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 ←第73話 険しき旅路と、その先に在る光 →第75話 教師たち、空の星を見て思う事
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「雪風と風の旅人」
異界に立てられし道標

第74話 水精霊団、竜に乗り南征するの事

 ←第73話 険しき旅路と、その先に在る光 →第75話 教師たち、空の星を見て思う事
 ――そこは山の裾野、広大な草原の中に点在する、平和な村のひとつだった。

 ある者は、土地を耕して畑とし。またある者は、自然の牧草地に羊を放ち、牧場を運営していた。この地に住まうひとびとは、皆そうやって日々の糧を得ていた。平凡ながらも幸せな生活を送る村人たちの、活気ある声で満ち溢れていた。

 だが、その日。村に住民たちの姿はなかった。そこに在ったものは、牧場で飼われていた羊たちのけたたましい鳴き声と、厩舎を包み込む紅蓮の炎。そして、聞く者の魂全てを焼き尽くすかのような、鋭い咆吼であった。

「スノウαより報告。C地点にて目標の姿を確認。現在食事を摂っている模様」

「敵の数は?」

「視認できる限りでは、1体。特徴についても、目撃者から得た情報と完全に一致」

「うむ、わかった。ではゆくぞ、皆の者。わしの後へ続け!」

「了解!!」


 ――ことの起こりは、2日ほど前の夕方だった。

『父上たちがグラモン家の兵士たちを連れて領地を出た途端、領内の亜人や妖魔が暴れ出したのでね。残っていたぼくと兄上で、やつらを鎮圧しに行かねばならない。でも、心配はいらないよ、ぼくのモンモランシー。すぐに片付けて、新学期までには戻るからね』

 そんな内容の手紙を寄越していたにも関わらず、新学期の開始はおろか、それから1週間が経過してもギーシュは戻ってこなかった。遅延の連絡すら届かなかっため、その間、モンモランシーは彼氏の身を案ずるあまり、ほとんど食事が喉を通らない有様だった。

 それからさらに1週間が過ぎ、ようやくギーシュが教室に元気な姿を現した時。少女は少年の側へ駆け寄ると、吐き出すように一言。

「よくもそんな平然とした顔で、わたしの前に出て来られたものね!!」

 と、大声で怒鳴りつけた挙げ句、勢いよく彼の頬を張った。パーンという乾いた音が教室内に響き渡り、その後わずかな間を置いて、室内に静寂が訪れた。

「あいたぁ! いきなりなにをするんだね、モンモランシー!」

 うっすらと赤くなった頬をさすりながら、ギーシュは彼女に抗議した……のだが。モンモランシーはくしゃっと顔をゆがめたかと思うと。その場へ蹲り、わんわんと大声を上げて泣き出してしまった。

「も、モンモランシー? どうしたんだい? そんな風に泣かないでおくれよ。薔薇のように美しいきみの顔が、涙で崩れてしまうのをみるのは忍びない」

「あ、あんだがぜんぶわるいんじゃないのよ!」

「へ? ぼくが?」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、モンモランシーは続ける。

「すぐにもどるっでがいであっだどに、ぜんぜんがえっでごないじ、いえにでがみおぐってもへんじがないじ、だがらわだじ、じんばいで、じんばいで……うわああああん!」

「モンモランシー。そんなにまでぼくのことを……!」

 ギーシュの顔が、うっすらと朱に染まった。目には涙まで浮かんでいる。モンモランシーの言葉に、心の底から感激したのであった。彼はそのまま、がばっと細身の少女を抱き締めた。ここが生徒たちが集う教室であることなど、すっかり忘れているといった様子だ。

 ……こんな愁嘆場じみたものを見せつけられた上に、ギーシュの父親であるグラモン元帥が王軍・諸侯軍を率いて王都防衛の任に就いているというのは、生徒たちの間でも既に周知の事実であった。ギーシュの登校が遅れたのは、間違いなくそれと関係しているに違いない。

 周囲にいた生徒たちがそのように考え、渦中の人物を質問攻めにしたのは、ある意味当然の流れだと言えよう。

 なんとかモンモランシーを落ち着かせるのに成功した後、ギーシュは早速同級生たちの問いかけに答え始めた。暴れていた妖魔たちの数が多かったせいで、討伐に時間がかかってしまったことや、ひとつ上の兄と共に、いかにして邪悪な者どもを成敗したのかを。

 もともと目立ちたがり屋のギーシュは、注目を浴びたことをいたく喜び、傍目に見てもオーバーな振り付けをしながら、持ちうる限りの語彙でもって、自身が経験した戦いの場面を再現しようと頑張った。

「オグル鬼たちが、砦から外へ飛び出して来ようとしていた、その時だ! 我が愛しの使い魔ヴェルダンデが掘った落とし穴に、見事やつらが引っかかったのは!!」

「それで? その後、どうなったんだい?」

「せめてもの餞にと、ぼくがやつらの頭上へ薔薇の花吹雪を降らせてあげたのさ。その花びらを、兄上が<錬金>で油に変えて――」

「そこへ<着火>したわけか」

「その通り! こうして見事、やつらの出鼻をくじくことに成功したというわけさ」

 そんな彼の努力は、水精霊団のメンバーがいつもの場所へ集ってからも続き――聞き手たちが少々退屈し始めてきた頃。タバサの元へ、伝書フクロウが舞い降りてきたのだ。

 いつも通り、タバサはフクロウの足に括り付けられた書簡を開くと、そこに書かれていた内容を一瞥し――ごくごく僅かに眉を顰めた。そして、側にいた太公望へ視線を向けると、彼はすぐさま事情を理解し、席を立った。

