・オスマン」

「ま、そのためにミスタ・コルベールに、あえてそれらしい話題を、わざわざ前もって振っておいたからのう」

「お陰で助かったわ。わしとしても、これでだいぶ話しやすくなった」

 ……そう。この対談への流れは、実はオスマンとラ・ヴァリエール公爵による合作だったのである。そこに太公望が誘われた結果、非常に自然な形で『密談』の約束を取り付けることができていた。

 ところで、この会話において、太公望が例の胡散臭い敬語を使っていないのは、ラ・ヴァリエール公爵の許可……と、いうよりも要望によるものだ。

 さすがはトリステイン最大の権勢を誇る大貴族である。例の身分と年齢バラシ以降、太公望があきらかに無理をして、いかにもそれらしく喋っていることに気が付いた公爵は、普段通りの形で語り合おうという提案をし――全員同意のもと、それが行われていた。

 なお、公爵は例の『天使の祝福』について、カトレアの『勘』の裏付けを取るため、昨日練兵所から屋敷へ戻った後、すぐに問い合わせの高速フクロウ便を『ジャコブ新村』に宛てて送り、今日の夜――つまり現時点で、既に返事を貰っている。

 よって、彼は本当に『祝福』の存在があることを知った。そして、目の前の『少年』が、実際には自分よりもずっと高齢であることを素直に受け入れることができた。いくら娘の『勘』の良さを理解していても、それだけで、全てを信用するわけにはいかないからだ。このあたりは、さすがに国境を守る重鎮だけあって、慎重に慎重を重ねている。

 これらを前提とした上で、彼らは改めて語り始めた。ルイズの系統について。そして、ラ・ヴァリエール公爵は驚愕の真実を知ることとなった。

「そんな……! 彼と、あの少年が使い魔だと言うのかね!?」

「そうじゃ。ミスタ・タイコーボーの場合は、あくまでお互いの魔法が、何らかの理由で衝突したという『事故』によって、無理矢理呼び寄せられてしまったわけじゃが……サイト君は違う。ミス・ヴァリエールが<サモン・サーヴァント>によって、ここハルケギニアに呼び出した伝説の使い魔にして『神の盾』ガンダールヴじゃ」

 オスマンの言葉に、思わずゴクリと唾を飲み込んだラ・ヴァリエール公爵。それはそうだろう、まさか自分の娘が人間を召喚していたなど、思いもよらなかったのだ。しかも、それが伝説と呼ばれる使い魔であることなど、想像の埒外にあった。

「オールド・オスマン。その<ガンダールヴ>とはいったい、どのような……?」

「うむ。かつて『始祖』ブリミルが使役したとされる使い魔のことじゃ。あらゆる武器を使いこなす能力を持ち、左手に握った魔法を吸収する<インテリジェンス・ソード>『デルフリンガー』の補佐を受け『始祖』の身を守る『盾』として働いた勇者的存在だと伝えられておる。一部には、ロマリアの伝承に残る『聖者』エイジスこそが、この<ガンダールヴ>だという説もある」

 オスマン氏から話を聞いたラ・ヴァリエール公爵は、身体が冷えていくのを感じた。可能性であってほしかったものが、現実となって近付いてくる。その足音が、ゆっくりと聞こえてきたから。

 観客席を襲った流れ弾を、たったの一撃で切り裂いた剣技。あの『烈風』カリンが全力で放った<エア・カッター>を吸収した、光り輝く剣。かの少年は、まさしく『神の盾』に相応しい存在であったではないか。

 しかも、彼の左手――現在は布手袋によって隠されているそこに刻まれたルーンと同じ、<ガンダールヴ>を持つ使い魔を使役していたのは『始祖』ブリミル。つまり……。

 そんな公爵に追い打ちをかけたのは、太公望だ。

「時間がなかったため、オスマン殿にはまだ話していなかったのだが……ここで打ち明けておく。実は、ごく最近の調査で判明したのだが。わしと才人は、なんと海を隔てた隣国から呼び出されておったのだ。しかも、才人は本当に、例の『武成王一族』の血族である可能性が高い」

