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 ←第85話 そして伝説は始まった →第87話 避けえぬ戦争の烽火
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「雪風と風の旅人」
風吹く夜に、水の誓いを

第86話 伝説、星の海で叫ぶの事

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 『烈風』が、過去の運命的な出逢いに思いを馳せていたころ。トリスタニアの王宮では王女アンリエッタが、己の身に迫り来る未来を前に絶望していた。

 現在、彼女が身に纏っているのは――半月後に迫ったゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との結婚式で用いる、純白のウェディングドレスであった。大勢の女官やお針子たちがアンリエッタ姫を取り囲み、ドレスの袖や腰の締まり具合、全体の見栄えを確かめる仮縫い作業に追われていた。

 そんな周囲の様子を、アンリエッタはまるで他人事であるかのように眺めていた。

「姫殿下、袖の具合はいかがですか?」

「……」

「……姫殿下?」

「あなたたちが、よいと思うようにしてちょうだい」

 アンリエッタはお針子たちへ曖昧に頷きながら、ひとり物思いに耽っていた。

 ――わたくしは、まるで速い河の流れの中で藻掻くことすらできず、ただ流されゆく枯葉のようなものですわね。

 生まれたときから何一つ不自由のない、それでいて義務という名の鎖でがんじがらめに縛られた毎日を送ってきた。

 宮廷貴族や官僚たちの言うがままにあちこち連れ出され、時には彼女が知らぬうちに閣議決定された新法の承認書に、署名を求められたりもした。そのどれもが、アンリエッタの意志で行われたものではなかった。

 そして、今度は「祖国を守る」という立派なお題目を盾に、アンリエッタは人身御供にされようとしている。しかしアンリエッタは牢獄も同然のこの城から、逃げだそうとはしなかった。いや、そんな気力すら沸いてこなかった。

 何故なら、固い鎖に囚われた自分を救い出し、共に人生を歩んで欲しいと願った愛しいひとは……もう、この世にはいないのだから。

 全てを忘れ、ゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世と暖かな家庭を築くのも無理だろう。かの人物は、公的には独身ではあるものの、側に複数の愛人がいると聞いている。

 おそらく皇帝は、アンリエッタのことを、家格を上げるための道具としか見ていない。今回の降嫁は、単に彼女を閉じこめる鳥籠の置き場所が、トリステインからゲルマニアへと移る。ただそれだけのことなのだ。

 自身の将来を思い浮かべるたびに、アンリエッタの絶望はさらに深くなってゆく。

「あとはもう、この命が尽きて土に還るその日まで、ただ無為に生を貪るだけ。今のわたくしは、まさしく生ける屍そのものですわね」

「姫殿下?」

「いいえ、なんでもありませんわ。気にせず作業を続けなさいな」

「は、はい」

 そんなふうに、アンリエッタが深淵の闇へ沈み込んでいると……ふいに、部屋の入り口から優しく声を掛けられた。

「愛しい娘や。ずいぶんと落ち込んでいるようですね」

 アンリエッタ姫の周囲を固めていた女官たちが、割れる波のように左右へ引いてゆく。普段はひとり自室に籠もっている太后マリアンヌが、娘の晴れ姿を見に現れたのだ。今日は幾分身体の加減も良いのだろう、その瞳には消えていたはずの精気すら漂っている。

「母さま」

 答えた娘の目は、赤く充血している。おそらく、これまでに幾度となく涙を流し続けていたのだろう――そう察したマリアンヌ王妃は、お針子たちの作業を中断させると、部屋にいた女官共々下がらせた。それからアンリエッタの側へ静かに歩み寄ると、その細くなった両腕で、愛娘を抱き締めた。