 ……と、ここまでならば、普段と何ら変わらぬ任務となったはずだ。しかし、今回ばかりはどうにも指令書が届けられたタイミングがまずかった。

「なんだよ、どっか行くのか?」

 以前、同じようにフクロウが飛んできた後、タバサたちが連れ立ってどこかへ行くのを見ていた才人が、ふたりに声をかけたのがきっかけとなり。

「ひょっとして、また妖魔討伐の依頼が来たのかね?」

 才人の言葉を聞き、以前太公望とタバサが妖魔退治を依頼され、魔法学院を留守にしていたことを覚えていたギーシュがそれに乗っかった途端。

「えっ! 君たち、ふたりでそんなことをしていたのかい?」

 それを聞いたレイナールが強い興味を示し。

「なあなあ、何退治しに行くんだ?」

 最近、大幅に剣の腕を上げた才人が、腕試しをしたいとばかりに名乗り出て。さらに他のメンバーたちの一部も、一緒に行きたいなどと騒ぎ出してしまい。

 任務の内容が、実際に魔獣討伐であったことと。今回自分たちが対峙する相手が何であるのかを教えれば、さすがの彼らも引くだろうと考えたタバサが、内容を公開した結果。

「あなたたちなら、ふたりだけでも大丈夫だとは思うんだけど。手伝いがいたほうが、絶対確実だと思わない?」

「ものすごく手強い相手だけど……上手く倒すことができれば、とっても高価な『秘薬』の材料が手に入るのよね」

 世話焼きなキュルケと、珍しい素材の入手を目当てに、戦いに関しては仲間内で最も消極的なモンモランシーまでもが参加を表明し。

 さらに。普段ならば、危険だからと彼らを制する側にまわる太公望が、

「まあ、たまには外で腕試しをするというのも悪くはなかろう。ただし、今回のこれはガリアの『騎士』として請け負った仕事であるため、このあいだのような懸賞金は出ない。それでもかまわぬか?」

 などと、断りとも了承ともつかぬ言葉を述べたところ、それでも付いて行きたいという積極的な意見が全員から飛び出し。

 こうして。水精霊団第2回目の遠征が決定したわけだが――その内容とは。

『火竜山脈の麓にある村へと急行し、現場を荒らしているはぐれ火竜を討伐せよ』

 ……で、あった。


○●○●○●○●

 現場から少し離れた場所にある、小高い丘の上に建てられた小屋の影から、こっそりと件の火竜を見た才人は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 乗ってきた風竜よりもずっと大きい。竜がいる建物の大きさと比較して判断するに、18~20メイルほどはあろうかと思われる巨体が、炎の中で揺れている。

 同じく様子を伺っていたタバサが呟いた。

「鱗の色が濃く、とさかがない。火竜の中でも、特に攻撃的な雌の成竜であると判断」

「なあ、ハーミット。あれって、絶対倒さなきゃいけないのか? たとえば、大きな音を立てて、追い払うだけって訳には……?」

 才人――水精霊団コードネーム『ソード』が『ハーミット』太公望に訊ねる。

「そうしたいのはやまやまなのだがのう。火竜は動物だけではなく、人間も襲うのだそうだ。そんな物騒な魔獣を、このまま放置しておくわけにはいかぬ」

 その声に『スノウ』タバサが補足する。

「今はまだ家畜の羊を食べているだけ。でも、人間の味を覚えられると厄介。この村だけでなく、周辺地域にも被害が及ぶ」

「なるほど、人喰い竜になっちまうってわけか……そりゃまずいな」

 そういえば、地球にいた頃に山から下りてきて民家を襲う熊のニュースとか、テレビで見たことあったな。んで、猟友会のおっさんたちが鉄砲持って駆けつけるとか。今回の依頼って、それと似たようなもんか……などと、才人は思い起こした。

 いっぽうレイナール――コードネーム『ブレイズ』は、目標に察知されない程度の距離まで<遠見>の魔法を放ち、食事中の竜を観察していた。

「なんだか地面にブレスを吹きかけてるみたいなんだけど、どうしてだろう?」

「火竜には、地面に獲物を埋めて、熱して食べるという習慣がある」

 レイナールの疑問に、すぐさまタバサが答える。

「竜のクセに焼肉かよ! しかも蒸し焼きとか……意外とグルメだなヲイ」

「それだけ知能が高いってことよ。絶対油断しちゃダメだからね!」

「しねーよ! あんなの相手に気抜いたりしたら、間違いなく死にますから!!」

 『コメット』ことルイズの忠告に、才人は盛大に突っ込んだ。

「うぬぬぬぬ……急いでかわいそうな羊たちを助けてやりたいところなのだが、食事中の獣を邪魔するのは自殺行為だ、殺気立っておるからな。あれほどの巨体を持つ相手であれば、なおさらだ。よって、この場で今しばらくの間、待機することとする」