「なんじゃと!? それはいったいどういうことかね!」

 そして、太公望は語り始めた。『異世界』『時代の違い』ということは伏せ、あくまで隣国であることを強調した上で――例の<力在る者>つまり、仙人たちの考え方を説明した。地球の『始祖』については、当然のことながら話さずに。また、東方の全域ではなく、あくまでこれは自国と近隣諸国限定であるという保険をかけることにした。

「なんと! 君の国や近隣諸国のメイジたちは『始祖』の考えを、あらゆる者に分け与えられた慈愛を『平和と平等の意志』と受け取り、そしてそれを尊重した上で、平民を魔法で支配することを良しとせず、あえて浮遊大陸へ移住するなどという選択をしたのか……」

 メイジ――<力在る者>たる貴族が、平民たちを支配する。これを当たり前として生きるハルケギニアの民としては、正直なところ、脳天を木槌で叩き割られるほどに衝撃的な価値観であった。

「そうか! じゃからサイト君は、自分たちの国や同盟国には『魔法が存在しない』と完全に信じ込んでおったのじゃな! それに『スカウト』か。それならば魔法が秘匿され続ける理由も、彼が魔法がないと言い続けてきたことも納得できる」

 自分の知らぬ、どこか遠い場所に『違う世界』がある、ということについてはまだしも、魔法が無いというただ1点について、どうしても信じられなかったオスマン氏は、これで才人の言動や、例の『竜の羽衣』について、完全に納得してしまった。特定の者にしか魔法に関する情報が開示されていないのであれば、知らない者たちが魔法のない生活を送っているのは、ある意味当然のことだからだ。

「だが、結局はそのせいで、長きにわたる戦乱の時代が始まってしまったことを考えると、ここハルケギニアのメイジと我ら諸王国、いったいどちらの選択が正しかったのか? そんな比較をすること自体、おこがましいことであると、わしは考えておる」

 それをふまえた上で……と、太公望はさらに語る。『武成王一族』について。また、本来才人は<仙人骨>も<力>も持たないごく普通の少年ではあるものの、ルイズと何らかの縁があるのは確かであるし、1億もの人口を有する超大国の出身者であることや、近い将来『始祖の盾』という重要な役割を任される可能性を考慮し、彼が不当な扱いを受けたりしないよう、念押しの意味で説明を加えた。

「武成王の一族には、昔から『武器』の扱いに長けた、特殊な<力>を宿す者が多く現れるという特徴があるのだ。よって、才人が<ガンダールヴ>に相応しい存在として<サモン・サーヴァント>に選ばれた可能性が非常に高い。また、かの少年は非常に発想力が豊かだ。実は、ルイズがたったの1週間で空を飛べるようになったのは、才人の補佐があってこそなのだよ」

 太公望の発言に、オスマン氏が同意する。

「確かに、サイト君の発想はメイジの常識を覆すようなものが多い。<念力>で箒を浮かせて、それに座ることで空を飛んでみたらどうか、などという発言が飛び出してきたときは、全員が驚愕しましたぞ」

「いや、あの発想はなかったわ」

「うむ、まったくじゃ」

 などと言いながら、顔を見合わせうんうんと頷くオスマン氏と太公望を見て、公爵は仰天した。確かに、そんな発想は普通なら出てこない。

「当初は、まだ爆発の危険があったからこそ、安全策として才人が出してきた案なのだが、あれのおかげで、ルイズの実力がいっきに伸びた。魔法が使えないからこそ、わしらの常識からかけ離れた案が出せる上に、どうやら母親が研究者らしくてな。こちらが思いも寄らぬ知識を提示してくることがあるので、補佐役としてもあなどれぬ少年なのだ」

 さらに太公望は、以前学院の特別課外授業で始めた『畑』の話を出した。ラ・ヴァリエール公爵は、これを聞いて唸った。才人の知識に関することだけではなく、畑を使って魔法の練習をする。そのように見せかけられた、この授業における本来の目的に――彼はすぐさま気が付いたからだ。