「こたびの結婚を、あなたが望んでいないのは……よくわかっていますよ」

 アンリエッタは、母の胸に顔を埋めると、声を震わせて言った。

「いいえ、わたくしは幸せ者です。少なくとも、相手に望まれて結婚することができるのですから。結婚は女の幸せだと、母さまはいつも仰っていたではありませんか」

 表に出た言葉とは裏腹に、さめざめと涙を流し続ける娘へマリアンヌは問うた。

「恋人がいるのですね?」

「『いた』と、申すべきですわ」

「そう、ですわね。しかし恋は麻疹のようなもの。熱が冷めれば、すぐに忘れますよ」

「いいえ。忘れることなどできましょうか」

 娘の言葉に、マリアンヌは首を振った。

「なんとしても忘れるのです。忘れねばなりませぬ。国の象徴たるあなたがそんな顔をしていたら、民は不安になるでしょう」

「その国と民のために、わたくしは異国へ嫁がねばならないのです」

 苦しそうな声で嘆く娘アンリエッタに、母のマリアンヌは諭すような口調で言った。

「よくお聞きなさい、可愛い娘や。こたびの結婚は、国と民たちだけではなく……あなたの未来のためでもあるのですよ」

「わたくしの……未来のため?」

 マリアンヌは頷いた。

「アルビオンを掌握した『レコン・キスタ』の噂は、わたくしの耳にも届いています。始祖の御代より続いた王家を滅ぼすなどという禁忌を犯した彼らが、アルビオン一国だけで満足するとは思えません。不可侵条約を結んだとはいえ、到底静観などできませぬ。軍事強国のゲルマニアで、皇帝の庇護下にあるほうが……あなたの身は安全なのです」

「我が身の安全を図るために、皇帝の元へ行けと仰るのですか?」

「その通りです。いくら『始祖』の血を引く王族とはいえ、あなたは女。か弱き小鳥も同然の、無力な存在なのですから」

 無力な存在。その言葉を聞いたアンリエッタの脳裏に、まざまざと浮かび上がるものがあった。それは、かつてマザリーニ枢機卿が彼女に向けて放った言葉。

 ――姫殿下の声は、決してか細き小鳥のさえずりなどではありませぬ。たった一声で、国を滅ぼすことすら可能な……強大な<力>なのです――

「わたくしは……」

 本当に力無き存在なのだろうか。紡ぎ出そうとした言葉は、しかし途中で遮られた。

「年頃のあなたにとって、恋は全てでありましょう。この母とて、知らぬわけではありませぬ。わたくしも、昔は……」

 そう言って娘の手を取ったマリアンヌは、そこに有るはずのものが無いことに気づき、はっと息を飲んだ。

「『指輪』は? あなたに授けた『水のルビー』は、どうしたのです!?」

 突然の質問に面食らいながらも、アンリエッタはしっかりとした声で答えた。

「あの指輪でしたら……ラ・ヴァリエール公爵に下賜致しましたわ。あのかたは、トリステインのために本当に良く働いてくださっていますもの。忠誠には、報いるものがなければなりませんから」

「そう。あの指輪を、ピエールに……」

「母さま?」

 マリアンヌ王妃は静かに首を振ると、再び娘を抱き寄せて呟いた。

「ええ、そうね。きっと、これでよかったのです。彼ならば、あの『指輪』を正しく用いることができるでしょうから」

「それは、どういうことですか?」

 しかし母は、娘の言葉に答えることなく。静かに彼女を抱き締めるだけだった。


○●○●○●○●

 ――深く暗い森の中を、タバサはただひとりで駆けていた。

 共に潜入した仲間たちの姿は、既にない。ひとり、またひとりと倒れ、残ったのは彼女だけであった。

 遠く視線の先に、炎を噴く山が見えてきた。目的の品は、その山の麓にあるという。

 何としてでも、そこまで辿り着かなければならないのだが、しかし。思いも寄らぬ遭遇により、ここへ至るまで魔法を使い過ぎてしまった。どう計算しても、ラインレベルのスペルを数回唱えるのが精一杯という状況にまで追い込まれてしまっている。

 茂みの中に隠れ、荒くなった呼吸を整えていると、右手方向から何者かの気配がした。そこから強烈なまでの殺気を感じたタバサは、咄嗟にその場から飛び退くと、走りながら呪文を唱えた。『如意羽衣』で逃げたいところだが、既に体力も限界に近い。こんな状態であれを使えば、ほぼ間違いなく気絶してしまうだろう。

「イル・フル・デラ……」

 呪文が完成する前に、巨大な化け物が躍り出てきた。大トカゲかワニのようにも見えるそれは、身の丈10メイルを越える竜だった。太い両足で大地を踏み締め、口からは鋸のような細かい歯が覗いている。巨竜はだらだらと涎を垂らし、激しい足音を立てながら、タバサに向かって襲いかかってきた。