 彼、実は動物好き? などという他愛のない疑問を持ちつつも、タバサは今回の指揮官である太公望――『ハーミット』に了承の言葉を伝えた。残る全員が、彼女に追従する。

「よし、皆の者。今のうちに装備を確認しておくのだ」

 指揮官の言葉に、全員が杖を、あるいは持ってきた武器をチェックする。

 特に、前回の冒険で手に入れた懸賞金の一部を使い、魔法学院の衛兵詰め所からロングボウ一式を買い取って来た才人は、それらを念入りに確認し、少しだけ不安になった。

「なあブロンズ。出かける前に結構作ってもらっといて悪いんだけどさ……できたら、あともう少しだけ矢を追加してくれないか?」

「何本あれば足りるかね?」

「なるだけ数があったほうがいいんだけど……あと5本頼んでもいいか?」

「なんだ、そのくらいなら余裕だよ。10本でも全然平気だが、どうするね?」

「あ、すげー助かる! 10にしてくれ」

 『ブロンズ』ことギーシュは、すぐさま青銅の矢を作り出し、才人に手渡した。才人は、それを腰に下げた予備の矢筒に納める。

 出発前に、

「弓矢なんかじゃ、火竜の鱗に傷をつけるなんて無理よ!」

 と、主人から忠告されてはいたものの。今度の相手がドラゴンだと聞いて、さすがに飛び道具がないとヤバそうだと感じた才人は、念のため詰め所に置いてあった弓を入手した上で、出発前に<ガンダールヴ>が正しく発動するかどうか、実際に撃って確認しておいたのだが――どうやらそれは正解だったらしい。

 才人は、遠目に見える魔獣の姿を改めて確認し、ぶはっと大きく息を吐いた。アレを相手に接近戦を挑むなど、完全に自殺行為だということを改めて認識したからだ。

「あんなのの群れをひとりで退治したとか……ルイズママ、やっぱりとんでもねーな」

「何か言った?」

「いやっ、別に! 何でもありましぇん」

 ところで。現在水精霊団の一同は、魔法学院の制服を身につけてはいるものの――太公望を除く全員がお揃いの、濃紺色に染めた丸くて平らな鍔無しの帽子――地球でいうところの『ベレー帽』を被っている。これはもちろん才人のデザイン、ついでに水紋と百合の花の意匠をこらした帽章つきだ。さすがはミリオタ、無駄なところまで凝っている。

 ギーシュの帰還が予定よりも大幅に遅れ、揃って水精霊団用の制服を作りに行けなかったことと、今回の冒険があまりにも唐突に決まったことから、先行して全員分の作製を依頼し、受け取っていた帽子だけでも身に付けようという話になったのだ。

 ちなみに、太公望だけがベレー帽をかぶっていないのは、彼がいつもの服装ではなく『東薔薇花壇騎士団』の装束を身に纏っているからだ。当然、理由があってそうしているのだが――この件については後述するので、今少しお待ちいただきたい。

「ねえ。絶対に火竜の眼は撃たないでよ? あれは秘薬のひとつなんだから」

「ああ、わかった」

「それと、頭とか首を爆破したり<風の刃>で斬り落とすのもナシよ。火竜の首には、ブレスを吹くための『油袋』があるんだからね!」

 『フローラル』――モンモランシーの言葉に、全員が頷いた。

「引火の危険があるということであろう? 攻略の難易度が大幅に上がるが、先ほどの作戦会議で打ち合わせた手順でやれば、まあなんとかなるであろう」

 それを聞いたモンモランシーが、言いにくそうな、それでいて物欲しげな顔で告げた。

「本当なら、心臓も傷付けないでほしいんだけど……」

 この言葉に、才人が露骨に顔をしかめた。

「なんでだ? いくら相手が化け物だからって、そりゃねーだろ。周りから削るとか、じわじわいたぶるみたいで趣味わりーし……直接心臓狙ったほうが早いだろーが」

 苦しませずにとどめを刺してやるのが、武士の情けってもんだ。などと言いながら腕を組み、胸を反らして見せた才人に、モンモランシーが反論した。

「だ、だって! 傷のついていない竜の心臓は、最低でも1000エキュー以上で取引される、特に高価な秘薬の材料なんだもん。一攫千金の機会を、みすみす逃したくないわ!」

 呆れ顔で、才人が言った。

「お前、いつも誇りだなんだ言ってる貴族だろーが! んな貧乏臭い真似すんなっての」

 と、そこへギーシュが割り込んできた。ちっちっち、と、舌を鳴らしながら説明する。

「いいかね、きみ。貴族の種類は、大きく分けてふたつあるんだ。お金のある貴族と、お金のない貴族だ。たとえば、モンモランシーのご実家のモンモランシ家のように、領内の干拓事業に失敗して多額の借金を抱えていたり……」

 割り込むようにして、モンモランシーが続ける。

「ギーシュの実家のグラモン家みたいに、軍事費に無駄にお金を使いまくって、生活費がかつかつになっていたりとかね」

「こう言ってはなんなのだが、トリステイン貴族のほとんどが、自分の屋敷と領地を維持するだけで精一杯という有様なのさ。貴族の誇りと体面を守るというのも、これでなかなか大変なのだよ」