 開墾から始まり、育成、生産、管理、収穫、売却までの流れ。そして全体の監督。一見すると畑仕事という平民がするような作業にも見えるが、全体を考えた場合、これは領地運営の縮図と言って差し支えないではないか。まさしく、上に立つ子供たちの将来を見越した教育である。公爵は、そのように受け取った。

 その上で、ラ・ヴァリエール公爵は、この教育方法を考え出した太公望の見識と、即座にそれを採用したオスマンの眼力に着目した。このふたりが、それぞれの分野で『伝説』と呼ばれたのは、ある意味必然であったのだな……と。

「なるほど、よくわかった。ただ、彼に対して貴族と同等の扱いをするというのは無理だ。周囲の目があるからな。そんなことをしたら、逆に目立つことになる。だが、決して無碍には扱わないことを約束しよう。『始祖』の補佐役たる『神の盾』を鍛え、磨くのも、わしら大人の仕事だろうからな」

 公爵の発言に、オスマン氏と太公望が頷いた。そして太公望はこう言った。

「この地では魔法が使えない者は全て平民扱いだが、わしの国では、才人やカトレア殿のような、魔法以外の<特殊能力>を持つ者も、メイジと近しい存在であるとされている」

 この言葉に、ラ・ヴァリエール公爵が大きく反応した。彼は、改めて太公望にカトレアに関する礼を述べると、当然ともいうべき質問を投げてきた。

「カトレアの能力というのは……?」

「うむ。カトレア殿の場合は元々メイジだ。また<特殊能力>のほうについても、効果範囲が極端に広いだけで<力>自体はさほど強くはないのだが……まずはひとつめの『動物との会話』。これは、動物たちが何を言っているのか、独自の『感覚』で理解できてしまうという能力だ」

 そう言われて、ラ・ヴァリエール公爵は思い当たった。そういえば、カトレアはよく動物たちの声に耳を傾けている。動物たちも、カトレアには非常によく懐く。その理由が完全に理解できた。

「もうひとつが『超感覚』。これは、相手が嘘を言っているのかどうか。実像を偽っていないかどうかなどを『鋭い感覚』によって見破る<力>だ。これのせいで、わしの実年齢が見事にバレたと。そういうわけでのう」

 太公望は、あえて『心の声』については語らないことにした。この<力>については、あきらかにカトレアが隠していたことを察していたからだ。それに……能力の詳細を知られた場合、あの心優しい娘が深く傷つくであろうことが、彼には容易に想像できた。

「なるほど。カトレアはその<力>の抑え方がわからず、常に使い続けていたが為に、身体が弱ってしまったのだな。一日中、無意識に呪文を唱えていたようなものか。それでは医者に診せても、薬でも治るわけがない」

「まさしくその通り。しかし、本当に危なかった。もしもあと数年、わしが来るのが遅れていたら……最悪の場合、カトレア殿は寝たきりになってしまったかもしれぬ。実際に、わしの師匠の知人がそうなってしまってのう。とてつもない『超感覚』の持ち主なのだが、その<力>を使い過ぎてしまったがゆえに、今では年に数度しか目覚めることがない程にまで弱ってしまわれた」

 ――ただ単に、その『師匠の知人』が、ぐうたら大好きな太公望ですら怒り狂う程に超ド級の怠け者なだけなのだが……さすがに、それは言わないでおく太公望であった。

「警告感謝する。カトレアには、その<力>を使い過ぎないよう、注意しておこう」

 彼には、とてつもない恩を受けてしまった。ルイズの魔法のみならず、カトレアの命まで助けてくれたのだ。かの人物は、まさしく家族を救ってくれた大恩人だ。もしも彼に何かあった場合、総力でもって支援せねばならぬ。そう決意したラ・ヴァリエール公爵は、太公望の手を取り、再度礼を述べた。