 竜の牙がタバサに届かんとした、その時。ようやく<フライ>の呪文が完成した。風に乗って宙へ舞い上がったタバサは、なんとか竜の攻撃をかいくぐり、生い茂る木々のカーテンを抜けて森の上空へ出た。

「このまま、麓まで飛んで行ければ……」

 しかし、その考えは甘かった。空を雲霞の如く群れ飛んでいた巨大なコウモリたちが、一斉に押し寄せてきて、タバサの身体を包み込み――そして、彼女の意識は闇に落ちた。


「タバサ、ゲームオーバー! 滞在時間は30分と18秒、踏破ステージはふたつか。今のところ、これがハイスコアだのう」

 手元のパネルを見ながら伏羲が呟くと。タバサはその場でむくりと起き上がり、小さく眉根を寄せた。いつの間にか、彼女の周囲はジャングルではなく、オリエンタルな雰囲気漂う立派な客間に変わっている。

「……もう少し先まで行けそうだった。悔しい」

「いや、でもさあ。ハッキリ言って無理ゲーにも程があるだろコレ」

「そうかのう? 初心者用でもそれなりに楽しめるステージ構成だったと思うのだが」

「初心者向けとか、絶対嘘だッ!」

「あんなバケモノだらけの森の、どこに楽しむ要素があるっていうのよ!」

 ラタン製のソファーの上に倒れていた才人とルイズが、揃って抗議の叫び声を上げた。

 倉庫の片付けが終わった翌日。水精霊団の一同は、伏羲――太公望(本編においては、以後太公望の名で記す)が夢の中で創り出した『部屋』の中へと案内された。

 『部屋』や、太公望の姿がいつもと違っていることなどに関する簡単な質疑応答の後。小一時間ほど『夢空間』の中を探検した彼らは、太公望が「訓練のため特別に用意した」という修行場を体験することとなった……のだが。

 そこは鬱蒼と茂るジャングル、毒ガスを発する沼地と、どこまでも続く荒野に、炎を吹く山。その上、地球の白亜紀を思わせる恐竜や翼竜などの巨大生物がごまんと配置されていた。ハッキリ言って、学生の訓練用施設としては厳し過ぎることこの上ない。

 ――それもそのはず。なにせこの<夢空間>は、かつて太公望が『太極図』を制御するために、激しい特訓を繰り広げた修行場を元に構築されたものだからだ。

 全員の成績を書き記したメモを見ながら、太公望が唸った。

「それにしても。タバサと才人以外、開始から10分と持たなかったのは問題だのう。アルビオン行きの時にも感じたが、やはりおぬしらは突発的な襲撃に弱過ぎる」

「実戦経験が少ないから……と、いうのは言い訳にしかならないよね。しかも、女の子のルイズやタバサにまで負けてるのはまずい」

 レイナールの発言に、ルイズはそこはかとなく申し訳なさを感じていた。彼女の成績はタバサと才人に続く、第3位につけている。もちろん、その裏には<瞬間移動>の存在があった。かの魔法をもっと大々的に使える状況なら、首位の座を奪うことすら可能だろう。思わぬところで、自身が持つ虚無魔法の有効さを実感したルイズであった。

「総合4位のきみはまだいいさ。ぼくなんか最下位だよ。しかも、10分どころか3分も持たなかった……」

 ギーシュの言葉に、モンモランシーが申し訳なさそうな口調で追従した。

「それは、わたしのことを化け物から逃がしてくれたからでしょう? なのに、わたしってばすぐ別の怪物に捕まっちゃって。本当にごめんなさい」

「謝るのはぼくのほうだよ。結局、きみを助けることができなかったんだから」

 ぺこぺこと頭を下げ合うふたりに、レイナールと才人のふたりが口を挟んだ。

「ぼくが思うに、ギーシュは普段から『ワルキューレ』に頼りすぎなんじゃないかな。だから、今回みたいな状況に対応しきれないんだと思うよ」

「そうそう。たまには、俺たちと一緒に体術の練習しといたほうがいいと思うぜ」

「ふたりにそう言われると、説得力があるなあ。接近戦は、あまりぼくの趣味ではないんだが……このままじゃ駄目だというのは充分理解できたよ」

 そんな彼らの間に、太公望が割り込んできた。

「いや、ワルキューレに頼るのは決して悪いことではないぞ。あえて頼り切ってしまうのもひとつの手だろう。今回のようなケースでは特に、だ」

「たとえば?」

「7体のうち5体を囮にして、残る2体で自分とモンモランシーを抱えて逃げるとか。自分たちで走るよりもそのほうが早いであろうし、下手にひとりだけ残って敵に立ち向かうよりも、ふたり揃って生還できる確率が、ぐっと上がっていたはずだ」