「平民のあなたにはわかりにくいことなのかもしれないけれど、ヴァリエール家やクルデンホルフ家みたいな大金持ちなんて、例外中の例外なんだからね!」

 このやりとりを横で聞いていた太公望はがくっと肩を落とし、ため息をついた。

「わしも、本音を言えば才人の意見を支持したいところなのだが……事情は理解できる。貧乏は辛いものだからのう。ただし、いざという時は躊躇わない。それでよいな?」

 その言葉に、モンモランシーの顔がぱっと輝いた。

「ええ、もちろんよ!」

 彼らのすぐ側で、自慢の杖を磨きながらキュルケが微笑む。

「うふふふふ……ようやく、例の<閃光>を実戦で試せそうね」

「フレアよ。念のために言っておくが」

「大丈夫よ、ミスタ・ハーミット。指示された時以外は、絶対に使わないから」

 心配性の指揮官に『フレア』――キュルケは思わず苦笑した。

 と、先程から<遠見>で観察を続けていたレイナールが、小声で太公望に告げた。

「ハーミット。火竜の動きがさっきまでと変わったよ! ただ、細かいところまでは、ここからじゃ判断できない」

「スノウ。α側の目で、詳細を確認してくれ」

「了解。確認する……目標の食事が済んだ模様。掘り返した地面に土をかぶせている」

「意外と律儀だなヲイ。竜のクセに」

「蹲って目を閉じた。昼寝を始めようとしている」

「なぬ、それは好都合だ! では行動を開始するぞ。皆の者、準備はよいか?」

「準備よし!」

「大丈夫よ!」

「オッケー!」

「フローラルはここで待機しておれ」

「わかったわ。みんな、気をつけてね」

 モンモランシーの言葉に、全員が頷いた。直後、太公望が小声で号令をかける。

「ゆくぞ! 戦闘開始だ!!」

「了解!!」

 ――こうして、彼らの戦いは始まった。


「コメット、正面に立つな! ブレスが飛んでくると言ったであろうが!!」

「だだ、だって、くく、首が、ぐぐ、ぐるんって……」

「ソード! コメットを背負って離脱しろ!!」

「わかった!」

「きゃあ! どこ触ってんのよ!!」

「暴れんな! あとで殴られてやるから、とりあえず今は、大人しくしててくれ!」

 豪勢な食事を済ませ、のどかな昼寝を楽しもうとしていた火竜は、突如現れた闖入者たちによって、せっかくの午睡を妨げられた。

 当然不機嫌になった『彼女』は、自慢のファイア・ブレスで邪魔者を黒こげにしてやろうとしたのだが。吐き出した炎は突然目の前に発生した気流の壁によって阻まれてしまった。しかも、その間に不届き者たちは遠くへ走り去ってしまっていた。

 空から追い掛けてやろうと翼を広げたところに、今度は上空から、その翼目掛けて何本もの<氷の矢>が飛んできて、突き立った。竜は空を見上げ、怒りの咆吼を上げた。

「空から魔法が撃てるのは、やはり大きい」

 『如意羽衣』の<力>によって宙高く舞っていたタバサは、火竜の翼、その皮翼の中央付近に<ウィンディ・アイシクル>が全弾入ったことを確認すると、素早く距離を取り、再び呪文の詠唱を開始する。

 『複数思考』を働かせることで<フライ>の倍以上の速度で飛ぶことができ、さらに空からの魔法攻撃を可能としてくれるこの『如意羽衣』は、もう完全に彼女のお気に入りだ。とはいうものの、使うたびに極端に体力を消耗するため、今のままでは多用できない。タバサは密かに、より一層の身体強化を誓った。

「おっしゃ! 胴体はダメだったけど、翼になら刺さる!!」

 ルイズを安全圏へ送り出した才人が、ロングボウでタバサの援護に入る。彼とはちょうど反対の位置で、レイナールが<風の針(エア・ニードル)>のスペルを詠唱し、同じく右側の翼目掛けて解き放った。

「うぐぐ、すごい力だ! 足1本掴むだけでやっとだよ。ああ、この場にヴェルダンデがいてくれれば、落とし穴で足止めできるのに……ッ」

「今はそれで充分だ、ブロンズ! そのまま<アース・ハンド>で抑え続けてくれ。解体班は右翼の破壊を急げ、飛ばれると厄介……と、まずい! 全員、ここから離れるのだ!」

 ギーシュの<アース・ハンド>によって後ろ足の1本を掴まれていた火竜が、大暴れすることによって強引に拘束を振り切り、羽ばたきを開始する。

「きゃっ! ちょ、ゆ、揺れ……」

 ルイズが撤退中に足をもつれさせ、転んでしまった。それを見た才人が、慌てて主人の側へ駆け寄ると、彼女を肩に担ぎ上げ、人間離れした速度でその場から逃げ出した。指抜きグローブ装備によるガンダールヴの特殊効果発動は、こんなところにも生かされている。