「随分と長くなりましたが、ここまでの話をふまえて……オスマン殿」

 太公望の言葉に頷いたオスマン氏は、公爵に非情な宣告を下す。

「ミス・ヴァリエールの系統は、ほぼ間違いなく失われしペンタゴンの一角<虚無>じゃろう。系統魔法を失敗し続けてきたのもそれが理由じゃ。自分に合わない系統の魔法を使うのは、大人でも難しいことじゃからの」

 それを聞いて一気に顔を青ざめさせた公爵に、太公望が追い打ちをかけた。

「実は、オスマン殿から<ガンダールヴ>の話を聞いた時点で、ルイズの系統については、ほぼ特定が済んでおったのだ。しかし、万が一それを誰かに知られてしまった場合、彼女は間違いなく戦の道具にされる。そう考えたわしらふたりは、才人が使い魔であることや、彼女の真の系統について秘匿し続けてきたのだ」

 ワルド子爵に尋ねられたときも、彼のような好青年に対して申し訳ないことだとは思いつつも、完全に信用を置くには、正直まだ時間が足りなかった為<ガンダールヴ>については完全に伏せておいた。そう呟いた太公望に、ラ・ヴァリエール公爵は頷き、彼の用心深さに感謝した。

 もしもワルドが軽率な人物であった場合……今頃、トリスタニアの宮廷内で貴族たちの暗躍が始まっていたかもしれないからだ。公爵自身はワルドを深く信頼していたが、彼を知らない太公望が、突然近付いてきた者を警戒するのは当然である。そう判断した。

「さて……ここからの話については、トリステインの国家運営に関する、特に秘匿すべき重要な内容を開示する必要があるため、大変申し訳ないのだが、ミスタ・タイコーボーには遠慮していただきたい」

 そう言って部屋からの退出を促したオスマン氏に、太公望は頷いて立ち上がる。そして、ドアへ足を向けたその時。彼は、ふと何かを思い出したかのように立ち止まると、振り返って口を開いた。

「すまぬ、おふたかたに大切なことを伝え忘れておった。これは、ルイズやわしの主人の『問題』には全く関係のないことなのだが、ガリアだけではなく、トリステイン王国にも関連するであろう重大な内容なのだ。それを話しておきたいのだが、かまわぬだろうか?」

 トリステイン・ガリアの両国に関する重大事項。かつ、ガリア大公姫の抱える『問題』には抵触しない内容。これは聞いておくべきだ。そう判断したオスマン氏とラ・ヴァリエール公爵は重々しく頷いた。

「実は、先日ラグドリアン湖で、このようなことがあったのだよ」

 そう前置きすると、太公望は例の事件についてふたりに語り始めた。ただし、一部自分たちに都合の悪い部分を省き、内容を脚色した上で。

「主人と共に、ラグドリアン湖へ気晴らしに行った時の話だ。わしらのマントを見て、トリステインの貴族と勘違いした近隣の住民たちから、ここ2年ほどの間ずっと湖の水位が上がり続けており、家屋や土地の水没による被害が後を絶たないのだという訴えを受けてのう」

 そこで、気になった太公望が詳しく住民たちから話を聞いてみたところ――湖の管理をしているトリステイン貴族に、同じように被害について訴え出ても、なしのつぶて。かと言って、平民が直接王宮へ申し出ることなどできない。そんなところへ太公望たちがやって来たので、これ幸いと声をかけてきたらしい。慌てて、自分たちはガリアの貴族だと名乗ったのだが、この際ガリア王家にでも構わないから……と、涙ながらに頼られてしまった。

「急ぎの用件にも関わらず、トリステイン王家には伝手がない。よって、誠に申し訳ないとは思いつつも、わしのご主人さまから、その日のうちにガリア王家に対して報告をしていただいたところ、ガリア側でも急ぎ調査はするが、もしも原因を特定できたら報奨を与えるという返事があったので、色々と調べてみたのだよ。そこで判明したのが秘宝の盗難だ」

 ラグドリアン湖の底には、水の精霊が住まう都がある。その最奥に安置されていたのが、<水>の秘宝『アンドバリの指輪』だ。ところが、2年ほど前に賊の襲撃を受け、水の都から奪い去られてしまった。