「ああ、言われてみればそういう使い方もあるね。ぼくも、まだまだ頭が固いなあ」

「それは思いつかなかった。応用訓練で、荷物運びはさんざんやっていたというのに」

 頭を掻きながらぼやくレイナールとギーシュに、太公望は笑いかけた。

「とはいうものの、体術の訓練は決して無駄にはならぬので、才人たちに混じって鍛えておくのも悪くはないぞ」

「おう。俺でよければいつでも相手になるぜ」

「魔法なし、しかも素手でサイトと組み手とか。そっちのほうが無理があるんだが」

 少年たちの乾いた笑い声が、室内に響き渡る。と、そこへ……遠くからチリンチリンというベルの音が聞こえてきた。

「む、どうやら目覚めの時間がきたようだ」

 それを聞いた生徒たちが、一斉に不満の声を上げる。

「ええ~ッ、もう終わり?」

「あと1回だけ挑戦したいんだけど……」

「俺も俺も!」

「わたしもやりたい」

 彼らの声を受けた太公望が、やれやれと肩をすくめた。

「ほらな。ハマると面白くて抜け出せなくなると言ったであろう? それに、これ以上この場で眠り続けると、夜まともに寝られなくなるぞ」

「確かに」

「そういうことなら仕方がないわね。次こそは、絶対トップを取ってみせるわ!」

 総合5位の成績に終わったキュルケが、次回のリベンジを誓うと。その他の生徒も一斉にそれに倣った。

「では、外へ出るとしようかのう――」


○●○●○●○●

 ――倉庫を出て、自室に戻った後。タバサは早速太公望を詰問した。

「なぜ?」

「む、いきなりなんだというのだ?」

「言わなくてもわかっているはず。どうして、あの<夢渡り>をみんなに試したの?」

 本来であれば、ルイズだけに試したいところではあったのだが、既に全員が火の塔の存在を知ってしまっている現在、秘密を保持するのは難しい。そんな考えはおくびにも出さず、太公望はもうひとつの理由を語ることで、本来の目的からタバサの目を逸らした。

「なに、単純なことだよ。わしは、仲間を失うのがいやなだけなのだ」

 窓枠に腰掛け、空に浮かぶ双月を見上げながら、太公望は言った。

「トリステイン王国とアルビオン共和国は、不可侵条約を結んだ。しかし、それは単なる時間稼ぎに過ぎない。ほぼ間違いなく、今から一ヶ月以内に戦端が開かれるであろう」

「それは、確実なこと? 単なる推測ではなく?」

 タバサの問いに、太公望は頷いた。

「フーケをな、アルビオンに潜らせてあるのだ」

 それを聞いて、タバサは思わず目をしばたたかせた。

「あなたらしくもない」

 深いため息をつきながら、太公望は答えた。

「これは、あの娘が自ら申し入れてきたことなのだ。もちろん、わしは止めたぞ? だが、アルビオン出身のわたしなら、苦もなく情報収集ができるからと、制止を振り切って行ってしまったのだ……」

 そういえばとタバサは思った。フーケ――ロングビルは、マントを羽織っていたものの、貴族の身分を示す五芒星の紋を身に付けていなかった。

「今の時期に、アルビオンで情報収集ができるということは、つまり彼女は『レコン・キスタ』と敵対していない家の出身、あるいは血縁者」

「そういうことだ。敵に疑いを持たれる危険があるため、手紙のやりとりはほとんどできておらぬが――つい最近届いた報告によると、ロサイスの工廠は昼夜を問わず動き続けておるそうだ。併せて、傭兵の補充も盛んになっておるらしい。ニューカッスル城で受けた損害を補うためにな。そのような真似をする理由は、ただひとつしか考えられまい?」