「フレア、<閃光>の準備だ! 皆<光>に警戒せよ!!」

「いつでも行けるわ! カウントだけお願い!!」

「了解した、3……2……1……放て!」

 宙へ舞い上がりかけていた火竜は、眼孔を強烈な<光>で焼かれ、暴れながら地面へと墜落する。ズシン……と、激しい地響きが起こった。身体の重さのせいだろう、落ちた直後に足の一部が土にめり込んでしまい、雌竜は急いで引き抜こうともがき始めた。

「よし、いいぞ! ブロンズ、埋まった足元を<錬金>で固めるのだ!」

「了解! イル・アース・デル!!」

 火竜の足元が、青銅の錘に変わった。

「今だ、解体班! 撃て撃て撃て!!」

 才人に肩車をしてもらっていたルイズが<錬金>を唱えた。途端に火竜の右翼中央で起こる<爆発>。移動砲台の完成である。この主従、特にルイズ、あいもかわらずとんでもないバランス感覚だ。全力疾走している才人の肩の上で、平然と杖を振っている。

「このほうが、自分で動きながら詠唱するよりも、ずっと狙いがつけやすいわ」

「俺も、ついにご主人さまの乗り物かい!」

「光栄に思いなさいよね」

「へいへい」

 そこへ、さらにレイナールとキュルケが放った<フレイム・ボール>がボスッ、ボスッという音を立てて炸裂し、爆発と矢によって開けられた穴の内から、皮翼を焦がす。

 追い打ちとばかりに太公望の<打風輪>と、タバサの<氷の矢>が上空から飛んできたところで、ずたずたになった片翼は、完全に使い物にならなくなった。ピギャアァァアア……という、火竜の悲痛な叫び声が周囲に響き渡る。

 直後、再びファイア・ブレスが空を焦がすも、太公望の<風>によって、周囲への延焼は完全に防がれた。事ここに至って、ようやく自身最大の武器を封じられていることを悟った火竜は、悲鳴を上げた。

「解体班、次は尻尾を狙え! 振り回されると厄介だ」

「了解」

「任せて!」

「オッケー!」

 攻撃を続けていたルイズが、返事をした後、再び<錬金>の詠唱を開始する。同じく、上空のタバサと遍在2体、そして、少し離れた位置に立っていたレイナールとキュルケが杖を構え直した。

「ブロンズ! <精神力>はまだ持つか!?」

「ワルキューレ5体までならなんとか。それ以上は、この後を考えると厳しいな」

「承知した。では、ワルキューレ3体に槍を持たせた上で、待機させておいてくれ」

「了解した!」

 それからすぐに、尻尾がぼとりと落ちた。と、同時に火竜の身体がぐらりと傾いだ。

「ブロンズ! ワルキューレを火竜の腹を目掛けて突撃させるのだ!!」

「任せてくれたまえ! 行けッ、ワルキューレ!!」

「よし、コメットとソード、フレアは後方で待機! その他の解体班は、同じく腹に攻撃を回せ。撃ち込む場所を間違えるなよ!」

「了解! 行くよ!!」

「わかったわ」

 青銅の乙女たちの槍と、タバサとレイナールが編み上げた<風の針>が、火竜の腹に突き刺さる。火竜は、再び叫び声を上げた。だが、それは先程までのものとは異なり、ごくごく小さく……か細かった。

 ――そして、約20分ほどの激戦の末。ついに火竜は崩れ落ち。戦場に、水精霊団勝利の雄叫びが響き渡った。


「しくしくしくしく……」

「デルフリンガーよ。気持ちはわからんでもないが、そう嘆くでない」

「だってよう……ずっと荷物ん中で、俺っちの出番待ってたのによう……」

「んなこと言ったって、あんなのの側で剣振るうわけにいかねーだろ! 最悪、吹っ飛ばされて終わるし! 踏まれたりしたら、ぺしゃんこだし!!」

「だからってよう……この扱いはあんまりじゃねぇかよう……しくしくしく……」

「ちょっと、気をつけてよ! 下手して傷つけちゃったら、みんなの苦労が台無しになっちゃうんだから!」

「と、いうわけだ。俺は集中して事に当たりたい。だから黙っててくれ。つーか、いちいち口でしくしくとか言うな」

「畜生……俺っちは肉斬り包丁じゃねぇやい……」

 図鑑を片手に、部位の切り取りを指示するモンモランシーと、それに従って、黙々とデルフリンガーを振るい続ける才人。さすがは伝説の剣である、竜の鱗など、ものともしなかった。本人(剣?)の意志はともかくとして。

 ――怪我人、ゼロ。目的の素材、採取成功。

 こうして、水精霊団第2回目の遠征は、大成功のうちに幕を閉じた――。


○●○●○●○●

「いやはや、こんなに早くお城の騎士さまがいらしてくださるとは。助かりました」

 暴れ回っていた火竜が倒されたという報せを聞きつけ、別の村へ避難していた住民たちが早速戻ってきた。ぺこぺこと頭を下げる村長を、太公望が制す。

「ガリアの騎士として、当然のことをしたまでのこと。それよりも、このたび被害に遭われた皆様に、お見舞い申し上げる」

「ありがとうございます。幸いにして、怪我人はほとんど出ませんでした。死んだ者もおりませんでしたし、火竜を退治していただいたとなれば、はい。あとはもう、壊された建物を直せば良いだけの話ですから」