「水の精霊たちは、その秘宝の行方を追うために、自分たちが動ける範囲――つまり、水かさを増やし続けていたそうなのだ。大地の全てを水で覆えば、必ずや指輪に届くと信じて。なんともはや、気の遠くなる話であろう?」

「アンドバリの指輪じゃと!?」

「ぬ、知っておったのか?」

「うむ。死者に偽りの生命を与えるという、伝説の<マジック・アイテム>じゃ。名前だけはよく知られておるからのう。ただ、ラグドリアン湖にあったというのは初耳じゃ」

「それならば話は早い。実は、水の精霊から『今すぐ水位を戻してやるから、秘宝を取り戻して来い。期間と手段は問わぬ』などという無理難題を押しつけられてしまってのう。おかげで水難については何とかなったのだが、わしは、ご主人さまの側から離れて指輪を探しに行くことなどできぬ。そもそもこれは、個人でやれるような仕事ではない」

 がっくりと肩を落とし、ため息をついた太公望。

「よって、まずはガリア王家へ事件についての詳細を連絡した。その上で、ラ・ヴァリエール公爵閣下に依頼したい。どうかトリステイン王家へ、この『アンドバリの指輪』盗難の件について、お伝え願えないだろうか?」

 これを聞いたラ・ヴァリエール公爵は顔色を変えた。それも当然だろう、本来であればこのような重大な案件は、国が早急に対処すべき内容だ。にも関わらず、湖の管理者が責務を完全放棄しているせいで、全く上に情報が届いていないどころか、平民たちがよりにもよって、対岸の国ガリアへ救助を依頼しようとしたというのだから洒落にならない。これは国の沽券に関わる、由々しき事態である。

 公爵は、言葉にこそ出さぬものの、内心では激しく憤っていた。民の訴えを無視し続けるなど、彼にとっては正直許し難い所行だった。いくら他貴族の管轄領とはいえ、このまま放っておくわけにはいかない。

「よくぞ報告してくれた。そして水難の解決について、トリステイン貴族として感謝する。ところで、もしも秘宝を盗んだ者や指輪の特徴などについて、水の精霊から聞き及んでおられたら、そちらも開示してもらえると助かるのだが。今後の捜索のためにも、是非頼む」

 公爵の返事を聞いて、太公望は胸をなで下ろした。あちこち嘘情報が混じってはいるものの、トリステインの民の訴えが結果としてガリアにまで届いたことや、水没その他は事実であるし、実際問題『アンドバリの指輪』の回収は、彼の手に余る案件だったのだ。

 いくらフーケが<マジック・アイテム>調査の専門家でも、彼女ひとりだけでやれるような規模の仕事ではない。とはいえ、放置するには危険すぎる『道具』である。よって、この歓待中になんとか公爵へ相談しようとしていたのだが、それが見事に通ってくれた。

 さすがは、あの生真面目なルイズの父親だ。太公望は、心の底から安堵した。

「やはり、公爵閣下に相談して正解であった。盗人は複数人。その中に『クロムウェル』と呼ばれる者がいたことと、その『アンドバリの指輪』には、死体をまるで生きた人間のように操る能力。それと……指輪の効果を解き放った液体を飲んだ者を、持ち主の意のままに操るという、かなり性質の悪い魔法が込められておるとのこと。これが、現在までに得られている情報だ」

 ――死体を、まるで生きた人間のように操る能力。

 ラ・ヴァリエール公爵は、再び顔色を変えた。かつて、彼は同様の事件に遭遇したことがあったから。よって、公爵は即座に調査を開始する旨、太公望へ返事をし、改めて彼に礼を述べた。


○●○●○●○●

 ――太公望が、部屋を退出した後。

「まったく……モンモランシ家が没落せず、今もラグドリアン湖の管理をしてさえおれば、このような問題は発生しておらなんだものを! いったい今は、どこの家の持ち回りなのじゃ!?」

 おそらく、その『報奨』とやらが『シュヴァリエ』と『ガリア王国花壇騎士団章』の受勲なのであろうと当たりをつけたオスマン氏は、それを一切声には出さず、歯噛みして悔しがった。その予想は、だいたい当たっているが真実は違う。もちろん、オスマン氏がそんなことを知るよしもないが。