「トリステインへの宣戦布告」

「うむ。それがどのような形で行われるのかまでは、まだわからぬがのう。来月の結婚式前後が最も怪しいと思われる。国を挙げての祝い事だ、トリステインとゲルマニアの両国共に浮かれて気が緩んでおるだろうからな。そこを裏からついてくるのではなかろうか」

「その話を、誰かに?」

「念のためオスマンのジジイには話してあるが、トリステインの王政府には決して報告しないよう、釘を刺しておいた」

「トリステインの宮廷内に、間諜がいるということ?」

「そうだ。こちらが不意打ちを予測しておることを敵方に知られてしまっては、かの人物たちも動きにくかろうしな」

 かの人物。タバサには、もちろん思い当たる名前があった。

「ラ・ヴァリエール公爵と、マザリーニ枢機卿」

「それとグラモン元帥、テューダー家のお二方だな。わしが直接連絡を取っているわけではないが『レコン・キスタ』が動けば、全員が何らかの動きを見せるはずだ。彼らもアルビオンに間諜を放っておるようだし、敵の様子はある程度掴んでいるだろう」

「学院長に情報を伝えているのは、ここが襲撃される可能性があるから?」

 太公望は、頷いた。

「この学院には、有力貴族の子弟だけでなく、外国からの留学生が多く集まっている。もしも彼らが人質に取られた場合、親たちのほとんどが『レコン・キスタ』への恭順を余儀なくされるであろう。そうなれば、王政府とて容易には動けまい」

「……それでも抵抗する者は、間違いなくいる」

「少なくともグラモン元帥は、末の息子を切り捨てざるを得ないであろうな」

「だからわたしたち全員に、あそこまで厳しい訓練を施しているの?」

「そうだ。上に立つ者は、常に最悪の事態を想定して行動するのが基本だからのう」

 月明かりに照らされた太公望の横顔を見上げながら、タバサは呟いた。

「あなたの考える最悪が、敵軍による魔法学院襲撃」

「さらに付け加えるなら、襲撃時にわしとタバサが学院の外にいる可能性だな」

 わたしとタイコーボーが学院にいない。つまり、何らかの『任務』のために、ガリアへ赴いているということか。そこまで考えたタバサは、すぐさま答えに行き着いた。

「皇帝と王女の結婚式に、イザベラの影武者として参列させられる」

「ジョゼフ王だけが招かれている場合は、その限りではないがな」

「確率としては、五分五分といったところ」

 三王家の婚儀や教皇の戴冠式に、他国の王族あるいは皇族が招かれるのは、ある意味当然と言っていいだろう。ただし、今回の場合はハルケギニア諸王国の中でも、最も格下とされているゲルマニア皇帝の結婚式だ。よってガリアは国王ジョゼフではなく、イザベラ王女を筆頭とした親善大使たちが参列する可能性のほうが高い。

 タバサが五分五分と想定しているのは、皇帝の結婚相手が三王家のひとつであるトリステインの王女アンリエッタだからだ。

「ついでに言うとだ。オスマンも結婚式に出席するため、1週間ほど留守にすると話しておった。詔の巫女を任されたルイズや、彼女の従者である才人も同時にいなくなる。もしやすると、キュルケも両親から帰省を命じられるやもしれぬな。なにせ彼女の実家は、ゲルマニアでも5本の指に入るほどの大貴族だからのう」

 それを聞いたタバサの表情が、わずかに陰る。

「魔法学院の保有戦力が、結婚式によって大幅に削られてしまう」

 特に、学院長がいなくなるのは痛い。タバサは『破壊の杖盗難事件』の際に教師たちが見せた失態の数々を思い出した。彼らを取り纏めているオスマン氏が不在というだけで、最低でも『トライアングル』の実力を持つメイジたちのほとんどが、役に立たない烏合の衆と化してしまうのだ。教職員のほぼ全員が研究者上がりであるため、ある意味仕方の無いことではあるのだが、有事の際には頼りない事この上ない。

 そこへ、とどめとばかりに太公望が新たな情報を追加した。

「オスマンの奴が言うには、コルベール殿を『守護役』として残すらしいが、その他の教職員たちについては、結構な数が随伴を希望しておるそうだ。つまり、結婚式の期間中――魔法学院は、ほとんど隙だらけになるということだ」