 命さえ無事ならば、あとはどうとでもなります。村長の言葉に、うんうんと同意を示すその他の村人たち。彼らの手には、既に復興のために必要な道具類が握られていた。

「……皆さん、逞しいですなあ」

 思わずそう言ってしまった太公望に、再び村人たちの笑い声が被さってきた。

「ははは、火竜山脈の麓に住めば、みんなこうなりますて。あんなに大きな竜が家畜を狙ってくるなんてことは、めったなことではありませんが――万が一襲われても、騎士さまのような方々が来て、退治してくださいますからな」

「時折あることだとは、前もって伺っておりましたが……」

「ええ。この地を治める貴族さまがたも、それをよくご存じですから。すぐに何らかの手を打ってくださるのです」

 太公望は、周囲の様子を改めて見た。標高6000メイルの山々が連なる火竜山脈。その麓に広がる、肥沃な大地。青々と茂った草は家畜たちの良質な餌となり、また、肥えた土地は、作物を育てるのに適しているのだろう。

 それに――村人たちの顔には、諦観の色は伺えない。確かに、この地で生活するのは大変だろう。だが、彼らにとって、ここはかけがえのない故郷なのだ。

「良い……土地ですな」

「はい。これで火竜が出なければ、最高なのですが」

 再び沸き上がった村人たちの笑い声に、太公望は安堵した。未だ魔獣に襲われた傷跡は残るが、この様子ならば、彼らはすぐに元通りの生活に戻れるであろう。

「ところで、解体した火竜についてなのですが」

「承知しております。秘薬になる部位は、ご自由にお持ち帰りくださいまし。残った部分は、こちらで始末致しますのでご安心を。竜の肉を喰えば精が付きますのでな!」

「……本当に、逞しいですなあ」

 こうして村は、かつてのような笑い声を取り戻した。


○●○●○●○●

 ――翌日。ガリア王国の首都リュティスにある宮殿プチ・トロワにて。

 北花壇警護騎士団団長のイザベラが、自室に展開された『部屋』の中で唸っていた。

「あなたの弟……ずいぶんしっかりと『仕事』してくれたわね」

「口では面倒くさいとか文句言うクセに、やるべきこたぁやるからな、アイツは」

 いつものように焼き菓子を口の中に放り込みながら、王天君が答える。

 正直なところ、イザベラはこの任務を彼らに任せたくはなかったのだ。そもそも、火竜退治などといった華々しい仕事は、本来であれば自分たち『裏』ではなく『表』の騎士たちの役割であり、他の騎士団が出るべき内容なのだ。

 もちろん、タバサと太公望――特に後者の<風使い>としての実力を目の当たりにしていたイザベラは、彼らがこの任務に失敗するなどとは思っていなかった。むしろ、成功して当たり前だと考えていた。だからこそ、出したくなかったのだ。

 自業自得とはいえ、前回の王女救出の話が『東薔薇花壇騎士団』と『西百合花壇騎士団』の一部に知られたことで『異邦人』の評判が想定以上に高まってしまうという、イザベラとしては少々困った状況に陥っていたためだ。

 そこへ持ってきて、彼らが火竜を退治したなどという噂話が広まってしまったら、今もそれなりに苦心して調整している『弟』の評価が、また上がってしまう。それはイザベラとしても、ガリア王政府から見ても、正直あまり望ましくないことなのだ。

 だが、今回は父王ジョゼフから、

「この任務には、シャルロットたち主従を送り出すように」

 という指令を直々に受けていたため、他の人員を回すわけにはいかなかった。

 時折、ジョゼフはこういった不可解な指示を出してくる。とはいえ、父の命令に逆らうわけにもいかず、仕方なくふたりを火竜山脈の麓へ送り込んだのだが――。

「自分たちふたりだけでは到底果たせそうもない任務であったため、武者修行中の若いメイジを複数雇いました――ね。黙っていればわからないことなのに、召使いや衛士たちの目がある謁見の間で、しかも大声で報告してくれるとは思わなかったわ」

 おまけに、わざわざ『東薔薇花壇騎士団』の装束を身につけて行ってくれたおかげで、あちらの領主にも顔が立ち、他の騎士団の面目も失われずに済んだ。騎士団長のカステルモールには後できちんと話を通し、口裏を合わせておかねばならないが。

「自分の立場がちゃんとわかっているから、あんな真似をしたってことよね」

「ま、そういうこった。ずいぶん前に言っただろ? アイツは人間同士の争いになんか干渉しねぇってよ」

「ええ。もちろん覚えているわ」

 王天君の言葉に、イザベラは頷いた。

 彼はシャルロットに味方することはあっても『シャルル派』に与する意志は持っていないということだ。つまり、ガリアの情勢をほぼ正確に掴んでいるばかりでなく、自分たち主従が争いの火種にならぬよう、弁えて行動していることになる。イザベラは、王天君の弟に対して抱いていた内心の評価を、さらに上方修正することにした。