 オスマン氏は、本気でタバサと太公望のふたりを揃ってトリステインへ迎え入れたい、状況さえ許せば、彼らを自分の養子に迎えたいとまで考えていたのだ。にも関わらず、その不心得な貴族のせいで、完全にガリアへ持って行かれてしまったのだと、内心で怒り狂った。『烈風』とのやりとりを見た後だけに、その無念さは計り知れない。

「いや、オールド・オスマン。今は、そんなことよりも考えるべき重大なことがいくつもあります。まずは『アンドバリの指輪』の話だ。盗人の名前は、たしか『クロムウェル』と呼ばれていたそうですな?」

「ふむ、公爵閣下には、何かお心当たりでも?」

 左目にかけていた片眼鏡(モノクル)を外し、懐中から取り出した布でその表面を拭きながら、公爵は答えた。

「最近『レコン・キスタ』という連中が、あちこちで暗躍しているのをご存じで?」

「うむ。『王家打倒』と『聖地奪還』を唱える馬鹿者たちのことじゃろう?」

「その通りです。そして、その首魁の名は『オリヴァー・クロムウェル』。これは偶然と言って片付けることなど、正直できない案件だと思うのですが……如何ですかな?」

 ラ・ヴァリエール公爵は、心の内側でさらに推理を進めていた。ワルドに対して語った「何故か、レコン・キスタが合流してから王党派の裏切りが増えた」という事実。まさかとは思うが、用心に越したことはない。念のため、子爵には指輪の件だけでも伝えておいたほうがいいだろう、そう考えた。

「ううむ、確かに。ところで実は公爵閣下。これからわしがお伝えしようとしていたのも、実はとある『指輪』に関係することなのですじゃ。ただし、これは各王家に伝わる品の話ですがの」

「それは、もしや『水のルビー』の話ですかな?」

 公爵の言葉に頷いたオスマンは、改めてその件について語り始めた。トリステイン王家だけではなく、三王家とロマリア皇国に伝わる4つの『秘宝』について。

 それらは、全て『指輪』と対になっており『始祖』の時代から、連綿と受け継がれてきたものなのだと。ちなみに、この情報を報告してきたのは『土くれ』のフーケである。これを受け、内容を精査した上でオスマン氏へ手渡したのが太公望だ。

「ミス・ヴァリエールの系統について思い当たったとき、もしやと思い、王家に関連する歴史を調べ、情報を集めてみたのじゃ。その結果、これらの『秘宝』に行き当たったのだよ。その上で、わしは……これこそが『鍵』なのではないかと考えたのじゃ」

「鍵……とは?」

「もちろん『始祖』の<力>を解放するための鍵じゃ。『始祖の祈祷書』は、白紙の書物。『始祖のオルゴール』は、動かしても音が鳴らない。『始祖の香炉』は、焚いても香りがしない。『始祖の円鏡』は、姿が映らない。何故このような無意味な<マジック・アイテム>が6000年もの長い間、王家に伝えられているのか? 何事にも理由がある。おっと! これは、あの子供の姿をしたジジイの口癖じゃったわい」

 ――『始祖』ブリミルの<力>を解放するための鍵。それは、つまり。

「それが<虚無>に目覚めるための『鍵』。そうおっしゃりたいのですかな?」

「うむ。さすがに持ち出しは不可能であろうが、王宮で触れさせてもらう程度ならば、なんとかなるのではないかな? もしも、それでミス・ヴァリエール、あるいは『秘宝』に何らかの反応があった場合は……」

「ほぼ確定――か。畏れ多いことではあるが、もしも娘がそれで真の系統に目覚めるのであれば、わしの目が届くところで試すに越したことはない。ただ……あの『秘宝』を、閲覧だけとはいえ、借り受けるとなると……」