 皇帝と姫君の結婚式は、ゲルマニアの首府・ヴィンドボナで開かれる。魔法学院だけではなく、宮廷を含むトリステイン全域から有力貴族たちがこぞっていなくなる――国の中枢がこの慶事によって、半ば麻痺状態に陥るということだ。攻め込む側からすれば、まさに絶好の機会といえるだろう。

 そこまで考えるに至ったタバサは、思わず息を呑んだ。華やかな式典を執り行う裏で、トリステインが滅亡の危機に瀕していることに気がついたからだ。

 おそらく、自分のパートナーも同じ結論に達しているのだろう。だからこそ、異端認定される危険を冒してまで、周囲にいる者たちの実力を伸ばそうとしているのだ。戦禍に晒されてもなお、生き延びる確率を上げるために。タバサは、そのように受け取った。

 己の両掌を見つめながら、太公望は言った。

「わしの両手は、これから起きる戦争によって消えるであろう命の全てを救えるほど、広くはない。しかし、だからといって、救えるかもしれない者に手を差し伸べぬのは……絶対にいやなのだよ」


○●○●○●○●

 ――いっぽうそのころ。ルイズと才人のふたりは、淡く光る『始祖の祈祷書』を前に、抑えきれない興奮によって震えていた。

「さっそく特訓の成果が出たってことだな」

「ええ、間違いないわ」

「なあなあ、早く読んでみろよ!」

「そんなに急かさないでよ! 『空間』の初歩の初歩。<幻影(イリュージョン)>。汝が描きたい光景を、心に強く思い浮かべながら詠唱せよ。なんとなれば、空をも創り出すこと叶うであろう……って。んもう、わたしは『扉』の魔法が欲しかったのに!」

 落胆し、肩を落としたルイズを、ばしばしと背中を叩きながら才人が励ます。

「何言ってんだよ! これって『担い手』として、一歩前進したってことじゃねえか。少しずつだけど、目標に近付いてる証拠だよ。やったなルイズ!」

 にこにこと笑いかけてくる才人の顔を見て、ルイズは思った。故郷へ帰るための『扉』が見つからなかったのに、彼はなんて前向きなんだろう。こういうところは、わたしも見習うべきなのかもしれないわね……と。

「まあ、そうね。だけど……なんで『扉』じゃなくて『幻』を創り出す魔法が浮かび上がってきたのかしら? 別に、これが欲しいって願ったわけじゃないのに」

 ルイズの疑問に答えたのは、彼女のパートナーではなくデルフリンガーだった。

「とんでもなく出来のいい『幻』を、間近で見たからなんじゃないのかね」

「ふうん。そういう実体験も『祈祷書』を紐解くための鍵なのかしら」

「強烈な体験は、身体に刻み込まれるって言うしな。充分ありえるんじゃねーか?」

 才人がそう言うと、感心しきりといった体でデルフリンガーがその先を続けた。

「いや、実際ありゃあてーしたもんだ。相棒が俺っちでぶった切った蔓草の化け物なんか、まるっきり本物の植物みたいな感触があったくらいだしな」

「マジでリアルな『夢』だったよなあ、あれ。だけど、痛みまであるのは正直勘弁してもらいたかったかな」

 『夢世界』の中でのことを振り返り、思わず身震いする才人。彼は、その蔓草の化け物に足を絡め取られ、最終的に全身を締め落とされたのだった。あれが実戦だったら、確実に命を落としていただろう。ある意味、臨死体験をしたようなものだ。