 ……そして。認めるのは癪だが、彼の主人であるシャルロットが、単にメイジとしてだけではなく、それ以外の面でも優秀な娘であることを、イザベラは知っていた。

 もしも従姉妹が、今だ宮廷内に残る一部の貴族たちのように、魔法以外の面では無能であってくれたなら――自分はここまで苦労していないだろうとまで思っていた。

「あの子……どうして自分の使い魔が味方になりうる『シャルル派』を減らすような行動をとるのを、平気な顔して見ていられるのかしら」

 母親が人質に取られているために、王政府の言いなりになっているのは理解できる。これ以上、敵を作りたくないというのだろうか。それとも、自分に忠誠を誓う家臣のみを厳選しようとしているのだろうか。それにしては、従姉妹とシャルル派が接触したと思しき形跡がない。

 グルノープルへの行幸中にカステルモールが妙な行動を取ったことから、彼がシャルル派である可能性を疑い、後日、王天君の『窓』と北花壇騎士団の配下を使い、彼の身辺を探ってみたものの――これといって怪しい動きはなかった。

 従姉妹自身の様子はというと、これまた普段と変わらなかった。

 使い魔が、やれ火竜は厩よりも大きかっただの、一緒に退治に出かけた者たちと、ガリア料理を存分に楽しんできただなどと、任務中にあった出来事を面白おかしく報告し、居合わせた者たちを笑わせている最中も、全く表情を動かさず、ただじっと人形のようにその場に立っていた。

 何故、シャルロットがあのような態度でいられるのか。たったひとつだけ、思い当たる節はある。いや、ありえない。認めたくない。もしも、自分が想像した通りだったとしたら。イザベラには『人形姫』の心情が、どうあっても理解できなかった。

「わたしたちは、敵同士なのよ。怖いでしょう? なら、怯えなさいよ。憎い仇のはずでしょう!? だったら、怒ってみせなさいよ。なんであんたはいつもいつも、涼しい顔してるのさ! ねえ……どうしてなの? シャルロット……」


 ――蒼き姫君が、薄桃色の宮殿で悔しさに唇を噛んでいたころ。

 ガリアの国境から海沿いにトリスタニアへと延びる、ヴェル・エル街道沿いの宿場町シュルピス。その中にある『貴族の羽根飾り』亭という仰々しい名前の宿の一室で、ひとりの女性が小さな人形を前に、ぺこぺこと頭を下げるという奇妙な光景が繰り広げられていた。

「も、申し訳ございません。例の件は失敗に終わりました。どのような罰でも、甘んじてお受けします……」

 まるで気が触れたかのような行動をしているこの女性を、貴族派連盟『レコン・キスタ』の幹部たちが見たら、あっと声を上げるに違いない。足下まで届くフードつきの黒いマントと、その色に負けないほどに黒く艶のある髪の彼女は、常に『レコン・キスタ』総帥オリヴァー・クロムウェルに影のように付き従う、ミス・シェフィールドそのひとであった。

「はい。それが――情報では、グラモン家の主立った将兵は全て出払っているはずだったのです。ところが残っていた者たちが、想定以上に強敵で……ええ、あの『指輪』で妖魔たちを扇動させたところまでは良かったのですが、返り討ちに……」

 クロムウェルの前では女王然とした態度を見せていた彼女が、まるで冬の雨に打たれた野良猫のように、ぶるぶると震えている。

「そのため、グラモン領を混乱させ、諸侯軍と王軍を分断することが叶いませんでした。『指輪』の消耗も激しく、これ以上の行使は本来の作戦に支障が……」

 と、シェフィールドの目の前に置かれていた人形が、カタカタと揺れた。

「えっ? お、お許しくださるのですか!? ご期待に応えることのできなかった、不出来なこのわたしを?」

 ぱっとシェフィールドの顔が輝く。その表情は、まるで恋する乙女のようだ。

「はい……はい……元の持ち場へ戻れと? わかりました。すべては、仰せのままに……」

 シェフィールドは人形に向かって優雅にお辞儀をして見せると、手荷物を纏め始めた。


○●○●○●○●


 ――それから数日後。

 トリステインの王都・トリスタニアのブルドンネ街突き当たりにある王宮で、アンリエッタ姫はひとり自室に籠もり、茫然自失の体となっていた。

「ハヴィランド宮殿が『レコン・キスタ』に占拠された……こんな……こんなことって……ああ、ウェールズさま……!」

 アンリエッタは天蓋つきの豪奢な寝台に身を投げ出し、はらはらと涙を流した。

 3日ほど前。アルビオンの王都・ロンディニウムがついに陥落したという報せが王宮へともたらされた。その直後、トリステインとロンディニウムを直接繋ぐ港湾都市・ロサイスが貴族派の手によって抑えられたことにより、アルビオン宛のフクロウ便を送るための中継所が一切利用できなくなってしまった。そのため、王宮の貴族たちは大混乱に陥った。

 上を下への大騒動の末、アルビオン大陸への玄関口である港町ラ・ロシェールに常駐している大使に宛てて、手紙が届けられた。それは、

『行商人や、アルビオンからの避難民たちからもたらされる情報を元に、現在の状況を可能な限り伝えられたし』

 と、いう命令書だった。

 命令を受けた大使の尽力により、おおよその現状が王宮に伝わった。それが、ハヴィランド宮殿の占拠、そしてジェームズ一世をはじめとしたアルビオン王家と王党派が残存勢力をかき集め、アルビオン大陸の東端にある、ニューカッスル城方面に落ち延びたらしいという情報だった。