 机に両肘をつき、まるで神への祈りを捧げるように呟くラ・ヴァリエール公爵。

「女王マリアンヌ陛下、それにマザリーニ枢機卿の許可が必要となる」

 その声に、暗い声でオスマン氏が応える。

「この数年間、お亡くなりになった国王陛下の喪に服し、頑なに女王への即位を拒否し続けておられるマリアンヌさまの許可、ですか。最近では、このわしですらお目通りも叶わぬ状態じゃ。ところで公爵閣下は、現在の王室をどうご覧になっておられる? わしとしては、正直なところを聞いておきたいのじゃが?」

 その言葉に、ビクリと両肩を震わせたラ・ヴァリエール公爵。彼は、トリステイン王家に絶対の忠誠を誓っている。だが……。

「いや、わしは……」

「忠義と盲信は完全に別物じゃぞ。もしや、そこをはき違えてはおらんかね? ラ・ヴァリエール公爵閣下」

 ――忠義と盲信は別物。その言葉を受けたラ・ヴァリエール公爵は、身じろぎもせず、しばし考え込むようにした後。机に視線を落としたまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「マリアンヌ王妃殿下は、国王陛下の崩御によって、お心を病んでしまわれた。これは、わしだけではなく国内の主立った貴族や宮廷の者たち、ほぼ全ての認識となっている」

 そう言うと、ラ・ヴァリエール公爵は深いため息をついた。

「この数年間、あのおかたは政治に口を出さないだけではなく、毎日ただ静かに喪に服しておられるばかり。このわしだけでなく、グラモン伯爵やアストン伯、その他大勢の有力貴族たちが、揃って何度もご自身のことや、アンリエッタ姫殿下の即位について持ちかけても、首を横にお振りになるだけだ。かつて王城を抜け出して、外へ遊びにゆくほどに快活であられた頃の面影はもう……欠片も見あたらない。宮廷付きの医師たちによる見立ても、わしとほぼ同様だ」

 そう、心の底から吐き出すような呻きをあげたラ・ヴァリエール公爵の声に負けぬほど、重々しい声でオスマン氏が答える。

「この国は、現在マザリーニ枢機卿によって動いておる。いや、生かされていると言っても過言ではない。もしも彼がいてくれなかったら、トリステインはとっくの昔に空中分解しとってもおかしくないわい。フーケ事件の対応といい、先程のラグドリアン湖の件といい、王政府の機能が正常に働いておらん証拠じゃ」

 老メイジの言葉を聞いた直後、ラ・ヴァリエール公爵は両手の拳で机をダンッと叩いた。

「わかっている。マザリーニ枢機卿がトリステインの乗っ取りを企んでいるなどと、あちこちで噂されておるが……もしも、本当に彼がそのような野心家であれば、ロマリアの教皇選出会議前に行われた帰国要請を断ったりなど、絶対にしなかったはずだ」

 公爵の言葉に、頷いたオスマン氏。彼も、全く同じ結論に達していたからだ。しかし、ラ・ヴァリエール公爵はその頷きを見てはいない。未だ、その視線を机上へと落とし続けていたからだ。

「何故? 簡単な話だ。こんな国庫のみならず、民心までもが傾きかけた小国を奪うよりも、ブリミル教の<教皇>の座についたほうが、遙かに強大な権力を振るうことができるからだよ! ああ、そうだ。わしにはわかっているのだ、そのようなことは!!」

 マザリーニ枢機卿は、未だ40代にも関わらず『鳥の骨』などと民から揶揄されるほどに痩せ衰え、白髪が目立つ外見をしている。それは、国のため激務をこなし――トリステイン王家に対し、ただひたすらに忠義を尽くしてきたためだ。ラ・ヴァリエール公爵は、それがわからぬ程、愚かな男ではなかった。まるで懺悔するかのような仕草のまま呟き続ける彼の姿は、実に痛々しいものであった。

「長きにわたる王座空位によって生じた宮廷の腐敗により……現在のトリステインは、貴族だけではなく、平民たちからの信頼まで失いかけている。同盟国であるアルビオンの王室からさえも。テューダー王家が窮地に陥っているにも関わらず、我が国へ救援要請を出さない理由。援軍を出そうという声に、反対する者が大勢いるだけでなく、そんな声に全く抗えないこと自体が、その象徴と言えるだろう」