「ほんとよね。わたしなんか、身体中の骨が折れたかと思ったわ。できれば、もう少し手加減して欲しいところなんだけど」

 そうぼやくルイズは、慌てて<跳躍>した先で待ちかまえていた恐竜の尾によって、全身を地面に叩き付けられている。もちろん、その場でゲームオーバーだ。

「あの兄ちゃんは、そこまでしなきゃ訓練にならないって考えたんだろうよ」

「そうなのかもしれないけど……」

「って。デルフお前! あの『夢』の中でのこと、覚えてるのか!?」

「ああ。相棒と一緒に引っ張っていかれたことも、しっかり記憶してるぜ」

 と、いうことは……つまり。デルフにも魂があるってことなのか。思わぬ発見に、才人が衝撃を受けていると。そこへ、さらなる爆弾が投下された。

「そういや、ブリミルが創った魔法の中にも、似たような呪文があったっけな」

 ルイズと才人は、慌ててデルフリンガーの元へ駆け寄ると、揃って彼に詰め寄った。

「それ、どういうことだ!?」

「ブリミルが作った魔法って、あんたまた何か思い出したの!? だったら早く教えなさいよ、ほら! ねえったら!!」

「何だったかなあ。確か記憶にまつわる魔法だったような覚えがあるんだが……忘れた」

 それを聞いたふたりは、はあっとため息をついた。

「お前さあ……なんでこう、いつも肝心なところを覚えてないんだよ!」

 いつものようにカチカチと鍔を鳴らしながら、デルフリンガーは答えた。

「俺っちはもともと忘れっぽいし、切った張ったをするのが本来の仕事なんだ。それ以外のことに期待されても困るやね」

「そうかもしれないけど、もう少しくらいしっかりしててもいいじゃない! あんたを作ったひとって、どっかヌケてたんじゃないの?」

「さあな。どのみち、俺っちはどうでもいいことには興味がねえんだ。いくら『伝説』だからって、あんまし古い記憶に期待しちゃいけねえよ」

「てか、いつも思ってたんだが。そもそもお前の頭って、どこにあるんだ?」

「ん~、たぶん柄」

「マジかよ! つまり俺は、いつもお前の頭を握って戦ってることになるのか」

「それで締め付けられすぎて、色々と忘れちゃうのかしら」

「ああ、それはあるかもわからんね」

 ……などと、どんどん本筋から脱線しつつあったふたりを元の場所に戻したのは、デルフリンガーだった。

「そんなことより、せっかく新しい呪文を見つけたんだ。ちと試してみちゃどうかね」

「それもそうだな。俺も、どんな魔法なのか見てみたいし!」

 目をきらきらと輝かせてにじり寄ってきた才人を見て、ルイズはふと閃いた。そうだ、『あれ』を再現できないだろうか。

 『祈祷書』を開いたルイズは、目をカッと見開くと、杖を構え、詠唱を開始した。

 ――それは、いにしえの時代に失われた虚無の調べ。空間に幻影を描き出す魔法。

 約3分ほどの詠唱を終えたルイズは、虚空へ向けてすっと杖を振り下ろした。

 すると、周囲の『空間』が、白い布地に絵の具を落としたかのようにじわりと滲むと、徐々に幻影が描かれ始めた。

 ルイズが思い浮かべていたものは、かつて『夢世界』の中で見た宇宙空間――星の海。部屋の中が、煌めく星々で彩られてゆく――。

「おでれーた!」

「すげえ、すげえよルイズ! まるで宇宙遊泳してるみたいだ!!」

「ま、まあね。わ、わたしがちょっと本気出せば、このくらい、なんてことないわ」

 まるでおもちゃをもらった子犬のように、おおはしゃぎで部屋を駆け回る才人を見ながら、ルイズは思わず微笑んだ。喜んでもらえたみたいで良かったわ……と。

「すげえな、マジで宇宙の中で散歩してるみたいだ……ッてえィ!!」

 ゴスッという鈍い音と共に、才人はいきなり床へ崩れ落ちた。右足の先を押さえ込み、その場で蹲ったまま、ぷるぷると震えている。

「ちょ、ど、どうしたのよ!?」

「……こッ、こッ、小指の先、思いっきり何かにぶつけた」

 ルイズは、才人が足をぶつけたという場所を慎重に探ってみた。すると、そこには固く細長い何かがあった。

「これ、もしかして机の足……かしら? 目には見えないけど」

 カタカタと鞘を揺らしながら、デルフリンガーが言った。

「<幻影>の呪文は、あくまで幻を描くだけのモンだ。周囲の『空間』ごと変化させてるわけじゃねえんだから気をつけなよ……って、遅かったみたいだね」

「だ、だからさあ! お前、そういうことは早く言えよ――――ッ!!」

 ルイズの部屋で、毎度おなじみ才人のせつない叫びが響き渡った――。


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