 ――もはや、アルビオン大陸の趨勢は、誰の目にも明らかであった。

 愛するひとの命運は、風前の灯火。だが、無力なアンリエッタ姫にはどうすることもできない。そればかりか、彼女の前にも運命という名の巨大な壁が立ち塞がろうとしていた。

「結婚。ゲルマニアの皇帝と、このわたくしが……」

 隣国ゲルマニアとの軍事防衛同盟を結ぶための条件が、なんと自身の降嫁――トリステインを離れ、皇帝アルブレヒト三世の元へ嫁ぐことだというのだ。

 この条件を宰相マザリーニが持ち帰ってきたとき、当然のことながら王政府議会は紛糾した。マザリーニと王都防衛責任者のグラモン元帥、その他大勢の貴族たちは、もはや時間がない、急ぎ同盟を締結せねば、最悪の場合トリステインが滅びると主張した。

 いっぽう、ラ・ヴァリエール公爵とリッシュモン高等法院長、そして彼の配下である高級官僚や参事官たちは、強硬に反対してくれた。いくら国の危機とはいえ、姫さまを差し出すなどとんでもない、もっと別の条件を引き出すべきだと。アンリエッタは、そんな彼らの心遣いが身に染みた。

 彼女は馬鹿ではない。現在自国が置かれている状況を、正確に理解していた。まもなくアルビオンを陥とし、空から攻め寄せてくるであろう『レコン・キスタ』の侵攻を防ぐためには、トリステインの空軍力では到底足りない。最新鋭の軍艦を多数保有する、隣国ゲルマニアの手を借りねばならないということを。それでもなお、世界一の空軍力を誇るアルビオン空軍に対抗できるかどうか、わからないということまで。

 結局、その日の議会は纏まらなかったが――反対者に比べ、賛成意見が圧倒的に多かったことを思うに、そう遠くない将来……自分は、人身御供としてゲルマニアの皇帝へ差し出されるのだろう。アンリエッタは、憂い顔で深いため息をついた。

「本来でしたら、兄弟国のガリアに助けを求めるのが筋なのでしょうが……あの国を治めているのは『無能王』と嘲りを受けるジョゼフ王。期待するだけ無駄というもの」

 アンリエッタ自身、数年前に開かれた園遊会で、実際にジョゼフ王に会ったことがあるのだが――公の場での礼儀すらろくにわきまえぬ、評判通りのおかしな人物だという印象しか残っていなかった。なにしろジョゼフ王ときたら、各国の代表者たちが集う会に遅れてきたばかりか、悪びれもせず、満面の笑顔でとんでもないことをしでかしたのだ。

「舌の肥えたお歴々の口に合うかどうかはわからぬが、ガリアで最高の料理人と、珍味。それと酒を用意した。存分に味わってくれたまえよ」

 パンパンとジョゼフ王が手を鳴らすと、裏に控えていた大勢の召使いたちが現れ、来客者たちの前へ数々の料理皿と酒を、これでもかと言わんばかりに並べ始めた。それも、一皿、一本で平均的な貴族が1年間は遊んで暮らせるほどの贅を尽くした品を、だ。

 この下品な行為に、多くの出席者たちが眉を顰めた。トリステイン王室主催の園遊会で、自国の料理と財力自慢をするなどという真似をしたのだから、当然だろう。それらがまた極上の美味だっただけに、なおさら質が悪い。

 トリステイン側もできうる限りの努力をしてはいたのだが、ガリア王が提供したものと比較した場合、明らかに見劣りした。かけている材料費が桁違いなのだから仕方のないこととはいえ、プライドをいたく傷つけられた進行役の貴族や王宮お抱えの料理人たちが、揃って辞職を申し出る騒ぎにまで発展した程だ。

 そんな、王族どころか客として最低限の常識すらない変人に助けを乞うたとて、どうなるわけもなく。事実アンリエッタの耳には、今のガリアは国王に不満を持つ反対勢力を押さえ込むだけで精一杯で、援軍を出すだけの余裕はないという噂話が届いている。

「ええ、覚悟はしていました。でも、わたくしは……あのかたを愛しているのです」

 王族として生まれたからには、町娘のように愛する人物との恋の末、結ばれるなどということはまずありえない。アンリエッタも、頭の中ではそれがわかっていた。しかし、理解と感情は別物だ。彼女は、ウェールズ王子のことを忘れることなどできなかった。

 けれど、この運命を変えることなどできそうもない。アンリエッタは、嘆いた。

「おお『始祖』ブリミルよ。どうかこの哀れな姫に、お慈悲を賜らんことを……!」

 その祈りが通じたのであろうか。ふいに、アンリエッタの脳裏に閃くものがあった。

「わたくしは、灰色の骨によって作られた鳥籠に閉じこめられた、哀れな小鳥。あのかたの元へ羽ばたくことなど、叶わぬ願いでしょう。ですが、せめてさえずりの声を上げることくらいは許されてもよいはずですわ」

 アンリエッタは立ち上がると、呼び鈴を鳴らし――隣室に控えていた侍女を呼び出した。それから鈴を転がしたような涼やかな声で、何事かを命じた。


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