 ぎりと両手を握り締め、ぶるぶると身体を震わせながら、公爵は唸った。

「アルビオンが陥落したら、その次に狙われるのは間違いなく我がトリステインだというのに! そんなことすらわからない愚か者ども、もしくはアルビオンの貴族派や『レコン・キスタ』に袖の下を掴まされた者が、我が物顔で宮廷を跋扈している!!」

 そう叫んだ公爵に、オスマン氏は静かに声を掛けた。

「とはいえ、アンリエッタ姫殿下はまだ17歳とお若い。おまけに、蝶よ花よと育てられ、外の厳しさを一切知らぬ温室で暮らしておられた。国内情勢が安定している時ならばよいじゃろう。だが、今即位なされても、この混乱を乗り切るだけの実力があるとは、わしには到底……」

 そう言って首を左右に振ったオスマン氏に、公爵は小さな声で、囁くように訴えかけた。まるで人智を越えた何者かに、縋るように。祈るように。

「……オールド・オスマン。お聞きしたい。わしは、これから何をすべきなのかを」

 オスマン氏は……しばしの沈黙の後、こう切り出した。

「マリアンヌ王妃殿下は、既に王位継承権第1位を放棄しているといって差し支えない。そして、第2位の継承権を持つアンリエッタ姫殿下は、求心力こそあるかもしれんが、早急に国内の乱れを正し、立ち直らせるための実力を、まだ持っておられない。成長を待つだけの時間もない。トリステインは、荒れ狂う嵐の中で、完全に行き先を見失っておる。じゃが、王位継承権第3位を持つ者が先導すれば、あるいは……」

 まさに天啓を受けた神官のような顔をして、ラ・ヴァリエール公爵はゆっくりと顔を上げた。彼の脳裏には、様々な思いが駆け巡っていた。若き日の思い出。国王陛下に絶対の忠誠を誓う近衛騎士として戦った、あの頃。まだ幼かったマリアンヌ姫を護衛した日々。大勢の仲間たちとの出会い、そして――現在。

 小さな娘が、その肩に『伝説』という錘を乗せようとしている。

 頼りになる息子は自分に全てを託し、家族を守るため、敵陣へとその身を投じた。

 彼らが、心から安らげる家を。そして、戻るべき場所を――後の歴史家、いや……たとえハルケギニアに住まう者たち皆から逆賊と罵られようとも。その大切な住処と、民を、今。命だけではなく、全てを擲ってでも守るという重大な覚悟と、使命を背負うべき者は、いったい誰だ――?

 公爵は、ゆっくりと……静かに、口を開いた。

「重いな……歴史の重圧(おもみ)で、潰れてしまいそうだ」

 そして、彼は立ち上がった。世界の全てを背負うが如く、力強きその両足で。

「……だが、これがわしの天命なのかもしれない」

 ――歴史の追い風が、ラ・ヴァリエール公爵の背に向けて、吹き荒れた。

 後世の研究者たちは語る。このふたりの会談が、長く続いたトリステイン王朝の終わりの始まりにして、ヴァリエール王朝の誕生を導いた<風>である。その初代国王となった、ひとりの男が、苦難の『道』を歩み始めた、歴史的第一歩だと。

 その死後『賢王』『鎮静王』『救世王』と称された、偉大なる初代国王が残した言葉。

「次の歴史を作る若者たちのために『道』を開いておきたいのだ。長きに渡って続いてきた伝統を壊すという大罪の責任を負うのは、わしひとりだけで充分だ。そう……末期の灰をかぶるのは、年寄りの仕事なのだよ」

        ――トリステイン王国・ヴァリエール王朝 初代国王
                  サンドリオン(灰かぶり)一世

 ……なお。この歴史的会談の直前に関わっていたひとりの男については、そこにいた事実さえも一切知られてはいない。ただ、世界に吹いた風のみが、それを記憶しているだけである――。



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